順三が乗車したとき、近くで空いているのは、連結部分のそばに
ある四人掛けの席の一つであった。
窓側で、本を読んでいる女学生の前の席だ。
女学生は、娘の結菜と同じくらいの年格好であった。
一瞬ためらったが、終点までは30分以上もあったので、先客らに
会釈をすると、その狭い空間に入り込んだ。
女学生は、身動ぎしたようだったが、目を上げずに、熱心に文庫
本を読んでいる。
前の日、商品のPRのため、東京から客のもとにやってきた順三
は、 型どおりの説明を終えると、客を宴席に誘い、自らも飲めな
い酒を飲んだ。その余波があった。
しばらく目を閉じていたが、停車の気配を感じて目を開けた。
順三と女学生を残して、ボックスのほかの客は、下りていったよ
うだ。
席を移ろうかどうしようかと考えたが、女学生のほうも動こうとは
しない。
結菜ならば、待ってましたとばかりに広いところへと席を移してい
るところだ。
その結菜は、近時、たまに一緒に夕飯がとれるときでも、なんだ
かんだと言って、同じテーブルにつこうとはしなかった。
妻からは、洗濯するときは、順三のものと一緒に洗わないでくれ
と言われていると、聞いたことがある。
進路をそろそろ決めなければならない時期にきているが、 一向
に相談する気配もない。
結局、そのままの格好で、電車は動き出していた。
なにを読んでいるのかと、話しかけたい誘惑にかられながら、見
るともなしに見ていると、 女学生の読んでいる文庫本は太宰治
の短編集のようであった。
アニメばかりを見ている結菜とは、 大変な違いだと、つい娘と比
較してしまい、そんな自分に、いささか辟易する。
順三は、再び目を閉じようとして、女学生が右指に挟んだ赤いも
のを、 ひらひらとさせているのに気がついた。紅葉だった。 文庫
本の栞にしているのかもしれない。
そんなことを考えながら、うとうととしているうちに寝込み、気が付
くと終点のアナウンスが流れていた。
大半の乗客は下りてしまっており、女学生の姿もなかった。
網棚に手を伸ばし、 荷物をおろしたとき、 窓辺の飲み物を置くス
ペースに、紅葉があるのに、気がついた。
女学生が文庫本をしまうときに、落としていったものであろうか。
それにしても、きちんと置かれている。文庫本を読み終えたので、
もう不要になったものなのかもしれない。
紅葉をそのままにして、新幹線への乗換口へと向かいながら、結
菜から注文された土産の饅頭の箱に、あの紅葉を添えたら、どん
な反応を示すだろうかと、考えていた。
妻からのメールでは、結菜は、餡にチョコレートの入った饅頭が所
望とか。
[今日の一句]
・白き手の栞がはりの紅葉かな
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