書くという行為、ことばへの関心・心の余裕など。
頭の中で突き詰めてみたところで、生きている意味って出て来るわけじゃない。
私はそんな風に思う。
だから、とにかく書く。私にとって書くということは心を落ち着かせる行為なのだと思う。
食べたり眠ったり呼吸するのと同じくらい、書くということは自分にとって自然なことで、
大きく意識するまでもないことであるように思う。
気持ちの整理と心の整理。
自由に書いている間は、無になれるような気がする。
ことばというものに対する関心。
セネガルの人たちは、自分の拙いフランス語・ウォロフ語でも、意図を汲み取ってくれようとする姿勢が強く見てとれるから、やさしいな、と思う。
伝えようとするこちらの意志を尊重してくれている、と思う。
でも、セネガルの人に対してだけではなくて、
人の厚意に対して、甘えてばかりいるのではなく、もっと鍛練していかなければならないと思う。
心の余裕と広さ。
私もそういうところを見習いたいと思う。
安らかな明日を、ねがう。
自分のことを、嫌な奴だと思うときって、誰しもあるのだろうか。
嫌な奴だと分かっていても、自分の拘りを捨てられない、その自分の小ささを考えて、更に落ち込む。
こうなったときのスパイラルは酷い。自己嫌悪そのものだし、プラスの要素が無い。
でも、人生たまにはそういうこともあるよね、と、思う。。。
はあ、何か愚痴ぽくなってしまった。
私の好きな映画『レオン』の中で、まだ少女だったナタリー・ポートマン演じるマチルダが、家庭内暴力にあって、ジャン・レノ演じるレオンに、「大人になっても、人生は辛いの?」というような邦訳のセリフを言うシーンがあるけれど、何と言うか、そんな気持ちだ。別に、私は今暴力をふるわれたわけではないけれど。
大人になっても、人生は辛いんだな、て、今思ってしまっている。
独りの時間が好きだ。
心静かに、自分の世界に入っていける、時間。
こんな閉じた自分は変なのかもしれないし、
そうあるべきではないかもしれないけれど。
悶々とした気持ちを書いてしまった。
気持ちをはやく切り替えよう。
明日はまた、新しい日。
安らかな明日が訪れますように。
お休みなさい。
眠りにつく前。
I was thinking about my childhood.
When I didn't know anything about this world.
When I knew all the happiness I could feel.
When I was nobody but me.
I'm dreaming. "I wish I could return to that time..."
I wish to dive deeply under the sea where I can not hear any sounds.
But it's just a daydream, I know.
小さい頃のことを考えていた。
私がこの世界のことを、何も知らなかったとき。
私が、感じられる全ての幸せというものを、知っていたとき。
私が、私以外の誰でもなかったとき。
その頃に、返ることができたらな、と、夢見る。
物音が聞こえない海の下へ、深く潜って行きたい。
でも、そんなことはただの空想だって、分かっている。
誰もが、大切なものを抱えて眠りにつくんだ。
世の中はそうやって回っている。
私は相変わらず夢想する。
小さなときの自分が、
抱えて眠りについた大切なものは、
何だったかな・・・て。