Un poisson rouge -57ページ目

首都から任地に。

首都ダカールから帰ってきました。今回は1泊2日の弾丸上京でした。いつも上京の際に使う7人乗り長距離移動車で帰ってきましたが、この車はギュウギュウなので、結構体に応えます・・・苦笑 このままビールでも飲んで眠ってしまいたい・・・!笑

 

11月になりましたね。とは言っても乾季になったもののこんなに暑かったっけ、というくらい暑いセネガル、ダカールの隊員ドミトリーでも2段ベッドの上の段までは残念ながらあまり扇風機の風が届かず、寝苦しかった・・・! セネガルの人たちの身体の強さ、本当にすごいと思います。私はいつも汗をかきまくっていて、バテバテなので、もっと強くなりたいものですが、やっぱり暑い・・・!

 

ダカールは首都なので車も人も多く、大きな町ですが、任地に帰ってくるとやっぱりホームタウンだなあと思って、近所の人と挨拶したりすると、ちょっとほっとします。

今回の上京では、隊員の事務連絡や諸々の調整をして下さる担当の調整員の人に時間をとってもらい活動について話したのですが、自分の視点では見えなかったこと等も指摘してもらい新しい観点を得られて、残り8ヶ月間を心新たにやっていこうと思いました。

 

明日からまた、一歩一歩、頑張ろうと思います。

 

ありがとうございます。

アクション

惜しみなく与える人のところには、

その分沢山集まってくるのだと思う。

 

アクション(action)にはリアクション(reaction)が返ってくる。

その法則に例外はないと思う。

 

だからたとえどんなに小さな一歩でも良いから、アクションし続けてみよう。

 

間違うこともあるかもしれない。何か違うのではないかと悩むこともあるかもしれない。

 

それでも良いと思う。

 

間違わない人なんて、悩まない人なんて、誰もいないと思う。

 

難局があっても、自分のペースでアクションし続けたら、

きっと違う景色が見えてくる。

 

停滞は、活性へと変わって行く。

 

そんな風に、思うのです。

 

 

 

明日、首都ダカールに上がる用事があるため、

ブログを更新出来ない可能性が高いです。

毎日つづると決めた矢先ですが・・・ ごめんなさい。

 

お詫びといっては何ですが、、、

 

先月末に、任国外旅行という制度でフランスに行った際、アヴィニョンという町の市場で見た、おばけカボチャたちの写真を最後に。。

 

と、書いた後に表示の名前を調べてみたら、これらはカボチャに似ていますが、「coloquinte(仏語)」でコロシント、というウリ科の植物で、果実は下剤となるそうです!カボチャじゃなかった・・汗!

 

何はともあれ・・・

皆さまのハローウィンが愉しくありますように!!

 

 

 

 

 

 

手放すことの大切さ。

今日、乾季になって深くなりつつある砂の上を歩きながら、

ふと思ったことがあります。

 

何かを欲することは自由であるけれど、

ときには「手放す」ということも大切なのではないか、と。

 

 

これが欲しい、絶対に欲しい、絶対に手に入れる!

 

 

そういう「欲望」というものは、何かを目指して努力し、成長し、進歩するための起爆剤のような働きをするから、欲望自体は悪いものではないと思います。

 

しかし同時に、ときにはそういった欲望を手放してみることも必要なときがあるのではないか、そう、思うのです。

 

何かを欲しくて目指して頑張っているときって、周りが見えなくなるくらい集中していたりすると思います。けれど、その状態で見えなくなってしまっているものも、もしかしたらあるのかもしれない、と思うのです。

 

頑張っても頑張っても、何故か空回りしてしまう。そればかりか、頑張れば頑張る程、泥沼にはまっていくような感覚に陥ってしまう。

そういう経験をしたことがある人は、私以外にもきっといるのではないかと、思います。

 

そんなとき、どこかで何かを見落としてしまっている可能性も、あるかもしれない。

ふと、立ち止まって冷静になってみることも必要なのかもしれない。

そのために、いったん抱え込んだもの、執着していた欲望を、手放してみることも、必要なのではないか。そんな風に、思うのです。

 

ふっと、手放して、抱え込んでいたものを解放してあげて、少し風の流れに任せてみる。

 

そうしたら、もしかしたら、思わず今まで見えていなかったものが見えてきたり、知らなかったこと、思わぬギフトが舞い込んでくる。

そんなことも、あるんじゃないかなあ、と、

感覚的な話ではあるのですが、そう、自分を冷静に、客観的に見つめてみて、思いました。

 

心に、そういった余裕を、ちょっとしたスキマを与えてあげること。

何よりそうすることで周りが見えたら、自分の周りの人も幸せになるかもしれない、

とも思うのです。