あら捜ししたが、あらは無かった

 

山田洋次監督が2012年5月の東京を舞台にしたこの映画は
小津安二郎監督の「東京物語」(1953)をベースにしている
クランクイン直前に起きた東日本大震災を考慮し
震災後の東京、日本の状況を描く必要があると脚本を書き直してる
終戦後の影がうかがえる東京物語に対するリスペクトもあったと思うが
長く続く不況、大きな災害を経験し活路を見出せない中で
大きな共感の笑いと涙で迎えられる作品にしたかった
と書いている

 

二つの映画の構造は同じ
尾道に住む老夫婦が上京し子供を訪ねる
長男は開業医、長女は美容院を経営している
親の上京を歓待するために東京見物を計画するが
急患や地域の行事でままならない
それぞれの家も老夫婦が泊まるには圧倒的な窮屈さ
いっそ、ゆっくりしてもらおうと
兄妹でお金を出し合ってみなとみらいのホテルを取る
(東京物語では熱海の旅館)
だが高層階、ネオンライト、大声の外国人で熟睡はできない
一泊早く切り上げて戻ると待っていたのは非難のまなざし
「いつ帰るんだろう」直接言うことはないが本音がのぞく

 

「帰ろうか」「もうお父さん帰りたいんでしょ」
「いやお前じゃよ」
その前には立ちくらみという形で母の死の前兆も描かれる

 

東京物語では 原節子扮する戦死した三男の未亡人がやさしく
親切に老夫婦に接する
父親からは実の子供よりもあんたのほうがよっぽど親切だと漏れる
東京家族では 蒼井優扮する定職についていない三男のガールフレンド
とのふれあいが母親の顔を一番輝かす
「とってもいいことがあった」と満面の笑み
何があったかは観客にはわかるが父親には分からない

 

やがて訪れる母親の死
山田洋次はドラマメイカーとして
きっちりと撮る
小津は映画作家として
きっちりと撮る(ただし死は直接描かれない)

 

「きれいな夜明けじゃった」というセリフが気になったので
東京物語を観なおしたらやっぱり同じ場面で使われてた
違うのは「母さん死んだぞ」と東京家族が続くのに対し
東京物語は「今日も暑うなるぞ」と続く

 

山田洋次は時間軸に従い
丁寧にショットを積み重ねる
小津の時間軸は一転鎖線のように
ところどころ途切れ
ショット間に風景が入る
文学における行間のように

 

小津は言う
「一番観たいと客が思うものは隠せ
 客に説明しようと思うな
 どう解釈しようと客の勝手だ」


 

そうだ。勝手だ。


 

***

 

2013/2/2(土) 午後 4:53

 

 

ダコタ・アパートメントの東側道路を渡って
セントラルパークに入り徒歩2,3分の距離にそこはあった
The BeatlesのアルバムMagical Mystery Tourに収録されている
Srawberry Fields Foreverに因んで名づけられている

 

1985年10月9日、生きていればジョン・レノンの45歳の誕生日に
オノ・ヨーコ、建築家のブルース・ケリー、セントラルパーク管理組合によって
瞑想のための空間として作られた

 

イタリアの職人によって製作されたモニュメントは
グレコローマン様式の白黒のモザイク模様で
ナポリ市によって寄贈された(以上セントラルパークのHPより)

 

僕らが行ったときは11月下旬にもかかわらず
20℃近くありぶらぶらと散歩するには
ちょうどいい気候だった
サンクスギビングデイの翌日ということもあり
観光客でいっぱいだった

 

モニュメントの中央には
「IMAGINE」と
ジョン・レノンの曲とだぶるメッセージがあり
このエリアでは楽器、増幅された音響
自転車、ローラーブレード、スケートボード
組織化された娯楽活動、スポーツ行為が禁止されていた

 

みんなの視線の先には
新聞の切抜きが置いてあり
よく見たがレノン関係の記事では無さそう
多数の人の想いが集まる神聖な場所を
個人的慰霊に誘導することに
日本人としては違和感があるが

 

まあ、いいか

 

2012/12/9(日) 午後 5:47

11月末の連休を利用してニューヨークへ遊びに行く
現地3泊はちょうどいいのかな
値打ちなパッケージツアーがあったので
友達数人に声かけたら
大学の後輩の子が
手を挙げてくれた

彼は出身学部も外国語系で
行く1ヶ月以内に海外出張数回のツワモノ

NYは約25年ぶり
以前はマンハッタンでも
後部座席のガラスが割られて
オーディオセットが引っこ抜かれてる車がごろごろして
殺伐とした雰囲気だったが
今回はそんな感じは全くなく
街全体もきれいになっていた

前回行ったときに近くに行ったにもかかわらず
行かなかったセントラルパーク横の
ダコタアパートメントへ行く

この玄関で1980年12月にジョン・レノンが射殺されたことで脚光を浴びたが
アイラ・レヴィンの小説「ロースマリーの赤ちゃん」や
ジャック・フィニィ「ふりだしに戻る」の舞台として読んでいたので
ああ、ここか。とあまり違和感なく受け入れた
ただ亡くなった人への想いが集まるところは
空気が異様に重い
なんとなく手を合わし彼を偲ぶ

1884年に竣工した建物には歴史がある
ここに住んだ有名人は
女優ローレン・バコール、指揮者レナード・バーンステイン、
男優ではホセ・フェイラー、ボリス・カーロフ、ジャック・パランス、

NFL NY・ジェッツのジョー・ネイマス等
一方役員会で却下された有名人は
マドンナ、カーリー・サイモン、
アレックス・ロドリゲス、ビリー・ジョエル等

フランケンシュタイン博士のモンスターだったボリス・カーロフがOKで、
NYの良さを全世界に再発信したビリー・ジョエルや
NYヤンキースの4番バッターのA・ロッドが

何故不可か基準がよーわからんけど
なんとなくハリウッド寄りの役員が多いのかな

 

2012/12/6(木) 午前 0:02