Un poisson rouge -66ページ目

負荷。

メフロキン(マラリア予防薬。副作用で人によって夢を見たり眠りが浅くなったりすることがある。)を飲んだ翌日で、悪夢で夜明け前に目が覚めた。メフロキンの影響と思われる悪夢、これで何度目かしら。。本当に心臓がどきどきして自分がどこの誰で今どこにいて、昨日は誰と何をしていたか、というような普通の現実の認識も一瞬出来ない状態で目覚める。夢とは不思議なものだ。ああ、びっくりした…。

また眠るのも…と思うので、心を落ち着かせるためにまた、ブログに走ってみる。
まだ目覚めて少ししか経過していないので、キーボードを打つ指先がちょっとおぼつかないのだけれど。



筋トレ等の運動には、負荷が必要だ、という話はよく聞くと思う。
実際、負荷をかけていかないと、筋肉はついていかないらしい。
成長のために、負荷は欠かせないものなのだと思う。

勉強や、何かを習得することも、同じなのではないかと思う。
やはり、人間が現状より成長することのためには、ある程度の、適度な負荷をかけることが必要なのであろう。

ところで、
生きる上で、仮に神さまのような存在があるのだとしたら、私はその神さまに今、自分の人生に負荷を与えられているような気がする。。(苦笑)
負荷がちょっとキツいけれど、持ちこたえて下さいね・・・お願いだよ。
これも人間的に成長するためのことであるなら、
今は踏ん張り時なのだと思うこととしよう。

人生は、ときに自分にはどうすることも出来ない外部要因によって、荒くれる波の中に否応無く巻き込まれて行くようなときもある。
でも、そんなときであっても、今この瞬間に生きているという事実に立ち返り、それに驚きと感謝をもって、臨んでみよう。




きっと、
意味を持たないことなんて何もないのだ、
と。

実験。

人生は実験である。

与えられた条件の中で、一体どんなことが起き、それにどのように対処していくのか。

この実験は常に前人未到のものであって、結果はやってみないことには分からない。

この実験には色々な仕掛けが施してあって、その都度どのようにその仕掛けを解釈し、紐解いていくのかが問われているのだ。



       村からの帰り道、見渡す限り、人っ子ひとりいない荒野。(ヤギはいました。)

深く。

深い深い、海の底目指して、もぐっていきたい。
(わたしの住んでいる町には、海は無いのだけれど。)

というのは、比喩だけれど、
そんな心地なんだ。

ものごとに集中しているときの、気持ちよさをわたしは知っている。

本を読むのが大好きだ。

ただただ、風景を眺めることも。

馬をなでることも。(セネガルには馬が沢山います。)

すてきだと思うことを、追いかけることも。

もっともっと、
深くまでもぐっていって、
知らなかった世界を知りたいんだ。

深く深く下りていったら、
一体そこには、何が待っているんだろう。

一体そこには、どんな発見があるのだろう。

それを見てみたいんだ。







深く、



深く。