今僕の目の前には、とてつもなく強大な敵が立ちふさがっている。そのあまりにも禍々しい気迫に、僕はいつもくじけそうになってしまう。
 だが、僕はこんなところであきらめるわけにはいかない。これが僕に与えられたものだというのなら、ありのままに受け止めて立ち向かって見せよう。
 その、強大な敵とは……誰しもが必ず通らなければならず、乗り越えなければ先に進めない物だ。
 皆はそれを、「テスト」と呼んだ……
「あーあ、勉強しなきゃなぁ」
 僕は誰に言うでもなく、自室のベッドの上に寝転がり呟いた。今中学生ならおそらく全国単位で期末試験期間真っ最中。しかも試験まで後三日、恐らくほとんどの生徒がこれからの未来のため、はたまた部活に支障をきたさないため、勉学に励んでいる事だろう。
 だが、僕は皆大好き帰宅部なのでこれからの活動というものは何の影響も受けないし、高校受験もまだ中学二年生だから頭にすら入ってないから別に点数はどうだってよかった、はずだった。
 それもこれも、この間行われた中間試験の結果が発端だった。今までは赤点ぎりぎりで通してきたのに油断したのか一教科だけ赤点を取ってしまった。そして、その三日後に追試を受けるはめになってしまったのだ。
 いくら点数が低くてもかまわないといっても、追試を受けるまで低いのはまずい……なぜならそれは、追試を受けるのが面倒くさい、ただそれだけの事だ。
 追試は面倒くさいから受けたくない、だけどそのために勉強するのも七面倒……なかなか気が進まなかった。まぁそのせいで試験まで後三日となった今日まで遊んでばかりいたのだが……
 試験は全部で九教科、そのうち八教科は別に勉強しなくても赤点まで低かった、なんてことはない……問題はその残り一教科である「社会」だ。
 「ヤツ」はただ暗記するだけで点数が取れる教科だと、社会の先生がいっていたが、事はそれほどに単純ではないのだよ。
 まず暗記する範囲が半端ではない。誰が好き好んでこんな量を暗記せにゃならんのだ。それに覚えたところでこれからの人生で使う事なんてほとんどありはしないじゃないか……だから僕は他の教科以上に、社会が嫌いなのだ。
 当然、僕がどんなに社会が嫌いだと叫んだところで何の解決にもならないし、追試がなくなるわけでもない。あーあ……どうやったら楽できるものか。
 まぁ、いくら考えたところで答えなんて出るわけないし……パソコンでもするかな。いつもどおり、某有名動画投稿サイトで適当に動画見て寝るとするかな。
 そう思って僕はいつもどおりにブラウザを立ち上げた時、トップページの某有名検索エンジンサイトの最新ニュースの一文に目が止まった。

「ん? なんだこれ」
 最新ニュースの中の一文、それにはこう書かれていた。
『昔懐かしの勉強器具特集』
 僕は時々こういった今興味を引く物を先に見ていくことがほとんど日課になっていたので、今回も例に漏れることなくそのページを開いた。
 まぁ確かに昔といえばそれほど脳についてのメカニズムが曖昧なせいなのか、いろいろと試行錯誤されたものが多い。そう思いながらページを見ていたときに、一つの器具に釘付けになってしまった。
 それは、「睡眠学習」と呼ばれるものだった。そのページによると、睡眠学習とは、英会話や暗記したいものをラジカセ機能がついている枕に仕込み、寝ている間にいつの間にか覚えてしまう、というものだった。
 最初はとても胡散臭いとも思ったし、今流行っていないということは効果が発揮されないから廃れた物だと思った。だけど寝ながら覚えらる、というとても魅惑的な誘惑に僕は、睡眠学習というものを片っ端から調べていった。
 まぁ片っ端、といっても試験まで後三日。あまり時間をかけてられない僕は、ある程度かいつまんで調べていった。
 そして調べる事約二時間調べてわかった事は、まず必要な物は、声を録音できるものと、寝ている間でも耳から落ちないヘッドホンまたはスピーカー。
 やり方は覚えたいところを自分の声で録音していき、寝ている間にそれを流しっぱなしにする。たったこれだけでできるらしい。
 もうすでに流行がすぎていった産物だから、てっきりやり方がとてもややこしかったり難しかったりするものだと思っていたが、結構簡単なんだな。
 早速僕は次の日の放課後から行動を開始した。試験まで後二日だが、問題の社会は試験三日目、あと四日余裕があるのだ。それまでには覚えなければ……
 まずは近くの電気店へ向かい、録音するためのラジカセと録音する媒体、声を入れるためのマイク、寝ていても耳から離れないヘッドホンを購入し、急いで家に帰り、早速声を入れる事にした。
 録音事態はとてもスムーズに行くと思っていたが、いざはじめてみるといろいろと弊害が起こり始めたのはいうまでもない。まず朗読、なんていう今時小学生でもするのかどうか怪しいことをいまさらになってやる、しかも暗記する量が途方もないので途中途中台詞をかんでしまうたびにやり直す破目になってしまう。
 おまけに結構大きい声じゃないと聞き取れないせいで、途中で親に聴かれた瞬間、
「純一、なにしてるの? そんなに大きな声で」
 という会話が入ってしまいやりなおし、を何度も繰り返す。
 途中で何度も何度もあきらめそうになった。いつまでもこんなに恥ずかしいことはしたいとは思わない。けど、この恥辱を耐えしのぎ、全てを終わらせる事ができれば、僕の社会の試験は軽く突破できる。今の僕にはそれが唯一の支えだった。
 そして全ての試験範囲の録音が終了したとき、時計の針はすでに朝方の4時を差し掛かっていた。僕の戦いは、とりあえず山を越えたといっても過言ではないだろう。後はこの録音した媒体を聞きながら寝るだけだ。僕は早速ヘッドホンを頭につけて、ラジカセを再生させて、横になった瞬間、意識が遠のいていった。

 そして、運命の日。社会含む、期末試験二日目。
 僕は、今までにないほどの自信をつけて、今日という日を迎えた。いままでこれほどに自信のある僕を実感できたことはあっただろうか……いや、なかっただろう。
 心なしか、今朝は目覚めもとてもよかったし、頭もかなり冴えてる気がする。これは社会どころか、他の教科の試験もかなりの高得点が期待できるかもしれない……流石にそれはないかもしれないが。
 後は試験開始のチャイムが鳴るのを待つだけなのだが、こういうときに限って時間が来るのが今までよりとても早く感じてしまう。今までなら少しでも勉強して、覚えなければと教科書やノートを凝視しているうちに、何時の間にか目の前に答案用紙が渡されていたのに……今回の僕は一味違うという事が実感できる瞬間だ。
 周りを眺めてみれば、まだまだこれからだと教科書やノートを凝視している奴らばかり……全く、僕みたいに事前から対策をしっかりとしていれば、今慌てる必要などどこにもないというのに、哀れな生徒達だ。
 まぁ少しは僕みたいにのんびりと試験が来るのを待っている連中もいるが……今の僕には、到底及ぶ物ではないだろう。試験はまだ始まらないのか、長いなぁ。
 と思いながらの、自分的にはかなり長かった三十分後、追試試験を賭けた戦いが、ついに幕を開けた。

 ――今思えば、それが切っ掛けになったんだろうと僕は思う。くだらない理由だと、自分で勝手に嘲笑してみる。目の前には膨大な量の本が、机の上に山積みになっていて、かろうじて空いているところは、書いている途中のレポート用紙が広げてある。今度披露する論文だ。
 あの「睡眠学習」から、もう既に三十年。僕はあれから脳のテクノロジーに興味を引かれ、現在では学者として、研究の日々を満喫している。
 そのきっかけとなった社会の試験、点数は赤点どころか、クラスでもトップクラスの成績を残した。赤点にはならないとは思っていたが、なぜこんなにも好成績を残せたのだろうかと少し疑問に思い、改めて細かく調べてみると、共通していることがあった。それは、録音する段階でおぼえてしまったのではないか、とういことだった。
 なんということだ、僕は楽して覚えて追試を免れようとしたが、結局は苦労してとった結果だということに気づいた。
 だが、同時に、なぜ嫌いな教科のはずなのに、こんなにもすんなり覚える事ができ、地道に積み重ねるよりも効果があったのか、という疑問を抱き始めた。というのが始まりだった。
 だけど僕はそのせいでこのような人生を歩んでいるということを後悔はしていない。今まで、特になにかしたい事や夢を持っていなかった。これからの未来、とても暗くて、何も見えなかった。そんな時に理由はともかく、自分が興味を持った事を、こうやって見つける事ができた。これが、僕の歩むべき道なんだと。
 さて、論文の続きだ。これを公表したら、全世界は驚愕の渦に巻き込まれる事だろう。そう考えたら休んでいる暇も無い。
 そう思いながら、僕は改めて机に向かい、鉛筆を走らせ始めた。

                         おわり

「はァぁぁ――――――」
愛妻との夜の営みを終え、適度な疲労感に塗れていた私は、既に寝入ってしまった妻を、誤って起こしてしまわないように、静かに、それでいて低く重い、イナタめの溜息をついた。
その溜息と共に、全身の筋肉に蓄積されていた、後味の良い、心地よいとすら感じる疲れを、緩やかに吐き出した。
その後、私は、見慣れた寝室の天井と、何気なくにらめっこをすることにした。
まあ、当然のことだな。寝転がってれば、顔は天を向く。そして視界に入ってくるモノも当然天、ということになる。
が、常来のにらめっこと全く違うのは、対戦相手である天井には、顔が無いということだ。
だから、どんなに私が可笑しな表情をしようが、そいつは絶対に笑ったりはしない。
まあ、以上のことは、あくまで私の勝手な妄想なワケだが。
というか、別に天井ごときとにらめっこなんかしてないし。
「…………………」
無音が、辺りを支配している。
だが、完全に何も聞こえないというのではなく、部屋の片隅に置いてある小さなクーラーボックスから、微かな駆動音が発生している。
だが、その音は、本当に注意して聞かなければ聞こえないくらいの、まさしくミクロのノイズ。
私の安眠を妨げる程ではない。
私はふと、先に妻と繰り広げた淫行のことについて考えていた。
近頃、この大人の新体操で汗を流したあとに、必ず脳裏をかすめる疑問がある。
私の嫁さんは、本当にこの行為を楽しんでいるのだろうか?、と。
そのほかには、あの嬌声は、演技ではないのだろうか?とか、やたら自分が上になろうとするのはなぜだろう?とか、いろいろ思案することは山ほどあるのだが、これ以上言うとフィルターさんが大忙しになるので、言いたいことはここまでにしておこう。
「まてよ………」
私は、なにか引っかかるものがあったのか、無意識のうちに頭の中に、10分ほど前の、今私が寝転がっているベッドの上の映像を、できるだけ正確かつ明瞭に、再生させた。
そこでは、私の繰り出す肉感的な妙技に、いつもは上げることはない、恥ずかしい声をさらけ出す妻の姿があった。
その映像を観て、私は、ある程度予想はしていたが、今度は安堵の溜息をついた。
うむ、アイツは、マジでこのプレイを愉しんでいる。
つまらなかったら、「あぎいいい」なんて声あげないもんな。
そう確信した私は、脳内映像の再生を止めた。
それにしても…………
「…………………」

うーん………寝れない!
さっきから、果てしなく中身のない考えごとをしていたためか、私はいつの間にか寝そびれてしまったようだ。
木曜の夕刻、仕事場から帰宅するくらいから、どうにも体調が優れなかった。
何処かが痛いとか、熱があるからとかではなく、なんか、こう………気分的に。そう!気分的に。
私が思うに、多分この疲れは物理的なものではなく、もっとメンタル的なものなんだろう。
そういえば最近、ウチの課では新しい企画に着手していて、そろそろ締め切りが近くなってきて、全体の雰囲気がピリピリしているな。
どうやら私は、その緊張感を家庭の中に持ち込んできてしまったようだ。
このことから、ついさっき妻に「今日は何か動きがカタい」とか言われたり、娘たちに「大丈夫~?」とか言われてたのも、頷ける。
そうか、疲れているのか…………創価創価……………。
んじゃ、疲れをとるか。
では、どうするか…………
…………………………。
そういえば何について考えていたんだっけ?
あ、違う。考えたらダメなんだった。
…………寝よう。
再び無駄に思考を働かせてしまった私は、今度こそ眠りにつくため、睡魔を手繰り寄せようとする。
「………………………」
(そろそろ本当に寝ないと次の日が大変だからな………)
「…………………………」
(明日の予定はなんだったかな……)
「……………………………」
(まず朝礼終わった後すぐに山崎の全部の資料に目を通して………)
「………………………………」
(それが終わったら次は飯田の資料もチェックして………)
「…………………………………」
(それ片付けたら今度は新人の里香ちゃんにちょっかいだして………)
「……………………………………」
(それから次は、加納と一緒に寿司………を…………)
「………………………………………」
(吐くまで………喰って……………)
「…………………………………………」
(……………)
うん、寝たな。
これはもう誰がどう見ても、あのマハトマ・ガンディーが見ても眠ってるように見えるだろ。
さーて、うまく眠ったことだし、エロエロな夢みまくるぞー♪
私は、誰も、何も邪魔の入らない、オリジナルワールドへと、羽ばたいていったのだった。


PS.翌日、予定どおりに総務の里香タンのヒップに見事なエアスラッシュを決めてやったら、近くにあったらしい包丁を2~3本ほど投げられた。死ぬかと思った。

                                        (完)
今のうちに謝っておきます。ごめんなさい。やっぱり後悔しました。そんなことないよね~なんて楽観視してごめんなさい。お弁当をもっていつもの場所に向かって途中であたしはそう思った。なんか二人人間がいるんですけど。しかも男女。男の子の方は線が薄そうな華奢な感じの男の子。もう一方は……あれ?どこかで見た気がするけど……。気のせいかな?あたしがお弁当もったまま固まっていると女の子の方が気づいたらしい。あたしに駆け寄ってくる。ちなみに男の子の方は置いてけぼり。ん~情けない。

「あなた、いつもここでご飯食べてる人?」

頷くか少し迷ったがとりあえず頷いておく。よくよく考えたら女の子の方はあたしを知らなくてももう一人の男の子のほうがあたしを知ってるのだ。

「いつも一人で食べてるってたっちゃんから聞いたから。つい気になって」

たっちゃんと聞いて某野球漫画の高校生球児がでてきた。似ても似つかない。どうやらあの男の子のことをいうらしい。ん~ここは無表情キャラで行くべきかしら?……あたしの性格上無理っぽい。てか無理です。ハイ。とりあえず男の子の方に視線を向ける。男の子はそれに気づいて下を向いてしまった。かわいい反応だこと。

「一緒にご飯たべない?」

女の子の方からのお誘い。顔を見るとちょっとムッてしてる。こちらもかわいい反応。魅力的なお誘いなんだけどな~。あんまりこの学校に知り合いをつくるのは好ましくないな~。調べられたらすぐ幽霊生徒だってバレちゃうもん。でもな~。二人の様子を見てるとな~。つい…ちょっかいをだしたく……違う違う。ついおせっかいを焼きたくなるの。

「別にかまわないわ。というよりも大歓迎ね」

私はいつもの木の下へ行き男の子の正面にハンカチを敷いて座る。男の子とは向かい合った状態。女の子はと言うと男の子の左隣に座った。初めて食事を大勢で食べる。まーくんはあたしの存在を特定の人にしか教えてない。ちなみにその特定の人の中にまーくんの親は入ってない。お姉さんには知らせてあるみたい。まーくんとあたしが寝てる最中に入れ替わっちゃったときによくお世話になる。まーくんは自分では起きれないタイプなのだがあたしは自分で起きるタイプ。なのでたまに起きた部屋がお姉さんの部屋だったりするとびっくりしちゃう。どこかにさらわれたかと……そりゃないか。学校でも知ってるのはさっきの司書先生だけ。先生はあたしが勝手に姿を見せただけなんだけどね。これで学校内であたしの存在を知ってる人が三人になったと言うわけだ。……正直うれしい。

「二人は幼馴染なの?」

お弁当をひざの上に広げつつ、あたしは尋ねた。まぁ二人の様子を見るに恋人って感じじゃないしね。

「うん。家もお隣同士なんだ」

男の子の方が答えた。ほうほう。お隣同士ということはモチロン二人の部屋は屋根でつながっていて~的な感じなのかしら?現代の家ではありえなさそう……。どうなのかしら?

「あなたは……ってまだ自己紹介してなかったわね」

女の子があたしの名前を呼ぼうとして気づいた。そういやそうだ。

「あたしからいくわ。あたしは神代マホ。2年C組なの」

2-Cってどっかできいたな~。まーくんの教室が2-Cだった気がする。ってまずくない?あたし苗字いえないよ?

「僕は新原達也。2-Fなんだ」

あたしが悩んでいる間に自己紹介を終わらせる男の子。やっぱり『たつや』だったか……。どうしよ…クラスと苗字がいえね~。

「次はあなたの番よ?」

むむむ覚悟を決めるしかないのか……。とほほ。

「あたしの名前は神楽アリス。クラスはヒミツ」

にやりと意地悪な笑顔を浮かべる。苗字は別名も考えたが某少年探偵見たく良い名前が浮かばなかった。むむむ。あたしのIQはかなり低そうね。まーくん譲りかしら。

「なんでクラスがヒミツなのよ。あたしたち言ったじゃない」

モチロンの返答。それに対する返答は言葉雅にかえさなきゃ。

「ヒミツがあった方が女の子ってもてそうな気がしない?」

……なんてまっすぐな言葉なのかしら。歴史に残る名言ね。ここらへんまーくんの性格に感応されたところだと思う。あきれたような目でこちらを見るマホちゃん。むむむ。視線が冷たい。

「……まぁ、ちょっと言えないわけがあるの」

真剣なまなざし作戦に変更。あたし達の秘密を話して良いかは後日判断と言うことで。
「そーいえばさー」

先生が本を読んでるあたしに話しかけてきた。あたしは本を閉じ先生の方を見る。

「あなたのことを探してる生徒がいたけど?」

「あたしのこと?」

そんなはずはないんだけどな~。と思いつつも詳細を聞いてみるとどうやらお昼のお弁当中に見つかってしまったらしい。うむむ。あそこの木陰なら絶対見つからないと思ってたのに…。また場所を変えなくちゃいけなくなった。めんどくさい。

「いつも一人でお弁当食べてるからって気になったらしいの」

「ゆっくり食べたいだけなんだけどな~」

背もたれに身体を預け、そのままブリッジ。少し身体を伸ばす。

「ん~…はぁ」

やっぱりずっと読書としゃれ込むわけにもいかないね。たまには身体を動かさなくちゃ。

「そのあたしを探してる生徒って男?」

「男一人と女一人」

あたしって男にも女にも人気があるのね。今知る新たな事実。あとでまーくんに言っとこ。

「ていうかその男女ってカップル?」

「ん~見た感じはそういう雰囲気だった」

カップルですか……。カップルに紛れ込んでご飯を食べるあたしを想像。ん~どう見たって男の子が両手に花って感じがする。悪く言うと二股?

「あんまり人と関わりを持つのは好きじゃないんだけどな~」

まさに幽霊美少女ここに極まるって感じだし。あたしの籍どこの学校にもないしね~。ん~どうしよう。

「そういや先生はなんて答えたわけ?その質問に」

一番重要なことを訊いてなかった。先生の返答しだいじゃこちらの対応も変わる。

「知ってはいるけど何年何組までは知らないよって答えといた」

先生にしちゃまともな返答。まぁ事実だし。むむむ。となるともしあたしが探す側なら前見かけた場所で待ち伏せるけど……。いつも見てるって事は話しかけられない性格ってわけだからそんなことはないか……。でも見たのが男の子の方であたしの美貌に一目ぼれしてって考えるとかなりヤバメな気がする。先生が見た感じカップルって言ってたし。女の子と男の子の関係が幼馴染ならそういう雰囲気に見えてもおかしくないし。まぁ少し様子見といきますか……。

そんなこと言うと後で後悔しそう。たいていの本はそうだし……。まぁ本のとおりになるわけはないか。


まだまだつづく~
『それじゃ~かりるね~』

アリスからの申し出。俺にとっては寝かしてくれればいいんだけどね。アリスの話だと変身後の自分の

身体はかなりのものらしいが、彼女の体系(つるっぺt…と言うと本人は怒るので幼児体系と言ってお

こう)から考えるにそれはないと思う。それに女になった自分の身体を見て興奮するのも変だしな。と

言うわけでいつも俺は身体をアリスに渡すときは寝ることにしている。なのでアリスが正直何をやって

るかは知らない。とりあえず今のところは法律に触れるようなことはしていないらしい。ありがたいこ

とだ。

「あんまり校内をうろちょろすんなよ?幽霊って疑われてもしらねーぞ?」

『こんな美人でいきいきした幽霊がいるもんですか』

えらそうに腰に手をあてて笑うアリス。んー…どう見たって生意気なガキにしか見えん。とりあえずボ

ケておく。

「今目の前にいる」

『わるかったわね。幽霊らしくない幽霊で』

笑った顔が一変して不機嫌になる。表情がコロコロ変わっておもしろい。ついでを言うと本気で怒りそ

うなので俺は身体を横たえうとうとし始めた。寝ている間にアリスが身体の主導権を握る。なんか語る

のもめんどくさくなってきたので、アリスに渡すことにする。では、おやすみ…




まーくんからの返事がなくなったのを確認してあたしはまーくんの中に入った。まるでお風呂の中にい

るみたいに心地いい空間が身体を包み込む。その中でうろちょろしているとまーくんの姿を見つけた。

中でもぐっすり眠るみたい。寝顔がめちゃかわいい。その横を起こさないように通過して上に上ってく

と光が見えた。その光から出るといつものあの感覚が…。そうまーくんからあたしに肉体の主導権が移

動し、まーくんの肉体が本来のあたしに変わる瞬間。ちなみにまーくんは本来のあたしの姿をしらない

。本人は幼児な自分をみたくないらしく。ぜんぜん幼児体系じゃなくなるのになぁ。ゆっくりと身体を

おこす。いきなり身長が伸びるような感覚と重力を足でうける感覚にすこしよろめく。

「おっとっと」

学校の壁に手をつき深く深呼吸。

「すぅ~はぁ~」

よし、慣れた。慣れちゃえばこっちのものだし。さて何してあそぼうかな?…といってもいけるところ

は限られてくる。人のいないところ。この学校の生徒がいないところ。見つかったら面倒だしね。とり

あえず屋上からおりて鏡で確認しなくちゃ。あたしはゆっくりと立ち上がりスカートをはたく。なんで

スカートに変わってるかって?それはヒ・ミ・ツ。とりあえずあたしは女子トイレに向かった。


「ふんふ~ん」

鼻歌を歌いながら髪を整える。ちなみにあたしの容姿はさっきまーくんが言ったみたいに幼児体系じゃ

ないからね。身長はまーくんと同じぐらい。肉体的に性別はかえられても身長はかえられないのかな?

顔は…ん~。人によるんだろうな~。あたしはかなりの美人とおもってる。ちょっときつめに見えるか

もだけど。髪はもちろん黒。理由はまーくんが髪を染めてないから。前に『染めないの?』って訊いた

ことがあったんだけど「俺には似合わんからな」の一言で一蹴されちった。あたしは染めてみたいんだ

けどな~。もしあたしが染めてまーくんに影響がいったらかなり怒りそうだし。髪の長さは腰ぐらいま

である。たま~に入れ替わったときに切りに行ったりするけど実はこの長さがお気に入り。もちろん縛

ってない。縛ると痛みそうだし。ちなみに完全天然のストレート。実はまーくんもそう。まーくんのロ

ンゲは想像できないけどね。スリーサイズと体重は秘密。女の子だもん。実をいうと体重は自分でも知

らなかったり…。もしまーくんと同じだったらどうしよ…。いろんな意味で凹むかも…。まぁ、この体

系なら大丈夫だよね。絶対。……た…多分。…………きっと。べっ…別に気になってるとかじゃないよ

。ないからね?胸もつるぺったんなんかじゃないんだからね?むむむ。言えば言うほどうそ臭く感じる

。まぁいいや。

「よ~し。カンペキ」

頭の中の不安を一掃するために鏡の中のあたしに極上スマイル。うん。あたしカワイイ。そのまま鏡の

前を離れてあたしはいつもの場所に向かった。あたしはこの学校内ではいない存在、つまりカンペキな

部外者なわけで。一応制服はこの学校指定の服だけどね。見つかる心配はないんだけど。今は授業中だ

から慎重に慎重に。そして授業中だからこそ誰もいない空間。それは図書室。まぁ。たまになんかの授

業で使われてることもあるけど。

「しつれ~しま~す」

誰もいないのを確認してるけどとりあえず言っておく。返事が返ってきたらめちゃんこ怖いけどね。よ

し。誰もいない。……いや、いた。っていうか寝てるし。

「しっしょせんせ~」

司書の先生。かなり若い先生で年齢は24とか。去年大学を卒業して今司書になるための勉強をしている

らしい。何でこんなにしってるかって?それはね?

「ふにゅ…」

寝ぼけ眼であたしの顔を見る先生。やばい。かわいすぎる。

「あら?アリスさん?いらっしゃい」

そう。あたしとこの先生は実はお友達なのだ。この学校で一番最初に見つかった先生が司書先生。「こ

んなところでさぼってちゃだめでしょ~」って必死に怒ってた。その様子がまた小動物みたいでかわい

くてさ~。つい笑いながら適当に話をそらしたら仲良くなったわけで。それ以来、ちょくちょくここを

訪れてる。もちろん、生徒がいる前じゃ会えないけどね。もちろんまーくんには言ってある。まーくん

に話したらあいつケラケラ笑ってた。「せんせ~にぶすぎね?」もちろんあたしもそう思う。

「また本読みにきたよ~」

手を振りつつ中に入る。あたしにとって図書館は宝物庫。学校内じゃほとんどここにいる。お昼休み前には出て行くけどね。そのときは校内をぶらぶら歩いてる。もちろん人がいないところを。そうなってくるともう学校の隅しかないけどね。

「はいは~い。またいつもの時間でいいかな?」

「うん」

いつもの時間。お昼休み10分前。そのタイミングであたしはいつもいなくなる。学校の隅でお弁当を食べるのだ。もちろんまーくんの手作り……じゃないよ?あたしの手作り。まーくんの分も作ってあるけど、まーくんはあたしのために早弁をする。三時限目の休み時間のうちに全部食べてしまうのだ。本人は「お昼は寝る時間」っていってるけどね。どーなんだか。


つづく~



春眠暁を覚えず。

非常にいい言葉だ。ちなみに俺の座右の銘。座右の銘になってるのかそれって思ったやつ。きにするな。人間細かいことは気にするな。まぁ、この座右の銘でもわかるように俺は完全な居眠り魔だ。魔とつけると少しかっこ悪い気がするから居眠り魔王とでもいっておこう。もちろん授業中だろうが、休憩中だろうがいつも寝てる。授業中にも寝るってことはもちろん先公にも目をつけられてる。別に気にしたこともないが。

「おい」

そうそう。そういえばまだ自己紹介をしてなかったな。

「おい。神楽」

俺の名前は神楽真咲(カグラ マサキ)。年齢はピッチピチの16歳。高校二年だったりする。もちろん酒もタバコもやってません。女は……残念ながらやってない。彼女いない暦=年齢の霊長類だ。文句あるかこのやろう。

「おい!!」

怒気のこもった声とともに頭の中に星がまわる。人間げんこつ喰らっても星ってでるんだな。

「いって~~~」

ゆっくりと顔を起こす。目の前にいたのはごり顔の先公。絶対学校に一人はいると思う。ごり顔の先生。しかも生活指導。もちのロン、この先公も生活指導とさらに保健体育の教師も勤めているという絶滅危惧種にでも指定してやりたいほどのお約束教師。一家に一人いかが?ちなみに俺は遠慮する。どんな美人のセールスマンが売りに来てもクーリングオフで返却だ。

「お前、よく俺の授業で寝てられるな。おい」

そんなにごり顔を近づけないでくれ。俺の机にバナナはないぞ?

「座右の銘が春眠暁を覚えずなんで」

ごり顔が酒を飲んだように真っ赤になる。公務員がお酒飲みながら授業をするなんて、なんて学校だ。

「廊下にでもたってろ!!」

その一言で俺は外に追い出された。


『あの人こわ~い』

廊下でまじめに立って寝ようとしてる俺の耳に声が聞こえる。

「あのな…正直でよろしい」

小声でその声に肯定する俺。大きい声で話してたら確実に黄色い救急車をよばれちまう。そんなことを考えてた俺の肩にゆっくりと手がかけられる。

『あの顔であの怒り方はね~』

俺の顔を見てニカッと笑う少女。もちろんさっき俺が怒られていたときもいた。誰にも見えてはいないが。彼女の名前はアリスというらしい。いうらしいってのは本人も名前を覚えてないそうだ。というわけで俺が名付け親。年齢的には同い年…には少なくとも見えない。あからさまに小学生。街中を歩いたら十中八九「そこのおじょうちゃ~ん」と変なやつに声をかけられそうな見た目。まぁ俺にも一部そんな属性をそなえてるっちゃ~そなえているんだが。

「多分俺の席にバナナが置いてなかったから怒ったんだな」

しまった。昨日バナナが100gで10円という安売りをしてたんだが…。買っておけばよかった。

『まーくん。それ、絶対ケンカうってるでしょ?』

「何を言う。俺は根っからの平和主義者だ」

争いことは大嫌い。でも人をからかうことは三度の飯より大好物という。われながらいい性格をしてるな。

『うっそだぁ~』

ケラケラ腹を抱えながら笑うアリス。失敬な。

「俺の辞書にうそという言葉は存在しない。……虚偽という言葉はあるが」

『一緒ジャン』

さらに笑い出す少女。完全にツボにはまったらしい。

『あ、そういえば今寝ようとしてた?』

言葉に出さずに頷く俺。なんせ俺の座右の銘はアレだからな。…言うのが面倒くさいというわけじゃないぞ?

『だったらちょっと身体借りてもいい?』

「え~」

この会話でもわかるように俺とアリスはひとつの身体で共存してる。さらに面白いことにこの身体はなんと中に入ってる人物に合わせて性別も変えられる両性もちなのだ。いわゆるクマノミ、両生類。ちなみに考えていることに関してはまったくわからない。お互いのかなりプライベートな部分は一部守られてたりするのだ。

『いいじゃん。減るモンじゃないし』

「俺のまじめ度が減る」

『そんなの元からないから』

む。冷たいやつだ。これが世にいうツンデレと言うやつか…。まぁアリスの言うように別に何かが減るわけでもないし。…寿命ぐらいは減ってるのかも。まぁちょっとぐらいならいいか。実はもう数えられないぐらい変わってるし。

「すこしまて。ごり先生に離れていいか許可をとる」

『そこだけまぢめになっても』

クスクス笑いながらも了承するアリス。俺は礼儀正しく教室の扉を空け、これまた品のある言葉でごり先生に言った。

「すいません。気分的におなかが痛いのでトイレいってきます」

もちろん、竹刀で一発。クラスは爆笑。われながら良い性格をしてるもんだ。


足はトイレ…ではなく屋上に向かっていた。もちろん変身シーンは誰かに見せるべき物ではない。見世物でもないしな。俺の教室から屋上まではそんなに遠くない。程なく屋上に着きドアをあけようとすると声が聞こえた。

『本当なの?』
『ああ』

若い男女ふたり…。会話の内容的には別れ話っぽい…。これはこれは。

『聞き耳立てるつもり?』

アリスがささやきかけてくる。失敬な。

「聞こえてくる音楽をきいているのだ。痴話喧嘩と言う名の」

『屁理屈ジャン』

そうともいう。まぁゆっくり聴こうではないか。

『なんで!?あたしじゃだめなの!?』
『俺にも事情があるんだよ…』

男の方はすごくめんどくさそう。女の敵って書いたはんこを頭に押してやろうか…。そう思っていると何かをたたくような音が聞こえた。女が男の頬をたたいたらしい。今時ビンタって…。

『あの子でしょ!?この間一緒に歩いてた』
『あの子は関係ないよ』

そろそろ潮時か…。俺はゆっくりと立ち上がると屋上のドアを開け放った。

「お前ら、夫婦喧嘩ならよそでやってくれ。俺がねむれないじゃないか」

犬を追っ払うがごとく俺は手を振った。なんて品のある言い方なんだ。まるで森の中で妖精が歌っているように流れるように響く。ふむ。どうやら俺はナルシストの傾向があるらしい。外見ではなく内面の。おお。俺の言葉に感動したのか二人とも固まっている。なんども心の中であの言葉を繰り返してるんだな。

『絶対違うでしょ』

アリスからの冷静な突っ込み。多分俺の性格をかなり理解したうえで俺の思考を読んだのだろう。やはりボケに突っ込みは必須だな。と考えていると女の方が走り出した。目には涙。おいおい、授業中にそんな感じで走っていくと先生にみつかるぞ?まぁ、俺には関係ないけどね。

「それで?お前さんも消えてくれるとありがたいんだが?」

その言葉に男の肩がびくっとなる。どうやらお昼寝タイムだったらしい。俺としたことが…。他人の睡眠を邪魔するなんて。

「あ…あぁ」

男もあわててドアから出て行った。

「みんな集まったようだな」
私は、目の前にいる、見るからに幸薄そうな痩身な体躯の女性と、近所に住むオフィシャルでスタンダードな大学生と、そこそこの地位に君臨してそうな会社員風の男に向かって、言った。
「君い、こんな時間に皆さんを集めて、一体どうしたというのかね?」
会社員風の男――――辻村が、皆が集まるなり早速私に向かって苦言を吐いた。
「……………」
一方の女性――――大田は、特に何を喋る訳でもなく、ただ押し黙っている。
「あの………また、事件でもあったんスか?」
男子学生――――松原が私に質問する。
事件―――そう、それは昨夜のことだ。この地区のアパートに住む、新谷 幸助(22)が、近くの路上で遺体となって発見された。
男性は、上半身と下半身が切り離されているという、奇妙な状態で発見された。
検死によると、刃物のようなもので切断されたという。
「いや、幸い事件は起きていない。というより、もうこんなおぞましい事件は起こらないよ」
「どういうことだ?森君」
この事件を担当している刑事―――辻屋さんが、私に聞いてきた。
やれやれ…………さっきから質問攻めだなあ。人気者はつらいぜ。
あ、ちなみに森君ってのは私のコトね。ちなみにペンキ屋社長。
「いやあ、ね。わかったんですよ。この事件の犯人が」
ふっふっふ。と、私は不敵に笑った。
そして、自信満々に、声高らかに、宣言した。
「そう、犯人は…………………辻村さん、あんただ」
「んなっ!?」
名指しされた辻村は、驚きの余り、立ち上がり、眼を白黒させている。
もちろん、このまま犯人扱いされてホイホイと供述しだす男ではないだろう。
「何を言っているんだ君は!出鱈目だ!」
おー、怖い怖い。
予想していたより凄い迫力だったから、ちょっとチビっちゃった。
ひとまず、怒り心頭の辻村さんをなだめるために、私は発言した。
「出鱈目ではありませんよ、辻村さん。」
私はそう言って、ひと泊おいて、続ける。
そして、これから私の推理ショーが始まろうとしていた、その刹那、
「あのぉ………………」
唐突に、大田がおそるおそると、挙手した。
「む、何ですか?大田さん」
その行為にいち早く気づいた私は、大田さんの方に向きやる。すると、




「私が犯人なんですけど………」


「!?!?!?」
その言葉に、全員が驚がくした。
というか、困惑に近いか?まあ、今はそんなことどうでもいい。
「太田さん、いきなり何を言い出すんだ?」
私は、俯いている太田につめより、更に続ける。
「今、犯人が分かったばかりじゃないか。それを急に―――」
「でも、本当なんです!」
太田は私の発言を遮るように言った。
太田は続ける。
「それに…………文字数的にそろそろ事件解決しなくちゃだめだろうな………と思いまして」
「いや、こんなところで裏事情だすなよ!やりづらいだろうが!」
私がアブないツッコミを大田にいれていると、私と太田の間に、刑事さんが割って入ってきた。
「太田さん、それはどういうことですか?」
刑事さんが大田に尋ねると、太田は、ぼそぼそと、真相を語り出した。
「はい…………あの……こんなこと言っても、信じてもらえないかも知れませんが……………実は私………………」
そこまで逝って、太田は口を噤む。
しばしの沈黙。
「私、黒魔術が使えるんですっ!」
「…………っ!?」
再び静まり返る一同。
その後、先ほどより少し長い沈黙の後、私は太田に言う。
「おいおい…………こんな時に冗談はよさないか」
「冗談じゃないです!」
私の質問に間髪入れずにレスポンスした太田に、ちょっとたじろぐ私。
太田の供述はまだ続く。
「実は昨日、仕事帰りに新谷さんと会ったんです。でも私は新谷さんとは初対面だったんで、何とかにげようとしたんですけど…………」
そこまで言って、刑事さんが付け加える。
「そういえば、新谷は事件当時、アルコールを摂取していたというが………」
「はい………新谷さんは酒に酔っていたみたいで…………あんまりしつこく付きまとってくるので、今朝覚えたばかりの召喚魔法でサイクロプスを呼び出して追っ払おうとしたんですが、間違ってデーモン族を呼び出してしまって……………」
何だこの娘は?
これはあれか?最近よく聞く痛い子なのか?
次々に太田の口から飛び出す聞いたことのない言葉に私たちは困惑するしかなかった。
んが、刑事さんだけは
「うむ…………わかった。いろいろと話すことあるだろうが、後は署で聞こう」
「ちょ……刑事さん!」
そんな無茶苦茶な。
というか、なんでそんなおかしな内容が通るんだよ!
刑事さんも痛いのか!こら!
そうこうしているうちに、刑事さんと太田は、そそくさとパトカーに乗り、どこかへと走り去ってしまった。




「………………」
再び現場に訪れる沈黙。
それも今度はちょっとばっかり私には居心地の悪い感じがする。
もうなんか辻村さんは、殺意すら籠もった目で、私を見ているし。
「むむむ…………」
いかんな、居心地悪い。
ひとまず、私は皆と目を合わせないように、くるっと反回転して、手を後ろに組んで、眼を閉じた。
そして、一言。
「事件解決………っと」
周囲の注視を一斉に浴びながら、私は独り、天を仰いだ。








                                                         (完)

 清美、入社して3年目。
社員には、さすがに慣れたでしょ?と悪戯顔をされる。
私の隣の席にいる、還暦を迎えるまであと1年という和田さん。
毎日の口癖は、
「私はあと1年で退職だから、これ以上新しい仕事したってしょうがないの。
 あんた、やんなさいよ」
 という言葉だ。
確かに1年で去る相手に新しい仕事を教えるのは効率が悪い。
 それならしょうがないと、今日も慣れない仕事を静かにこなしていると、OAチェアのキャスターの音がからからと勢いよく近づいてきた。
「ちょっとあんた、この鍋みてよ!ケファール、1万なんて安いじゃない」
 と私の椅子の肘置きをひっぱり引き寄せ、自分の席のデスクトップを自慢げに紹介する。
 画面には通販会社で紹介されている、取手が取れて収納しやすいと人気のT-falの鍋だった。
 仕事中にも関わらず、堂々とネットでショッピング見ちゃってるよ、この人。
 つーか、ケファールってなんじゃい!ティファールじゃ!
 なんてことはあえて言わずに、適当に受け流す。
「はあ・・まあ安いんじゃないですか・・?」
「1万じゃ、安いに決まってんじゃない!」
 しかめ面で顔を近づけられ、そう断言された。
誰も否定なんてしてないから、そんなにムキになって断言しなくても・・・、悪徳ティファールの回し者ですか・・?
「私、これ買うわ!どうやって買うのよ、これは?」
 OAチェアに正座し、マウスを持ってやる気満々に机に向かう。
 会社でそういうのはダメですって言ったところで、あとで何日もの間ティファールの鍋が買えなかったことをグチグチいい続けるに違いない。会社に25年もいる和田さんにとって、すでに部長や常務など後輩のような扱いだ。まず注意をする上司もいまい。
「購入のボタンを押して、住所と名前と連絡先を入力するんですよ」
 自分の仕事に戻りながら、それだけ説明するとOAチェアを引き戻された。
「あんた、そんなの口で説明されたってわかるわけないじゃない!
 私、インターネットなんて知らないんだから」
 甲高い怒鳴り声をあげた。一瞬、耳元がキーンとなった。
 そんなことを誇れるような言い草ではっきり吠えないでほしい。
 マウスを動かしながら、一つ一つ説明しながら進めるはめになった。
「個数は1つでいいんですよね?」
「1つで十分よ、2つあったってしょうがないじゃない」
 はいはい、そうですね。
「次、名前を苗字から入れてください」
「誰のよ?」
 はあ?お宅が買う以外に誰が買うんじゃい?!
「和田さんの名前です」
「ああ、そうね」
 そういって初めて黙ってキーボードを人指し指で打ち始めた。
 名前を打ち終わり、マウスで住所の記入欄へ持っていく。
「和田さんの家の郵便番号を入れてください」
「確か26x-xxxxよ」
 とぶつぶつ言いながら打ち込み、住所自動記入のボタンを押すと、住んでいるところとは程遠い県外の住所がたたき出された。
「なによ、そんな住所知らないわよ!」
 私も知らないって。
「郵便番号が違うんじゃないですか?」
 といいながら、新しいタブを開き郵政公社のHPを開き、和田さんの知りたくもない住所を聞きながら、本当の郵便番号を探る。
「和田さんの家は26x-xxxでしたよ」
「はあ、もう歳寄りは7桁の番号なんて覚えてられないわよ」
 世の中の歳寄りに失礼です、今すぐ訂正してお詫びしてください。
というか郵便番号を手帳でも携帯でもメモをしてくれ。後々、「私の家の郵便番号はいくつよ?」と聞いてくるはめになるんだから。
「次、電話番号を入れてください」
 ぶつぶつ唱えながら電話番号を打ち込んでいく和田さん。
 電話番号は10桁の番号なんだけどね、7桁は覚えれられないんだな~。
「支払方法はクレジットと代引、どちらにしますか?」
「あんたネットでクレジットカードの番号入れて、ウイルスなんとかにかかってカードが使えなくなったらどうすんのよ!」
 強ち間違いでもないが、和田さんのクレジットカードの管理に比べたら、会社のウイルス対策は万全です。

「じゃあ、代引にしましょう」
「代引ってなによ?」
「代金引換」
「なんで最近の子達ってなんでも言葉を端折るのかしら?年寄りはついていけないわよ」
 代引きはその分類に入る程、新しい言葉じゃないぞ。
「じゃあ、代引きということで。手数料が300円かかりますので、宅急便屋さん来たら1万300円支払ってくださいね」
「なに?!代引きって手数料なんて取るの?あこぎな商売だね」
 宅急便屋さんを侮辱する発言はやめて下さい。
「入力した内容でいいですか?」
「もう画面の文字が小さすぎて、見えやしないわよ」
「確認もかねて印刷しますよ」
 とマウスを印刷ボタンに持っていくと、和田さんは慌ててプリンターに走り込み、トレイの中に裏が白いいらない紙を入れ始めた。というか、おもっきり五本指靴下丸見えで歩かないでほしい。今まで椅子の上で正座をしていたので、履物は机のしたに置かれたままだ。
「あんた、私用のものに新しい紙は使えないわよ」
 ああ、一応私用だって意識があるのね。
 OKと叫ばれ、印刷ボタンを押す。プリンターが動きだし、裏紙を巻き込んだ。が、中でぐちゃぐちゃという音と共に止まってしまった。ピーとエラー音がなった。詰まらせたよ、あの人。
「ちょっとあんた、詰まっちゃったわよ!!」
 慌ててプリンターを開けながら騒ぐ。和田さんが教えてくれなくても、プリンターが教えてくれてるからわかってます。
 中を開けて、ぐちゃぐちゃに詰まった紙をひっぱり出す。慎重に引き抜かないと途中で切れてしまったら面倒なことになる。
 ゆっくりと紙の両端をひっぱりながら、慎重に引き抜いていく。もう少しで取れる、と思った瞬間、私の手を払い、一揆に和田さんは紙を引きちぎった。
 あーーーーーーー!!
「あっやだ、切れちゃったわよ」
 と言って、笑いながら私の背中をバンバン叩く。
ふつふつと怒りがこみ上げてきた。なんの嫌がらせですか?これは。
 私はアイスピックを持って、プリンターのローラーに挟まった小さな紙切れをかき上げる。数分して、やっと親指サイズの紙切れをとることに成功した。一緒に横でごちゃごちゃ言いながら覗き込んでいた和田さんは、大きな口を開けて笑っていた。
「やっぱり清ちゃんがいてくれて助かるわ~。
 これで印刷できるわね」
 とそそくさと自分の席に戻り、印刷ボタンを押した。
 そしてプリンターは会社の綺麗な紙に印刷され、彼女は満足げにその内容を確認していた。
「OK~、これで注文ボタン押せばいいのね」
 とご満悦な笑顔でマウスを押す。
 とこの間、1時間。私は自分の仕事に手をつけることなく、今日の終業時間を迎えることになった。和田さんとの戦いは、まだあと1年続くことになる。

                          終わり

 午後9時。村役場の2階ホールに村内の投票所から集められた3個の投票箱が一斉に開錠された。開票にあたる職員は5人。その作業を監視する選挙管理委員会の役員や、立ち入り禁止のロープ越しに表の動きを探ろうとする運動員のほうが余程多い。
 それもそのはず、村内の有権者は八百名あまりに過ぎず。5人の職員が投票用紙を入念にチェックしながら集計したところで数分で作業は終了してしまう。
投票率95%。
浮動票のほとんどない決まりきった結果を確認するだけの、いわゆる儀式にも似た作業だった。
「開票作業終了しました」
一番若い職員が最後の票を開き、報告した。
その時点で当落は確定していた。開票作業に携わった5人のうち誰もが現職村長の記名された票を多くを開いたからだ。
「圧勝だな」
あるベテラン職員などはほんの10票程度開いた瞬間に宣言していたほどだ。後は、結果が正確な数字へと変わるだけである。


 選挙事務所というにはあまりにも穏かな雰囲気だった。血相を変えて携帯電話に怒鳴りつける参謀もいなければ、浮かれて興奮した支持者もいない。立候補者を取り囲んだスタッフは、候補者の母と2人の同級生だけだった。部屋に置かれたテレビではローカルニュースが流されていたが、山村の村長選がリアルタイムに報道されることもなく、隣村の有名な桜の木が開花したことをさも大切なことのように伝えていた。
「どうせなら、はよう落選の報告が来たらええのに」
立候補者の母親伸江が溜息混じりに呟くと、もう誰も話す者がいなくなった。吐息さえはばかれるような事務所の中でテレビのスピーカーだけが凍りつきそうな空気を震わせていた。。
「よう頑張ったよ」
しばらくして、スタッフのひとりで早紀と同級生の恭子が、沈黙を破るように言った。
「だって、ここ何十年も無投票で選ばれてた村長と戦ったんだよ」
恭子は続ける。
「住民全員が知り合いで、誰が誰に投票するか100パーわかってて、後で何を言われるかもわからんのに……。それでも60人もの人が早紀に投票してくれるって約束してくれたんよ。すごいことやんか」
「それはな…」
先程までぼんやりテレビに視線を落としていたもうひとりのスタッフ英二も口を開いた。
「おれも思うわ。今回早紀の手伝いして、いろんな人と話した。そのなかで数は少なかったけど、若い人なんかは『今のままではあかん』て共鳴してくれて、それでそんな人が今まで選挙には行かんかったけど、絶対早紀に投票するって約束してくれた。これって凄いことやろ」
英二は熱く語ると促すように早紀を見上げた。
「みんなおつかれさん。そして、ありがとう」
早紀が借り物のパイプ椅子に座ったままで話し始めた。
「名簿でさえ100人分も集めれんかったし、結果はおかあちゃんが言うとおりで、勝ち負け以前や。みんなは言うやろ『若い娘に何が出来る』って。……『女に村長ができるか』とも言うと思う」
そこまで言うと早紀は堪えるように唇を噛んだ。
「私が村長になれんのは、私に力がないからであって『私が女やから』ではないんよ」
そう言う早紀を見て背後から伸江が言う。
「そうは言っても、この村では女は女。今回のことでようわかったやろ。肩肘はらんと楽に生きたらええのに」
その言葉が終わる前に早紀は伸江を振り返った。目が吊上がり微かに震えている。
「お母さん。ほんまにそう思ってるん」
早紀は頭の中一杯になった気持ちを伸江にぶつけた。
「お母さんは離縁されて、女手ひとつで私を育ててくれて。でもそのなかで、女だからって滅茶苦茶に苦労したやんか。仕事はもらえんし、親戚からは邪魔者扱いされるし……。お母さん、つらかったやろ。私は、ただつらくて…けど泣いたらお母さんが困ると思って泣かんかった。でも今は違うよ。もう辛抱はようせんから。『女』という理由でこれ以上我慢したくない」
早紀の目から一粒だけ涙が零れた。
「あほやなあ。そうやからって自分のお父ちゃんと争うこと無かったやろうに」
伸江が労わるようにいった。
「え、村長は早紀のお父さんだったん」
恭子と英二が驚いて聞き返した。
「うん」
早紀は二人に顔を向け小さく笑った。
「隠すつもりはなかったんやけどね。でも私は個人的な思いで、父親と戦ったわけやないんよ」
伸江が呆れた表情で早紀に問うた。
「ほなあんたは、何のために戦ったん」
「全世界の女性のためや」
早紀は間髪要れずに答えた。
「大袈裟やなあ……お疲れさん」
そう言うと伸江は早紀を抱きしめた。

 ローカルニュースを垂れ流していたテレビはいつしかプロ野球中継へと変わっていた。画面に小さな字幕が現れA村長選挙で現役村長が大差で新人を寄せ付けずに四選を果たしたことを報じた。選挙期間中の思い出話に花が咲く事務所のスタッフは誰もその速報に気がつかなかった。

終わり
「ここまでのようだな」
そう言って私は、眼前にいる、恐怖に歪んだ顔をした敵兵を斬撃した。
その直後、ごとり、と、何かボールのような物が、鈍い音をたて、地面に落ちた。
そして私は、手にした曲刀をひと振りし、切っ先からツバの辺りまでしくこく刀身にこびり付いた、まだある程度の温もりを持っている血液を、適当に、飛ばし散らす。
周囲には、同じく私が排除した人間どもの死体が転がっている。
「それにしても………この程度なのか。人間の戦士の力とは………」
人間………か。
現時点での、我々がもっとも優先的に淘汰すべき、敵。
「知識だけ発達した、軟弱な生物が………」
そんな独り言を、私は無意識のうちに発していた。
不愉快だ。とても。
前々から思っていたのだが、人間という生物は、あまりにも弱すぎる。
武器や防具などは、そこそこの物を身に着けているようなのだが、どうみても使いこなせていない。
動きは止まって見えるし、私が軽くこずいただけで、眼や鼻や口などから血を噴き出して絶命する。
こんな手ごたえのない生物と毎日毎日戦っていくというのは、正直うんざりしてくる。
もはや私には、これは戦争ではなく、ただの虐殺にしか思えてならない。
今まで私は、明日には自分は死んでこの世には居ないかもしれない…………という緊張感の中戦い続けてきたのだ。
だからこそ、私が今のこの『戦い』に不満を持つのも、当然だ。
「はぁ………」
そんな、戦士としてのやりきれない気持ちが、溜息となって出された。
こんな退屈なことをしに、私は人間界に来たというのか…………
「ん………」
ふと、少し離れた所に、自分の全身を写せそうな、大きな鏡が置かれているのに気づいた。
何故か、私はその鏡に歩み寄っていった。
そして、あっという間に、その鏡の前まで移動すると、その鏡の中に写り込んでいる、黒豹のような風貌をして、異常なほど反り返った剣を腰に携えた、二足歩行のメスの生物に、焦点を合わせる。
まあ、私のことなのだが。
私は、その鏡に写った自分自身を、軽く頭からつま先まで一瞥した。
その後、その虚像と眼を合わせる。
その眼には、やる気のない、生気の欠片も感じ取れない、死んだ魚のようなオーラが漂っていた。

「何だ、これは………」
その自分のあまりに虚ろで酷い目つきに、私は、あきれ返ってしまった。
もはや、命を賭けて、日夜敵と刃を交えている、屈強な戦士の目つきには、とても見えない。
「はあ………全く……いいかげんにしてくれ…………」
誰に言うでもなく、そしてそれは自分に言い聞かせるわけでもなく、その愚痴は、力なく吐き出され、地に落ちた。
と同時に、急に背後に何かの気配を感じ、即座に意識をそちらに向けた。
「ゼジ隊長」
「ん?」
自分の名前を呼ばれて、私は反射的に、その声の主の方に向きやる。
そこには、紫のローブを着た、小柄な少女が立っていた。 
私が連れてきた、魔法とかいう能力で、前線に出て闘っている私をサポートしてくれる、頼れる部下だ。名前はククという、大きな翡翠色の瞳をした少女だ。
だが、頭巾を目深に被っているためか、その魅力的な瞳と、表情はうかがい知れない。
私は、面倒くさそうに、しかしそれを悟られないように、ククに尋ねる。
「敵は?」
「気配がありません。どうやら撤退したようですわ」
私の攻撃に恐れをなしたのか、どうやら後続の敵軍はそそくさと撤退してしまったようだ。
まあ、無理もないか。
私一人のせいで、ものの数十秒で100人もの同胞を失ったのだ。それは逃げ出すだろう。状況が逆なら、私も自分の命を第一に考え、同じ行動を取っただろう。
そんなことをなんとなく考えていると、ククが私にこう言った。
「どうします?追撃しますか」
どうします?……………だと?
このガキ……………というか、今の少女の言葉の感じからすると、「早く敵を追いかけて、さっさと全滅させてきてください」と言っているように感じた。
どうやら面倒事を押しつけられたようだ。
だが、戦士である私には、断る理由が特に無い。
本当に、本当に面倒事なのだが、引き受けることにした。
「ああ…………20分後に、またここで会おう」
いうが早いか、私はククを残し、猛スピードで敵軍が移動していると思われる場所に向かって走って行った。
そして、あっという間に敵軍に追いつき、挨拶ついでに、最寄りの兵士の身体を三等分くらいにばらしてやった。
当然のごとく、敵どもは動揺するが、もうそれも見飽きた。
そして、これから私の眼に映るであろう光景も、どうせまた何度もみてきたものなのだろう。
「ああ!全く!」
いつもの悪態をつきながら私は、人だまりに突っ込んでいった。

                             (完)