怒りを抑圧するために喉の奥を緊張させて呼吸を制限し、さらにその緊張を無いことにするために、こめかみに力を入れてアゴを引くと惨めな泣きたい感じの呼吸をする自分が出来上がる。

あとはその惨めな感じを何か他の事のせいにすれば「ウツ」の出来上がり。


慢性的に喉の筋肉を固めて、呼吸を制限している人は自尊心が低く、鬱気味で、自己破壊的でない健康で発展的な未来を思い描く事が出来ない。

自分の首が締まっていていつ窒息するか分からない時に明日のオカズのことや次の旅行の計画など考えられないのは自然なことだ。

しかし未来を考えられない時に、人は自分は死にたいのだと考える。
死にたいのではない、もう半分死んでいるのだ。自分で喉を締めて呼吸を制限し半分窒息しながら生きているのだ。

人はどうにもならない事は考えたくないものだから、この自己破壊的な自己窒息、セルフハンギングについても殆どの人は無視して無いことにして生きている。

半分窒息しながら学校へ生き、半分窒息しながら仕事につき、半分窒息した人と結婚して半分窒息した子供を育てる。

しかし自分の喉を締めるのは、もともと自分を守るための行動であり、ある時は役に立っていた事に気付けば今の自分に合うように修正することが出来る。
そうすればこれからの人生の質を大きく向上させることができる。

強迫性障害とはDMS以前は強迫神経症と呼ばれていた症状で「手を何度でも洗わないと気がすまない」とか「鍵を掛け忘れた気がして何度も自宅に戻って確認しないと気がすまない」とか「扉の前で60秒数えないと開けられない」など症状は多岐に渡るが、共通しているのは「何かが不足している」という感覚である。この何かとは患者本人は気が付いていないが、気道狭める事による呼吸の不全である。

何かのストレスにより喉の筋肉を締めると気道も圧迫され呼吸が狭まる。

その身体からのSOSを患者は手が洗い足りないとか、靴の紐が緩んでいるなどの不足感と取り違えて症状を繰り返しているのである。当然だがまちがった行為を繰り返しても呼吸不全は解消されないので「やってもやっても終わらない」という感じが続いてしまう。

ゲシュタルトセラピーのイントロジェクションワークで喉を緊張させている自分に気付けば症状は大幅に改善する。

それにより「自分で自分をコントロールできるんだ」という失っていた自信を取り戻す事ができる。

抗うつ薬は症状を含む感覚全体をぼやかし、感じないようにするだけで解決にはならない。

抑圧した怒りに触れないように生きる。人も自分もこれ以上傷つけたくないから。

 怒りに触れそうな状況や話題にも触れない。

純粋な感情を感じると怒りにも触れやすくなるから、愛情や喜びからも適度に距离を置く。

怒りを隠していることに気づいて指摘してくるような正直な友達は持たない。

安全で何も起こらない、何もやりたくない。平和で退屈な毎日。

怒りを抑圧して緊張の形で自分の身体の中に保存すると、常に怒りを通して、自己破壊的な衝動を感じながら世界を見ることになる。

そこからは何も生まれない。

自分のキャリアを壊し、人間関係や家族を壊して自己破壊的衝動を束の間満たすことは出来るけど、後に残るのは虚しさと自己嫌悪だけ。

怒りを緩めてその下にある暖かい感情を感じれば、自分が好きになり世界は全く違って見えてくる。