「はァぁぁ――――――」
愛妻との夜の営みを終え、適度な疲労感に塗れていた私は、既に寝入ってしまった妻を、誤って起こしてしまわないように、静かに、それでいて低く重い、イナタめの溜息をついた。
その溜息と共に、全身の筋肉に蓄積されていた、後味の良い、心地よいとすら感じる疲れを、緩やかに吐き出した。
その後、私は、見慣れた寝室の天井と、何気なくにらめっこをすることにした。
まあ、当然のことだな。寝転がってれば、顔は天を向く。そして視界に入ってくるモノも当然天、ということになる。
が、常来のにらめっこと全く違うのは、対戦相手である天井には、顔が無いということだ。
だから、どんなに私が可笑しな表情をしようが、そいつは絶対に笑ったりはしない。
まあ、以上のことは、あくまで私の勝手な妄想なワケだが。
というか、別に天井ごときとにらめっこなんかしてないし。
「…………………」
無音が、辺りを支配している。
だが、完全に何も聞こえないというのではなく、部屋の片隅に置いてある小さなクーラーボックスから、微かな駆動音が発生している。
だが、その音は、本当に注意して聞かなければ聞こえないくらいの、まさしくミクロのノイズ。
私の安眠を妨げる程ではない。
私はふと、先に妻と繰り広げた淫行のことについて考えていた。
近頃、この大人の新体操で汗を流したあとに、必ず脳裏をかすめる疑問がある。
私の嫁さんは、本当にこの行為を楽しんでいるのだろうか?、と。
そのほかには、あの嬌声は、演技ではないのだろうか?とか、やたら自分が上になろうとするのはなぜだろう?とか、いろいろ思案することは山ほどあるのだが、これ以上言うとフィルターさんが大忙しになるので、言いたいことはここまでにしておこう。
「まてよ………」
私は、なにか引っかかるものがあったのか、無意識のうちに頭の中に、10分ほど前の、今私が寝転がっているベッドの上の映像を、できるだけ正確かつ明瞭に、再生させた。
そこでは、私の繰り出す肉感的な妙技に、いつもは上げることはない、恥ずかしい声をさらけ出す妻の姿があった。
その映像を観て、私は、ある程度予想はしていたが、今度は安堵の溜息をついた。
うむ、アイツは、マジでこのプレイを愉しんでいる。
つまらなかったら、「あぎいいい」なんて声あげないもんな。
そう確信した私は、脳内映像の再生を止めた。
それにしても…………
「…………………」

うーん………寝れない!
さっきから、果てしなく中身のない考えごとをしていたためか、私はいつの間にか寝そびれてしまったようだ。
木曜の夕刻、仕事場から帰宅するくらいから、どうにも体調が優れなかった。
何処かが痛いとか、熱があるからとかではなく、なんか、こう………気分的に。そう!気分的に。
私が思うに、多分この疲れは物理的なものではなく、もっとメンタル的なものなんだろう。
そういえば最近、ウチの課では新しい企画に着手していて、そろそろ締め切りが近くなってきて、全体の雰囲気がピリピリしているな。
どうやら私は、その緊張感を家庭の中に持ち込んできてしまったようだ。
このことから、ついさっき妻に「今日は何か動きがカタい」とか言われたり、娘たちに「大丈夫~?」とか言われてたのも、頷ける。
そうか、疲れているのか…………創価創価……………。
んじゃ、疲れをとるか。
では、どうするか…………
…………………………。
そういえば何について考えていたんだっけ?
あ、違う。考えたらダメなんだった。
…………寝よう。
再び無駄に思考を働かせてしまった私は、今度こそ眠りにつくため、睡魔を手繰り寄せようとする。
「………………………」
(そろそろ本当に寝ないと次の日が大変だからな………)
「…………………………」
(明日の予定はなんだったかな……)
「……………………………」
(まず朝礼終わった後すぐに山崎の全部の資料に目を通して………)
「………………………………」
(それが終わったら次は飯田の資料もチェックして………)
「…………………………………」
(それ片付けたら今度は新人の里香ちゃんにちょっかいだして………)
「……………………………………」
(それから次は、加納と一緒に寿司………を…………)
「………………………………………」
(吐くまで………喰って……………)
「…………………………………………」
(……………)
うん、寝たな。
これはもう誰がどう見ても、あのマハトマ・ガンディーが見ても眠ってるように見えるだろ。
さーて、うまく眠ったことだし、エロエロな夢みまくるぞー♪
私は、誰も、何も邪魔の入らない、オリジナルワールドへと、羽ばたいていったのだった。


PS.翌日、予定どおりに総務の里香タンのヒップに見事なエアスラッシュを決めてやったら、近くにあったらしい包丁を2~3本ほど投げられた。死ぬかと思った。

                                        (完)