Un poisson rouge -68ページ目

砂舞う風の季節の夜。

夜が私を包み込む。いや、私というよりは、私のいるこの世界を。

アフリカの地に来て、一体何度目の夜なのだろう。

ここは、日本の、東京の雑踏のように、夜も煌煌と明かりに照らされているわけではない。夜になれば明かりと呼べるようなものは、本当に点々としか存在しない。街でさえそうなのだから、街を少しでも離れれば、そこには闇と静寂の、星明かりと月明かりの、茫漠とした荒野が広がっているはず。

ここに来たばかりの頃、夜はこんなに暗かったのだ、ということを、ふと思い出したような気がした。自分の肌の色が白いという事実、自分が「外国人」であるという事実、そして、夜の暗がり、祈りの時間を告げる音。それらを毎日、全身で感じ取っていた。

私にとって、ここは文字通り、「異国」の地であった。
砂埃の舞う、馬車とヤギと牛と今にも壊れそうなタクシーと人間とが一緒くたに通り過ぎる道も、不思議に繰り返される挨拶のやりとりも、皆で囲む大皿の料理も、色鮮やかな女性たちの仕立て服も、どれもこれもが自分が遠い「異国」の地に来たことを告げていたように思えた。

私は今、あのときの気持ちを忘れたくない、と思っている。

そして今、仄かに、でも確かに、わたしはこの地に対する、特別な感情を抱いている。

良いことも大変なことも、全てひっくるめて、
この地を深く感じたい。

砂の混じった乾いた風が荒れ狂い、外気を黄色く染める季節の夜に、
そんなことを思う。



永遠。

一瞬の中に、永遠を見たい。

止まっているように見えるものの中に、永遠を見たい。

2015年最後の日に、私が思ったのは、そのようなことでした。

毎日は忙しく、時はどんどん過ぎて行き、目まぐるしく動いて行くのは常だけれど、

その、大きくうねり、動いていく時間の中で、この小さな自分が、生きる役割とは何なのだろうか。

私は、自分の生きる意味みたいなことを、割と日常的に考えるほうなのですが、
1年の終わりというひとつの節目に、改めてそのことを、自然と考えていました。

そしてふと、冒頭に書いたフレーズのようなことが浮かびました。
必ず終わりが来る「命」というものを誰もが生きている中で、それでも普遍的な、「永遠」を感じさせるものというのがあって、
自分にどこまで何が出来るのかは分からないけれど、その「永遠」を感じさせるような何かを、生み出すことが出来るような人になりたい。そう思ったのです。
移ろいゆき、いつか終わりのやってくる「生命」という時間は、ときに人を不安にさせるものである、と私は自分を顧みて思うのですが、
そのような不安を感じる中でも、一瞬であっても、普遍的な心の安泰を得られる場所のようなもの、というのは、あるのではないかと思うのです。

たとえば、
素晴らしい絵や写真は、それを生み出した人がたとえ今生きていなかったとしても、その中に「永遠」を見ることができたりする。それに人は心揺さぶられる。写真や絵だけではなく、音楽でも、文章でも、身につけるものや建築物でも、同じだと思います。

いつの時代であっても、素晴らしいものの中には、「永遠性」がある、と私は思います。

そして、最早それは、それを生み出した本人さえも分からない何がしかが、ときにはそれをその人に作らせるのかもしれない、とさえ思うのです。

人生の運命とは不思議なもので、
このアフリカの地で、このようなことを考える年の瀬を、私自身想像していたことではなかった、と思います。
しかしながら、このアフリカの地に来るということが、私に決められた定めだったのだろう、と今は自然と思うのも事実です。

人生の不思議なご縁と、今年一年に感謝をして、
「永遠」を感じられる何かを、生み出せる人になれるよう、自分を鍛え、学び続けていこう、と思います。





共に。

乾季になった今、太陽の光は一層美しいように感じる。

セネガルの人たちと関われば関わる程、
「違い」よりも「共通点」に目がいくようになる。

少しずつ、ことばに慣れ親しんできたからかもしれない。

しかし、話すことばの違い以前に、
関われば関わる程、人間は肌の色でも、宗教の違いでも、国籍の違いでも、社会的文化的背景の違いでもないのだ、と私は実感する。

根本的なところで、共有できるものを持っている。
生きている喜びや、悲しみ。寂しさや、愛おしさ。

受け取り、与える。それを脈々と、繰り返す。

熱く、厚く、共に在る時間を積み重ねながら。