コイーバ

今回は葉巻のナンバー1メジャーブランドのコイーバを紹介させていただきます。質、量共にナンバー1を誇る、葉巻の国キューバでも最高級のブランドです。写真はコイーバダブルコロナリミテッドエディションといいまして限定生産されている物です。

現在存在するコイーバの中で最大サイズ、最高金額の商品です。

味わいは非常に豊かで、この葉巻を吸うと時間と現実を忘れさせられてしまいます。

金額は1本6,000です。

高いと思うか安いと思うかは愉しむ人次第です。

ゆっくり落ち着いた最高の環境で最高のお酒を用意して、最良の人と共に味わいば金額では計れない最高の時間が過ごせる筈です。

(⑤からのつづき)そんな厳しく辛い毎日を挫折せずに、続けていた理由がもうひとつありました。一週間先に入った同期のS・Tに負けたくないという強い思いでした。彼は器用で要領も良く、私が後から入って来た為パントリー(洗い場)もすぐ離れる事ができたうえに、私の師匠がサブチーフという役職なのに対して、彼の師匠はチーフだった為、彼の方がいろんな点で有利な立場にありました。不器用な私は、あらゆる点で彼より評価が低く、悔しいのですが。当時は彼より勝っている部分というのが、ほとんどありませんでした。同じ歳の彼に勝てる部分が何も無いまま、挫折して辞めてしまったら、今後の自分が惨めになりそうで、それだけは嫌だという気持ちと夢を叶えたいという気持ちが自分を堪えさせていました。つづく

こちらもどうぞ・・・

yoichi-humidor (④からのつづき)18歳を迎え、私は再び面接を受けに行きました。以前面接していただいたG氏に再び面接していただき、採用していただきました。入社して初の出勤日、私は思い描いていたものと全く違う現実の世界に驚きました。端から見れば華やかだった世界の現実はまるで違い、そこはかなり厳しい世界でした。挨拶、言葉遣い、礼儀に関しては特に徹底した厳しさで、まだ社会を知らない当時の私は、毎日のようにアザを作って帰っていました。辛い毎日ではありましたが、それでも私は自分の夢を叶える為に耐え続けました。つづく
champagne (③からのつづきです)美しい身のこなしや華麗な手捌き、品のある応対、豊富な知識等、バーテンダーの行動の全てが私を魅了していきました。17歳の春、私は大きな夢と決意を持ってそのバーに面接を受けに行きました。しかし面接の結果は、年齢という障害を越えることが出来ず「18歳になってからおいで。」という面接官の言葉で終わりました。時間というものでしか越えられないハードルが私の目の前に現れ、他の店に面接を受けに行こうか、という考えも少しありましたが、私は半年間待つことを決意しました。つづく
back bar (②からのつづきです)初めてカクテルを飲んだ翌日、私は起きてすぐに本屋さんに向かいました。そしてカクテルの本を購入すると、すぐに家に帰りその日の夜中まで私はカクテルの本に見入ってました。当時、名前の知らないお酒がたくさん記載されていたその本の内容は半分以上が私には理解できませんでした。先輩や酒屋さん等いろんな人に聞いても、解明できないことがたくさんありました。しかしバーテンダーはなんでも教えてくれました。今思えばその時が私がバーテンダーになろうと思った1番のきっかけではないかと思います。だから今でもバーテンダーはお酒に関して、お客様から聞かれたことにはなんでも答えられるようにあるべきという想いが私にはあります。無知な当時の私の疑問と好奇心をプロのバーテンダーなら充たしてくれたのです。そんなバーテンダーに私は大きな憧れを抱きました。つづく
pop in ice (①からのつづきです)それまで居酒屋さんとスナックぐらいにしか連れていってもらったことがなかった自分を、その先輩はBARに連れていってくれました。甘党でお酒嫌いだった当時の私が初めてお酒を美味しいと思ったのが、その時でした。いろんな味やいろんな色をしたカクテルを何杯も飲んでいくうちに、カクテルは私の心を魅了していきました。そしてそのカクテルを作る目の前のバーテンダー(後の私の師匠T氏)のかっこよさにも私は惹かれていきました。散々飲んで酔っ払った翌日の日曜日、私は目覚めてすぐに本屋さんに向かいました。つづく

俺

私がバーテンダーになろうと思ったそもそものきっかけは、今から約16年前の17歳の時、当時まわりの先輩達が体育会系だったせいか、お酒といえばビールかウイスキーの一気飲みばかりで、お酒を一度も美味しいなんて思ったこともなかった頃に、ある日先輩が私を飲みに誘った時のことでした。・・・つづく