Un poisson rouge -71ページ目

優しくて、信心深くて、お洒落な人たち。ーセネガル2ヶ月、人びとの印象ー

アフリカ西端、セネガルに来て2ヶ月の月日が経ちました。

アフリカにこうしてやって来る前、私はアフリカの人たちと言えば、
ダンスが上手で、リズム感があって、力が強くて、とてもアグレッシブ(!?)なのではないかという印象を半ば勝手に抱いていました。そのため、「自分も強くなって、ちゃんと自分の意見を主張して張り合えるようにならなきゃ、やっていけないかもしれない…!」なんてことを思ったりしていました。

しかし、無論、人柄というのは、国や地域、民族、そして何より個人個人のレベルで異なるものだということを大前提として念頭に置いたとして、私の2ヶ月間のセネガルの人たちの「印象」はというと、優しくて、信心深い、と感じます。また、とっても、お洒落です。

私は今、首都Dakar(ダカール)から200km程北に位置するLouga(ルーガ)という地方都市に住んでいます。「外国人」は珍しいので、とても目立ちます。面白いのは、肌の色が違う人を、ヨーロッパ人であれ、アジア人であれ、皆「Toubab(トゥバーブ)」と呼ぶことです。ちなみに、セネガルの人に質問したところ、この呼称には蔑視的な意味はなく、ただ単に、肌色の違う人たちを指す、ということでした。町を歩いていると、「中国人」と呼ばれることがよくありますが、この「Toubab」も、よく呼びかけられます。そして何故かたまに、「イタリア人」とか、「イギリス人」と呼ばれることもあり、セネガルの人たちからすると、一般的に日本人の感じているような人種の区別はかなり曖昧なものであるのかもしれない、と感じさせられます。それにしても、自分の肌の色が「白い」ということを、こんなにも意識させられるのは、私にとって人生で初めての体験です。町を歩いていると、どうしたって人びとの視線を感じますし(夕涼みをして、外に座っている人が夕方は多いということもそれに拍車をかけているかもしれません)、実際に、本当によく声をかけられます。もともと、セネガルの人たちは挨拶をとても大切にしているので、歩きながらすれ違う人に話しかけるのは自然な行為ではあるのですが、子どもたちは私を見ると必ずと言って良い程、「ボンジュール(こんにちは)」「ボンソワール(こんばんは)」と話しかけてきますし、珍しい存在なのだということを、日々意識する環境にいます。
それは良くも悪くも、であって、「外国人」=「お金持ち」という印象も、やはりあるようです。「Ana xaalis bi?(お金はどこ?)」「May ma xaalis(お金ちょうだい)」ということも、よく言われます。ものを買うときも、外国人はセネガルの人より高い値段を言われることもある、と聞きます。そんなときは哀しい気持ちになるのを否定できませんが、海外から、しかも日本という国から来た人間にとって、そのような反応を示されることは、ある意味宿命のようなものである、と考えるしかないのだろう、、、と思っています。実際に、「モノ」や「お金」という側面のみで見れば、日本という国にそれらが沢山あるというのは、紛れも無い事実なのですから・・・。

それはさておき、日常的には、挨拶から始まり、名前を聞き合って、たわいもないお喋りが始まることがよくあります。そして、これもよくあることで、一度話したら、多くの場合「Sama xarit(My friend=私の友だち)!」となります。とてもフレンドリーなセネガルの人たちです。
この間、マルシェ(市場)に、野菜を買いに行ったら、野菜を売っているおばさんが、「Sama doom! Looy jend?(私の娘よ!何を買うんだい??)」という感じで、威勢良く話しかけてきました。ああ、娘なんだなあ、と思って、何だか温かい気持ちになりました。

暑い暑いセネガルでは、木陰に座って話していたり、自分の家の前に座ってお喋りしたり、夕涼みをしながら話している人がよくいるのですが、そういった人たちと挨拶すると、必ずといって良い程、「Togal, togal!(座りなさい、座りなさい)」と言ってくれます。そして、座って話をすると、すぐに、「うちにアターヤ(お茶)を飲みに来なさい」とか「お昼を食べに来なさい」と誘ってくれます。そして、お昼を頂きに行くと、「Lekkal, lekkal!(食べなさい、食べなさい)」と言われます。こういった、客人や友だちをもてなすセネガルの文化は、「テランガ」と言われていて、所謂「おもてなし」の文化として根付いているもののようです。私の住む市内には、バスが走っているのですが、そのバスの車内でも、席が空いていて立っていると、「そこのトゥバーブ、座りなよ!」といった感じで、「Togal, togal」と座席をすすめてくれます。
そんなセネガルの人たちのことを、私は、優しくて温かいなあ、といつも思います。
そういうわけで、今、私は、アフリカにやって来る前に思い描いていたアフリカの人たちの、「強い(筋力という意味では、筋骨隆々としている人も多く、やはり力強いと思いますが・・・)」「アグレッシブ(アプローチという意味で、そういったセネガル男性もいますが・・・)」とは、少し違った印象を、セネガルの人たちに感じています。
これもよく聞くフレーズなのですが、「セネガルにはjamm(平和)があるよ」と、言う人がいます。
実際、色々とある挨拶のやりとりのパターンのひとつに、「Sa yaram jamm?(直訳すると、「あなたの体は平和ですか?」という意味)」「Jamm rekk alxamdulilaay(直訳=平和のみです、神よありがとう)」というものがあります。Jamm(平和)という言葉が、セネガルというところを表すひとつの象徴のように感じます。話していても、アグレッシブさよりも穏便さを感じる、セネガルの人たちです。

そして、イスラム教徒が95%をも占めると言われるセネガルの人びとは信心深いと感じます。
金曜日はイスラム教では祝日だそうですが、セネガルでも金曜は早くに商店等が閉まり、お祈りの時間となります。また、金曜日は、男性はブーブーという、伝統的な正装をしている人を多く見かけます。お祈り用の敷物を持って、モスクに行く人の姿も見ます。

また、話の最後に、「Maangy dem, ba beneen yoon(行きます、またね)」と言ったり、「À la prochaine fois!(また今度!)」と言うと、「インシャーアッラー」と言われることがあります。これは、「神のみぞ知る」「神に委ねられている」といった意味らしいです。何と言うか、便利な言葉でもあり、確かに、と納得する含みもあり、そして神聖な雰囲気もあり、独特な言い回しである、と思います。

このような印象を受ける、セネガルの人たちですが、
最後に、私は、セネガルの人たちは、とてもお洒落だなあ、と思います。
アフリカの他の国でも、色鮮やかな服装はよく見られるものであるのかもしれませんが、セネガルの人たちの色彩感覚、服装や髪型のセンスは、とても光ったものを感じます。また、伝統的な服装も良いけれど、言ってみれば特段珍しいものではないTシャツやデニムといった現代的な服を着ていても、どことなくセンスがあるように思います。そういった「センス」という目に見えないものは、お金という価値では計れないように思います。町には至る所にテイラー(仕立て屋)があり、市場には色鮮やかで様々な模様の布が売られています。布を買ってテイラーに持って行き、オーダーメイドの服を作ることが、ここでは一般的に行われているのです。また、特に女性は、縮れ毛である髪の毛を美しく編み込んだり、結ったりしている人が多く、お互いに髪を結っている様はあちこちで見られるし、美容室も沢山あります。娯楽に関しては、日本のような物質的に豊かな国から見て、豊富であるとは決して言えませんが、暮らしの中でお洒落をすることで、生活に楽しみを取り入れているのではないかと思うのです。

セネガルに来て2ヶ月が過ぎ、ルーガに来て1ヶ月が過ぎました。
毎日学ぶこと、知らないことはまだ沢山あり、また、日々の発見、書きたいことも沢山ありますが、
また少しずつ、様々な視点から、セネガルでの日々を書き綴っていきたいと思います。




                  道でサッカーする人たち


                    馬車からの風景


                     雨の後の道

西アフリカの最西端の国、セネガルに来て1ヶ月

6月29日に日本を経ち、セネガルという西アフリカの西端の国に来て一ヶ月が経ちました。

首都ダカールでのオリエンテーション期間を経て、ティエスというセネガル第二の都市とされる街で現地語(ウォロフ語が主。派遣される地域によってプラール語を学ぶ人もいる。)の語学訓練を3週間受け、8月4日にこれから2年間弱を過ごす、北の内陸部にある地方都市、ルーガ県ルーガ市に移動しました。

この間、既に様々な経験をしました。
まず、語学訓練中のホームステイ。
この年齢になって、ホームステイを経験することになるとは正直思っていなかったのですが、セネガルの一般のご家庭にお世話になりながら、語学学校に通うという日々を送りました。

現在私が滞在しているルーガ市に来るまでに、既に2度程ダウンし、現地の病院に行ったり、39度を越す熱で寝込んだり、色々とあり、周りの仲間にも心配や世話をかけてしまいましたが、今は健康を取り戻し、先輩のお家に居候させていただきながら自分の住居の準備を、これも先輩にお世話になりながら進めています。

ティエスでのホームステイは、新しいことの連続でした。セネガルの伝統的な食事のスタイルである、大きなお皿を皆で囲み、皿から直接食べる経験もしました。インド等のアジアも同じような環境はあるかと思いますが、水が貴重なものなので、シャワーは溜めた水から桶ですくって浴びました。(水道が出るときと出ないときがあるため。)また、イスラム教徒が9割以上を占めるセネガルで、ホームステイの半分程はラマダン(断食)の期間で、ホストファミリーや語学学校の先生方は皆夕方になるまで飲まず食わずで、雨期であっても日中はとても暑いセネガルで、さぞかし大変な思いをしているのだろうと思っていました。実際、昼休みは2時間程あり、その間に昼寝をする先生の姿もありました。それにしても体力がある、と思うのが私の感想です。日本の生活に比べると、不便に感じるようなこと(停電や、手洗いの洗濯、水をいつも充分に使えるわけではないこと、様々な種類のものが売られているわけではないこと…等々)も色々とありますが、ホストファミリーの両親も子どもたちも皆優しくて、とても良くしていただいたので、感謝の気持ちでいっぱいです。何と、自分が初めて見た日本人というご家庭で、早くもアフリカと日本の距離を感じるとともに、自分が「Japon」という遠いアジアの国のイメージを背負っているような環境に、背筋が引き締まるような思いにかられました。

セネガルの人たちは、洗濯機が無くても、携帯電話やスマートフォンを持っているということも稀ではないようです。ここルーガでも、マルシェ(市場)の奥の方で働いているテイラー(仕立て屋さん)のところで、足踏みミシンを動かしている横でパソコンをいじっている人がいたりします。馬車が車と並んで交通手段や荷車として路上に走っている国で、orangeというフランス資本の通信会社の広告や、携帯のプリペイドカードが至る所に売られている、というのも不思議で面白いなあ、と思っています。インターネットとはそのような面白い状況を生み出すものなのだと改めて考えたりします。

しかしながら、そのような時代にあっても日本人というのはきっとこの国の人たちにあまり馴染みがないのだ、と思わされます。道を歩くとよく「chinois(=chinese)」と言われます。ジャッキー・チェンは日本人か?と聞かれたりします。東アジアの中でも、日本はアフリカから、今は未だ物理的にも心理的にも、恐らくとても遠い国なのだと思います。日本はとても発展していて、お金を沢山持っている。漠然とそういったことを、セネガルの人たちは認識しているけれど、細かくはどのような国であるか分からない。セネガルの人たちと片言のフランス語と片言のウォロフ語で話していて、感じることです。でも、逆もまた然りであって、私もセネガルに来るまで、セネガルという国について知っていることは本当に少なかったです。サッカーが強い・・・パリダカが開催されていた・・・本当にそのくらいです。

これから2年間かけて、私はこの距離感をどのように埋めていくことができるのであろう、と思います。

セネガルの食事(チェブ・ジェン=魚ご飯、マッフェ、スープ・カンジャ等々)、セネガル服(女性ならタイバーツ、男性ならブーブー等)、民族や言語(ウォロフ、プラール、セレール等、公用語としての旧宗主国の言葉・フランス語)等々、様々なことをもっと勉強しつつ、発信もしたいなあ、と思います。

書ききれないことを、また少しずつ書いていこう、と思っています。

好きということ。

夏は、暑くて、
緑も太陽も、強く光を放つ季節で、

でも、何故かは分からないけれど、

それと同じくらい、儚さを感じる季節でもあると思う。

私は、
夏が好き。

冬より、秋より、春よりも、
夏が好き。


好きであるのは、
仕方のないことで、

何かを好きになる、

好きである、と

思う気持ちは、

最も原始的で、

最も、無垢な気持ちなのではないかと思う。


だから、
もう、どうしようもないのだ。

どうしようもない。

切ないくらい、
どうしようもないんだ。