Un poisson rouge -117ページ目

ジョン・レノン

母親がジョン・レノンがベトナム反戦を唱っていた頃のドキュメンタリーをBSでやっていたものを録っていて、それを見たらもの凄く感動してしまいました。

ジョン・レノンて本当にカッコイイなあ、て心底思いました。

決して過激なことを言っている訳ではない。
ひとりのアーティストとして、素直に自分の思うことを、信じることを、シンプルに淡々と、ずっと言い続けただけ。

オノ・ヨーコと、ジョンと、息子ショーンの、三人の映像も、愛情に溢れていて、微笑ましかった。

誰が何を言おうと、言い続け、メッセージを発し続けること。
しかも、ユーモアを交えて。

それってシンプルだけれど、当時、戦争に突き進むアメリカという国の中でそれをやり続けるということの困難さは、図り知れないものがあったと思います。

オノ・ヨーコさんが、「(ジョンの)メッセージは生き続けている」とおっしゃっていたけれど、
本当に、偉大なメッセージを残してくれたと思う。

本当に大切なことや、本当に良いものや、本当に素晴らしいことは、
時代も世代も、超えて残っていくのではないか、
そんな風に思いました。


私が大好きなジョン・レノンの曲、「watching the wheels」

見つけたこと

愛おしければ愛おしい程、
苦しみと痛みが伴う、ということ。



インドから帰路の機内で、
死にたくないなあ、と漠然と思った。

でも、死は絶対にいつか訪れるということは分かりきったことなのだ。

愛しい人や、大好きな風景やものとも、いつか必ず別れがやって来ること。

その紛れもない事実を真剣に考えてしまったとき、思わず気が狂いそうになる。

死にたくないし、死んでほしくない。別れたくない。
そんな苦しみに、私は耐えられる気がしない。

でも、それは、どんな人にも必ずやって来てしまう。

他方、死を、欲するときがある。

死にたいなあ、という気持ちになるときがある。
どん底に落っこちそうな、何もかもが空虚なとき。

私はその両極端に引っ張られ、
とてつもなく生きたいのに、とてつもなく死にたい気持ちになる。


生きるということはどうしたって、苦しみと痛みと、ともに在るということ、なんでしょうね。

南インド・バンガロール市 Born Free Art School

人のつながりが何よりも優先される社会。
それは、精神的な意味でも、また、物理的にも、恐らく人とのつながりが無ければ、生きていくのが難しい、ということ、でもあると思う。

きっと、本来人間が生きる、とはそういうことなのではないかと思う。

日本のような先進国では、人と接しなくても、機械がそれに代わる役割をし、生きて行くことができなくはない。
けれど、精神的な病、自殺等、「生きる」ことの本質が危ぶまれるような事態が沢山起きてしまっている。

人間的である、とは何だろう。

その原点、その本質を、私は、途上国と呼ばれるところ、
経済的・物質的には決して潤沢ではないところで、教えられているような気がする。



以前にも、このブログで報告したことがありましたが、私が今回再び訪れたBorn Free Art School(以下、BF)は、アーティストとして活動するJohn Devaraj氏と、日本人の活動家で現在はダンサーでもある、中山実生さんによって南インド・バンガロール市に設立された組織(というよりは運動体と言った方が近いかもしれない)で、様々なかたちで働いていたり、(たとえば、花を売る、ココナツを売る、家事労働等)路上で物乞いや盗みをして生活をしていた子どもたちが、ダンスや歌等のパフォーマンスを通して、アーティストを目指すことや、教育の場へと戻ることをサポートしています。
そして、子どもたちが生活できるホステルを備えていて、そこで子どもたちが生活しています。
(現在は、ホステルは数年に一度移動を余儀なくされており、恒久的なものではありません。そこで、今パフォーマンスのためのスタジオを兼ね備えたBuildingを建設する計画があがっており、支援を募って行く予定となっています。)

子どもたちの持つバックグランドは様々で、父親がアルコールを飲むため母親が働いていて、自分も働いていた、という女の子や、食べ物等を売る店で働いてたという男の子、街頭で盗みをはたらいたり、家事労働をしていた、という子など、である。
BFにいる子どもたちは、皆インドのカーストでいう最下層の子どもたちであるという。
そんな子どもたちが、学校に通って、教育の場に戻って行くことは、易しいことではない。
学校教育のあり方にも、問題はあるであろうし、親が不在である、ということの持つ物理的・精神的なリスクは、とても大きい。綺麗ごとでは済まないような問題が沢山あると思うし、特に女の子は、大人と言える年齢になると、BFを去っていってしまう子もいる。
私が3年前に訪れたときにいた17~20歳前後の大きい女の子たちは、事実、いなくなっていた。
Johnさんと、女の子の問題についても話したのだが、女の子たちは皆、出て行って結婚するのだ、という。
それが悪いことであるとは必ずしも思わない。結婚して、後に記すサンジャナのように、幸せな家庭を築くことができれば、それは素敵なことだと思う。
けれど、Johnさんが話していたように、女の子は、妊娠、そして中絶といったような、深刻な問題につながる場合もあるのだという。

私は、途上国の場合、女性を教育するということが、貧困の削減につながる、ということを、座学で、知識として、学んだ。
女性が教育を受けることで、たとえば文字が読めるようになると、だまされなくなり、子どもに与える薬を間違えなくなったり、教育を受けることで出産の年齢が上がることは、人口削減につながり、結果的に貧困削減につながっていく、ということだった。

私は、自分が女であるということもあり、女性の問題が、とても気になる。
これから自分でも勉強していきたいと思う。
途上国と言われるような社会において、女性が生きて行くことに伴う困難はとても大きいのかもしれない。でも、BFで出会った女の子たちのような子たちが、幸せに生きてほしい、と、願う。

インドの社会は、他の途上国と言われる国ぐにと同様、たとえば日本の社会のように、何もかもが清潔で、時間通りで、整備されているような社会では現状ない。バンガロールは、それでも、IT都市として近年世界的にも知られるようになっているし、近代的な企業のビルが建っていたりもする。そんなバンガロールであっても、様々な面で、「人力」がとても重要である、と感じる。たとえば、8月は雨期なので、雨が降ると舗装されていない小道等は酷くぬかるむので、バイクも器用に運転しなければ危ない。停電が起きたり、水道が出なくなったりもする。

以前BFにいた女の子で、結婚して二人の子どものお母さんとなって、滞在中、BFの設立記念日である8月15日(インドの独立記念日)に、旦那さんと子どもを連れてやってきたサンジャナという女性がいた。彼女が子どもを抱きながら街を歩いている途中、子どもが水を欲しがるので、民家の子どもに水をくれるように頼むと、彼はペットボトルの水を持って来て、彼女の子どもにあげていた。
そういう人と人との間の助け合いは、ごくごく普通のこととして行われているんだな、という風に感じた。

滞在していて強く印象に残ったこと。
それはそういった人と人とのつながり、かもしれない。

社会として、経済的な貧困や暴力といった問題は、非常に多くある。日本でも、最近インドに関する、女性に対しての暴行事件のニュースをよく目にする。
しかし、日本のような先進国が失ってしまったものが存在しているのも確かだ、と思う。

BFの代表のJohnさんは、日本に来て講演活動を行ったりもしている。
日本の人たちの印象を聞いたところ、やはり、よく言われるように、「質問が出ない」ということ、そして、cold(冷たい)と言っていた。何ともショッキングなことばである。
しかし、Johnさんは、日本の人たちはとてもhonest(誠実)であることも強調していた。でも、冷たい、という印象がある、と。
それは、文化的な違い、感情表現や、コミュニケーションの仕方の違いから来るという面ももちろんあるであろう、と私は思う。(インドの人たちはとにかく話をすることでコミュニケーションする、という印象を受けた。話さないと、何故話さないのか、という疑問をぶつけられる。)
しかしながら、それとは別の問題として、人と人との血の通った交流が、社会全体として減って来てしまっている、それは確かだと思う。そこから、冷たい、という印象が出てくるのかもしれない。。

冒頭に書いたように、何にも増して、人と人とのつながりが優先される社会なのではないか、と私は思った。

一緒にご飯を食べること、人を手伝うこと。
会ったら挨拶をすること。しかも、さっき会ったのに、長く会っていなかったかのように、目を見て。

生活は、洗濯も人力、食事もしっかりと素材から、米は炊飯ジャーはなく、鍋で炊く。
だからとても忙しい。パフォーマンスの練習をするのも夜だったりする。

しかし、子どもたちは基礎的な身体能力がとても高いので、びっくりするようなダンス表現を、難なくこなしてしまったりする。そんな子どもたちの持つポテンシャルに、圧倒されてばかりだったように思う。
いきなり湖に飛び込んで泳ぎまくったり、何はなくとも、元気。

私のお腹にも届くか届かないかのような身長の子が、赤ちゃんをひょいと抱っこし、裸足で歩く。

私は、子どもたちの生命力に圧倒され、美しさに、圧倒されていた。

優先するべきは、何なのか。
とどのつまり、日本という社会に生まれた私は、それを考えざるを得ない、と、感じた。

優先するべきは、とてもベーシックなことなのだろうと思う。

インド、そしてBFの子どもたちから、私はそんなことを、考えさせられ、教えられたように、思う。


$ORIEIRO-パフォーマンスするBFの子どもたち

                 パフォーマンスする子どもたち