運を良くするには自分を妨害するのを止めることが重要です。

誰でも自分の心と身体を通して世界を体験し受け入れています。

自分の中が怒りと罪悪感で一杯なら、自分の周りの世界も怒りと罪悪感で一杯に見えます。

罪悪感と怒りは身体の緊張として感じられます。

自分を守るために鎧として身に着けた筋肉の緊張が、逆に怒りと罪悪感を深いところで感じ続ける根拠になっていて、怒りと罪悪感が無いと本物の人生ではないと感じてしまうのです。

抑圧して緊張として持ち続けている怒りを解消すれば世界は全く違って見えてきます。

子供の頃から両親の要求を、喉を固めて、要求に応えたフリをして切り抜けて来た人は、喉を固めさせるニュースが気になり、喉を固めさせる仕事につき、喉を固めさせる結婚をして、子供にも喉を固めさせる躾をする。

人間にはストレスを感じる時に、それを飲み込んで対処しようとする機能(イントロジェクション)があります。

危機的な状況に直面すると実際に喉の筋肉を使って飲み込もうとしますが結果として喉の筋肉を固めて気道を圧迫してしまいます。

呼吸の圧迫はさらなる危機の情報として脳に伝わりパニックを引き起こします。

それはさらなる呼吸の圧迫に繋がります。

このメカニズムに気づいていると自分であらかじめ喉を緩めて負のパターンに入る事を防ぐ事ができます。

自己防衛のために喉の筋肉を締めて、呼吸を慢性的に圧迫している人にとって、物事は常に2つの意味を持つ。
イエスはノーでもあり。受け入れることは断わることでもある。
誰かに従いながらも常に裏切ることを考えていて、そういう自分を心底軽蔑している。
舌の付け根に力を入れて
気道を内側から圧迫するとそれだけで自分の存在は半分否定される。
ここに居てはいけない感じがする。
ここではない何処かに何か大切な感情が感じられる場所がある気がする。それは通りを渡った向こうのような気もするし、新宿か池袋の盛り場のような気もする。でも心の片隅ではそんな場所があるはず無いということも分かっているのだが、「ここでない何処かに自分の大事な何かがあるはずだ」という希望を否定することは絶対に出来ない。
それで街を、盛り場を延々と足が疲れて歩けなくなるまで歩き続ける。そうしてようやく自分に喫茶店で休む許可を与える事ができる。自分は一瞬だけそこにいる事が許される。