懐かしい垣根のやぶれ。
そのあいだから、なんとも言えない、いい匂いと、気持ちのよい
調べが流れ出てくる。
遠くにいても、つねに感じていたのは、この匂いと調べなのかも
しれない。
中に入り、 小さな菜園のそばを抜けると、 レンガ仕立ての立体
花壇が。
菜園は、いつも青々しさに充ちており、花壇は、彩りが豊かだ。
3か月前と少しも変わっておらず、 庭は、なつかしさに満ち満ち
ている。
変わったところと言えば、よくねそべっていた、花壇のまえのベ
ンチが、古くなったためか、取り外されていること。
ちいさいころに、校庭で鳴いていたところを拾われ、ずっと家猫
として育てられて、成長。 普段は、 ひもつき猫として、飼われ、
家と結ばれていた生活が続いた。
ひもの長さの範囲だったけど、自由に庭を往来。
伸びきったひもを意識しながら、苦心して雀をつかまえ、意気揚
々とご主人様に見せにいったことも。
「よくやったね、よくやった」と頭を撫でられたときには、天にも昇
る気持ちだったよ。
だから、「もういいから、はなしてあげようね」と、ご主人様が雀を
逃がしても、受け入れられたんだ。
3か月前、そんなご主人様を喜ばせようとして、庭に出たとき、垣
根のやぶれから鳩の姿が。
そっと近づいていき、鳩の後をつけていくと、なんと、どこまでもつ
いていけるではないか。
気が付くと、首輪のひもが外れている。
家を離れると、初めての世界に夢中になって、放浪につぐ放浪だ。
そして、お決まりの迷子。
そんなことを考えながら、ぼんやりとしていると、サンルームの扉
が勢いよく開いて、ご主人様が飛び出してきた。
「お帰り、らんちゃん、お帰り、どこにいっていたのさ。探したよ」
胸に抱き上げられると、懐かしいご主人様の匂い。小さいころに、
夜な夜な布団の中へ潜りこんで、嗅いだ匂いだ。
抱かれたまま、家に入ると、台所から奥様もとんできて、あの早口
で質問責め。
でも、3か月は、 あっというまだったし、 どこでどうしていたのかは、
簡単には説明できないよ。
帰ってきたのさえ、どこをどうやって帰ってきたのか、わからないの
だから。
たしかなのは、この家の、なんとも言えない、いい匂いと、気持ちの
よい調べに導かれてきたということだ。
居間には、あいかわらずピアノ曲が流れている。
専用の丸いベッドに下ろされ、ブラシで毛づくろいをして貰う。
庭から戻ったときには、 いつも、 ご主人様にしてもらう習慣だ。
久しぶりのブラッシングは、3か月の間に、ぽろぽろになって、固
まってしまった毛に、痛気持ちいい。
済むと、奥様が好物のメロンを持ってきてくれる。この家にきたと
きに、最初に出されたのがミルクとメロン。 以来、事あるごとにメ
ロンを出してくれる。
食べ終わるのを待っていたかのように、 ご主人様が、ねこじゃら
しを鼻先に。 せっかくだから、尾を振り、少しばかり手を出してあ
げる。
久しぶりの寝床。
あったかく、 ふわふわとして、お腹が一杯になったこともあって、
眠気が襲ってくる。
うとうととしていると、なんだか、このまま、ずっと眠り込んでしま
いそう。
動物病院へ電話をしている奥様の声が、次第に遠ざかっていく。
[今日の一句]
・触れてみる猫の尻尾やえのこ草
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