Un poisson rouge -69ページ目

セネガル雑記。—雨季から乾季へ。—

メフロキン(マラリア予防薬)を飲んだ次の日は、ほぼ必ずと言って良い程、夢で早朝に目が覚める、ということが分かった。週に一度服用しているこの薬は、人によっては精神神経系に副作用を及ぼすことがある、という。私の夢によるこの目覚めも副作用によるものであると思われる。一度目が覚めてしまうともう一度眠りにつくのは困難なので、朝の時間を何か有効に活用できないかと思い、文章を書くことにした。
イスラム教徒が大多数を占めるセネガルでは、朝の5時頃に目が覚めるとコーランを読み上げる放送が外から聞こえる。夜が遅く朝が早いというのが、セネガルの人たちに対する率直な印象である。電気がない村は珍しいものではないので、都市生活者と村で生活する人たちでは生活時間は異なっているとは思うけれど(私は現在、都市で生活している)、一体いつ寝ているのか、睡眠時間は少なくないのだろうか、という疑問がわいてくる。その疑問に対する答えの鍵は、午後の暑さが関係しているのではないかと思う。セネガルは正午から夕方くらいにかけての時間帯は、灼熱の太陽光によってかんかん照りとなり、それは雨季であっても乾季であっても、同じである。午後1時頃からはお昼の休憩時間となるのが一般的であり、大体3時半くらいまでは、お店も閉まる。その間、お昼ご飯を食べて、暑さをしのぐ意味合いも含め、昼寝をする人も多いのだと思う。実際、セネガルの人の家にお邪魔し、ご飯をごちそうになると、食べた後に必ずと言って良い程、休みなさい、と言われる。枕を持って来てくれる場合もある。日中歩いているとめまいがしてきそうな程強い太陽光に晒されるこの地では、ご飯を食べて、休む、ということが、生きていく上でとても大切なことなのかもしれない、と思える。また、食後にはアターヤと呼ばれる砂糖のたっぷり入った甘いお茶が出てくることが通例で、それを飲みながら客人をもてなし、ゆったりと時間を過ごすのが一般的である。普通に飲んだら、ただただ「甘い」という感想が出てくるような、このアターヤも、セネガルのこの暑い気候の中を過ごしていると、エネルギーを充填するために理にかなっているものであるのかもしれない、と思う。
このようなことを感じとりながら過ごして来たこの4ヶ月半程、季節は雨季から乾季へと移り変わって来た。一時期は毎日のように雨が降り、道がぬかるみ停電も頻繁にあったが、今はすっかり空気が乾燥し、湿度が下がったことを体感するとともに、洗濯物が乾く時間がかなり短くなった。雨は全く降らず、道の砂も乾いてサラサラであるからか、雨季の頃より深くなって、足元がとられるために一層歩くのにエネルギーを要するように感じる。朝晩はかなり冷え込む日も出てきて、朝晩と昼の寒暖の差は激しい。このアフリカの沙漠の土地で長袖が必要な程の寒さに見舞われるとは、あまり思っていなかったことであったが、セネガルの人たちも、朝の寒い時間帯は長袖を着用するようになってきている。独特の派手な柄の、仕立て服に使用される布の上に、セーター等を着ている女性たちは、その秋冬の装いがまたお洒落である。雨季の頃にはあまり見なかった、帽子をかぶったり、靴下をはいたりする子どもたちも現れ、市場には冬に備えた防寒着も顔を出し始めた。巷で売られている果物も、至る所で売られていたマンゴーの季節は終わり、日本よりは少し遅めであるように感じるスイカ、そしてみかんとなった。年中暑い気候でありながらも移り変わって行く季節感を、楽しんでいきたいものである。(そしてもっともっと語学を磨いて、様々なことをセネガルの人たちに教えてもらい、もっとセネガル文化を知っていきたい、と思います。)



                    遊牧のラクダたち

腕を磨く、ということ。

何でも、腕というのは磨かないと伸びていかないのだ、と今日、料理をしながら思った。料理でも語学でも、一度覚えて慣れたものを、これで良い、とずっと同じようにやり続けるという選択もあるのかもしれないけれど、その先に行くためには、常に新たな技術や情報を自分の中に取り入れていく必要がある。学び、というのはそういうことなのだと、思った。とてもシンプルかつ当たり前のことなのだけれど、常に良い方向を目指して学んでいくことが、成長への道なのだ、と。

タマハリ(セネガルのイスラム教徒の人たちのお正月。)

10月23日(金)、セネガルではTamaxalit(正確な綴りが今のところ分からず、予測で書いています。その理由のひとつとして、セネガルで多く話されている言語のひとつ、ウォロフ語にはもともと文字が無く、音を文字として書き表しますが、人によっても少々綴りが異なったりする、という事情があります。日本語で表記すると、「タマハリ」という風に聞こえます。。)というお祭りがありました。

この10月24日は「Le première janvier pour les musulmans(※旧宗主国の言語・フランス語で、「イスラム教徒(ムスリム)にとっての1月1日」)」だということで、元旦のようなものだと聞きました。つまり、23日(金)は大晦日のような日に当たるのだそうです。
このお祭りに際して、先月のお祭り、タバスキ(犠牲祭)に続いて、友だちになったセネガルの人のお家に招いてもらい、夜ご飯をごちそうになりました。

タマハリでは、「Cere(チェレ)」という、穀物のキビを用いた料理を食べるのが一般的だそうです。お邪魔したお宅では、チェレに羊の肉の、さながらシチューのようなソースがかかったものをいただき、本当に美味しかったです。また、短いパスタに鶏肉の付け合わせの料理もいただきました。普段、セネガルの人たちにとって、動物の肉を食べることは、よほど裕福な家でない限り、一般的ではないようです。Ceeb jen(チェブ・ジェン=魚ご飯、の意)という、セネガルで最も一般的なお米の料理では、燻製にした魚等が入っていたりしますが、そのくらいである、と言えます。お祭りだからこそ食べられる豪華な食事をお裾分けしてもらった、というわけで、タバスキ同様、大変有り難く、美味しくいただきました。

また、タマハリでは、子ども達が、顔を白塗りしたり、おじいさんの髭のようなものを顔に付けたり、女の子が男の子が普段着るような服を着たりして仮装をし、太鼓を叩いたりしながら近所の家にお菓子や米や小銭を乞うて練り歩くというイベントがあります。ハローウィンのような雰囲気で、面白かったです。(下の写真はその際の仮装した子ども。)

24日の土曜日には、私は自分の配属先である県の教育委員会で働く人のお家に招いていただき、お邪魔したのですが、お家の場所を説明してもらうとき、「ここに二つの大きなバオバブの木があって、ここから、1、2、3本目の道を入ったところの、木が見えるところを右だよ。」といった具合で、その説明の描写が何だか微笑ましくて可愛いな、と思ってしまいました。

バオバブの木と言えば、あの、サン=テグジュペリ(Antoine de Saint-Exupery)作『星の王子さま(Le Petit Prince)』にも登場する、太く大きな沙漠の木です。パイロットであったサン=テグジュペリは、セネガルにも寄港したと言われています。

バオバブの木の近くのお家で過ごした夜は涼しく、近所の人も来て外で一緒にテレビを見たりして、
ホームステイの家族を思い出したりしたのでした。


 
                 タマハリで仮装している女の子