Un poisson rouge -115ページ目

つまるところ

内向きを突き詰めた結果の、

外向きになりたい、

ということなのではないか、

と、感じています。

じりじり。じりじり。

ぼーっとしてても

何かは起きる。にや

記憶のこと

この歳になると、流石に思い出が増えてくるなあ、と、思う。

生きてるんだから、誰だって歳を経るにつれて思い出が増えていくのはある意味当たり前なのであるが、自分でも、それをどのように処理したら良いのだろう、と考えてみたりもする。

ふとしたときに、あの時はああだったなあ…と、ある一場面や、ある場所のことや、空気の感じを、思い出すことがある。
それが、特別刺激の強い場面や場所ではなかったとしても。。

結局人にとって一番記憶に残っているのは、自分の慣れ親しんだものや風景や人、なのかもしれないなあ、と思う。

道ばたを歩いていて、民家の近くでお風呂の香りや、夕飯の匂いがしたとき、
おばあちゃんの家のことを思い出したり。

不思議なもので、お年寄りは、直近のことは覚えていられなくても、
とても昔のことは、鮮明に覚えていたりする、ということがある。

私の祖母や、祖母のおばもそうだった。
昔の記憶、自分が若かった頃の記憶は、鮮明だった。



記憶とは不思議なものだ、と思う。
人の記憶は、一体どこまで広がっていくのだろう。

全てを覚えているわけでは、勿論無い。
物事のディテールは、忘れ去られていってしまう。
それでも、記憶は増え続けていくわけで、
自分という人間が、記憶によって深められ、形づくられていくような、そんな感覚に最近陥る。

そして、過ぎていく瞬間瞬間を、いつかこの光景も、ふとしたときに記憶の彼方から思い起こされるときが来るのかもしれない、と考えたりするのだ。

そう思うと、一瞬一瞬の時間は、とても愛おしく、きらきらと光るように、思う。


刻一刻と、絶え間なく時間は流れ、全ては目まぐるしく変化していくけれど、
その荒波の中でも、その時間は、もう二度とやって来ない、戻らないのだと分かっていたとしても、記憶の中に留められた豊かで鮮やかな時間は、
それを思い出しただけで、自分を温めてくれたり、幸福な気持ちにさせてくれたり、ときに救い出してくれたりする、宝物のようなものなんだと思う。