Un poisson rouge -113ページ目

ダンス欲

今日はお世話になった先生と後輩(友だち)の女の子と、カンボジア料理を食べました。
初めて食べたけれど、とっても美味しかった。

ほっと一息な金曜。

ほぼ仕事のことで満杯の一週間が終わった。
自分は本当に器用でないと思う。ひとつのことしかできないようで。。。
体力と精神力を鍛えて、色々なことをやりたいと日々思うのだけれど、実際追いついていない。。。


パワーをもらった今日は、自分の好きなことについて、書きたいと思いました。
私は、表現が好きなようです。
音楽と本は無いと、文字通り、生きていけない…ような気がする。。。実際もの凄く、助けられている。
写真も絵も好き。
そして、ダンス。


高校に入学したての頃、部活の見学をして、
先輩の格好良いダンスに憧れて、思いきってダンス部に入った。

しかし、何でもそうなのだけれど、ただ外から見ているのと、実際にやるのでは、全然違った。

メリハリの効いているダンスを踊ることは、ちょっと大げさな表現かもしれないけれど、見た目の、100倍くらい難しく思えた。
死ぬ程体を動かして、終わった後息も絶え絶えになるくらいで、やっと、動きが伝わる、という程度。そのような感じであった。

今でもダンス部だったと言うと、意外に思われる上、ちょっと笑われたりするし、踊ってみて、と言われた日には、自分自身やはり恥ずかしいと感じるのであるが、
でも、やはり、好き、なのである・・・

見るのも、踊るのも。

最近全然踊っていないけれど、踊りたいなあ、と思う。
それはもう、全く理屈の世界ではない。
体が欲している、という感じ。

こんなことは、ダンス下手だし、恥ずかしいのでなかなか言えないのだけれど、
心の中でそう、思う。。。


一週間忙しくて全然何も考えられなかったからでしょうか。。。

インドの報告を書かなければいけないのに、
何も手がつけられていない。。。

がんばらなきゃああ


神のダンスを。心に。
ああ、本当に、マイケルのダンスには、神が見える。魂が見える。
ダンスと彼の体は、ふたつでひとつのよう。完全一致、とは、こういうことだと、おもう。
格好良すぎです・・・
R.I.P.



突然の道祖神。。

あー、旅に出たい。

ただただ、旅をしたい気持ちが突然降ってくる。

どこかに行ってはまた行きたくなる。

これが所謂道祖神様のささやきなのでしょうか。

自分はときどき病気じゃないかと思ったりする。

でも、どこかに行く行かないは別としても、人生は旅、なんだろうと、思う。



いつもどこかへ旅することが、
勝手に頭に浮かんで来てしまう。

それはもう、突然に降ってくるのだ。

止める隙もなく。





引き出されてくる、記憶。

当時、お付き合いしていた人と、
クソがついてしまう程暑い寝台列車で、半分汗だくになりながら、ラオス国境からバンコクまで行ったときのこと。
約一ヶ月別行動で、泊まっていたゲストハウスで私が列車のチケットをちゃんと手配する手はずが、それをミスって超急いでトゥクトゥクに乗るはめになり、せっかく合流したのに彼に怒られたこと。

上からのぞくハッセルブラッドみたいなレトロなカメラを持った欧米人の女の子が、寝台の同じ車両に乗っていたこと。

辿り着いたカオサン通りの冷房なし宿。
私の持ってたパソコンのiTunesに入っていたUAを流してたこと。
何故か観光客向けにドレッドヘアをつくる露店商、屋台のパッタイ(焼きそば)、偽造学生証やらを作っていそうな怪しげな店・・・

外は立ってるだけでくらくらするほど暑かった。
ビエンチャンから比べたら大都会過ぎてびっくりしたバンコクのビル群。


今となっては、若かりし日の思い出... 。o O





行ってみたい所は、
沢山沢山あるのだけれど、

今は、ネパールに行ってみたい。

雄大な、山々を崇めさせてもらえるような、
そういうところに行ってみたい、と思う。
自然と人々に、出会ってみたい。どんな所なのか、知りたい。

またあいつは、あんなこと言ってる・・・とか思われるのかもしれないけれど。。

長いこと、旅に出てしまいたい・・・と、ときどき、思ったりも、します。。。。。



猛烈に勉強、したいでやんす。

本日、私が、今から3年前と、先月に訪れたインド・バンガロールで、路上生活や児童労働を行う子どもを、アートの活動によって教育の場に返そうとすることを目的として活動するBorn Free Art School(以下、BF)の日本での活動を話し合うミーティングに参加してきました。

児童労働について詳しく述べると非常に長くなってしまいますが、インドは依然として、国際機関の定義する「児童労働」に当てはまる5~17歳の児童労働者数が最も多いと言われている国です。
インドを訪れると、子どもが働く姿を旅行者でも見かけることと思います。

BFでは現在複数のプロジェクトが進行しており、ひとつは、子どもたちに恒久的な活動・生活の場としての建物を設置するという、Building Bornfree Bornfree Building(=頭文字のB四つをとってB4(ビーフォー)と呼んでいます。リンクは英語ページです。)です。BFではインドの社会的な事情もあり、子どもたちが生活するためのホステルが数年に1度のペースで引っ越しを余儀なくされているという状況です。そのため、安定したホステルの土地と建物が必要ではないかとの話が持ち上がったのです。

BFの代表を務めるジョン・デバラジ氏は、建築、フィルムメイキング、写真、演劇、作曲、絵画等、マルチに活動するアーティストです。そのデバラジ氏が設計を行い、土を用いた自然素材の建築技法で、子どもたちの生活の場と、ダンスや演劇や音楽活動を行えるスタジオを兼ね備えた建物を造るというプロジェクトがこのB4です。

説明が長くなりましたが、このプロジェクトに必要な資金をどのように集めるか、というミーティングが本日でした。(また、もうひとつ、福島の母子をBFに招聘し、アートワークショップで交流するというプロジェクトの計画も進行しています。)

そこで、助成金やクラウドファンディング(Web上でプロジェクトを公表し、そのプロジェクトに投資をしてくれる人を募るという方法。クリエイターや慈善団体や個人等、様々なプロジェクトで資金を募りたい人が、Web上のプラットフォームで支援を呼びかける。)の可能性について話し合う中で、私は様々なことを考えました。。。

それはまず、
今、クラウドファンディングのような仕組みがある時代で、プロジェクトを行いたいと考えている人と、魅力的なプロジェクトに出資をしたいと考えている人どうしが、繋がり合うことができる、というのは、とても画期的ではないか、ということ。
時間とアイデア、そして何よりもパッションがあって、マッチングが成立すれば、こんなにWin-Winなことはそうそう無いのではないか、ということです。

勿論、ファンディングにおいては、プレゼン力や営業力が重要となってくる、ということも思いました。

しかし、こんなに美味しい(!)話は無いな、と自分で調べてみて思いました。

頭をフルに働かせ、時間をかけて探してみれば、きっとある。
そういう希望を持ちました。


それと同時に、私は今日、自分が振り出しに戻ったことを感じました。

それは、他でも無く、インドで最底辺の生活を送る人たちがいる一方で、
何故、日本のような先進国には有り余ったモノや食糧があるのか、という、
素朴かつ単純かつ、とてもシンプルな、疑問。

今日新聞で、世界の食糧廃棄料の高さについての記事を読んだこともあり、
この、大学生のときに抱いた大きな疑問に、自分がまた戻って来たことに気付きました。

この世界的な富の偏在は、何故起きるのか。

国際政治経済学部を卒業していながら、私は数字が苦手ということを理由に、経済をなるべく避け、サボってきてしまったのですが…
これは経済学的視点からの勉強が必要なことかもしれない。
そのように思いました。

富と資源の不平等な分配は、苛烈な経済活動、つまり企業活動、それから政治の責任もあるのだと思います。

けれど、何かもっと根本的に、人間という生き物に焦点を当てて考えてみないといけないのかもしれない。。
そんな風にも思いました。

ファンドレイジングについても、富の偏在状況についても、
猛烈に勉強しなければならないと自覚し、ふりだしに戻ったのでした。

☆ 設立ほやほやの、Born Free Art Japanについては、こちら(日本語ページ)をご覧下さい。