この噺は、53年の8月にアゲて貰った噺で、師匠はいません。ウチの師匠に稽古をお願いしたら、俺は演らないから何処かで覚えて来いと言われました。『豆や』と同じパターンですね。
誰か師匠に習いに行こうかと思っていたのですが、トリでもなけりゃァ寄席で聞かれませんもンね。寄席では居候のマクラ振って、おまんまの給仕、豆腐を買いに行くところで大概下りちゃって、湯屋番まで行く事が少ないですから。
筑摩書房の『古典落語』の速記本と、先代円遊師のテープで稽古し覚えました。で、師匠の前で演ってOKをいただきました。本の方は先代小さんの速記で、聞いて覚えたのではないので、丸っきり口調は違いますよね。それと円遊師のテープからですから、こちらは少し喋りが似通ってるかも知れません。其処にウチの師匠のアドバイスが入りましたから、元が解らない噺になっちゃったと思います。
ちゃんと師匠から噺を教わっていると、どうしても教わった方に似てしまいますから、その噺を聞くと誰から習ったか解るンですよね。で、それを辿って行けば、一つの噺がどういう風に現在へ伝えられて来たかが解ります。でも、オイラのは混ぜてしまったから、原型なんて無くなっちゃった。
もうそろそろ二つ目の話が…ってぇ事になって来ましたンで、勉強会なんぞを開き始めました。ですから覚えたての『湯屋番』、よく演りましたっけ。
二つ目になってから暫くして、サンシャインのホールでウチの師匠の会があった時、オイラも出させていただきました。その時この湯屋番を演ったのですが、楽屋でモニターを見ていた師匠が
『ウケてたじゃねえかよゥ』
って、楽屋に戻った時に言って下さった事が、一番嬉しかったですね。これが初めて褒められた時ですから。
( 2011年11月30日 )
※ 結構録画録音してたと思うのですが、マトモに視聴出来るものが有りませんでした。此処最近演ってないなァ~