ジーノ「マドモアゼル、あなたは美しい!」
月本「......」
ティーノ「......」
梅崎「......」
ジーノ「グラシアス! グラシアス! 会えて嬉しい!」
月本「......」
ティーノ「......」
梅崎「......」

ジーノは異様に舞い上がっていた。

ジーノ「あ~、いまの気持ちをどう表現すれば...」
月本「......」
ティーノ「うん、ちょっとだけわかる♪」
梅崎「......」

月本は溜息をついた。

月本「あのね、あんたバカ?」
梅崎「うぷっ」
ティーノ「♪」
ジーノ「おお、おおおお!」

ジーノは歓喜した。

ジーノ「こ、これがウワサのツンデレか!」
月本「......」
梅崎「ちょっと違う気もする」
ティーノ「......」
ジーノ「お、俺はついにツンデレに出会った!」

月本は再び大きく溜息をついた。

月本「強い強いって聞くからどんな男かと思ったら...」
梅崎「......」
月本「ただの色ボケのクソ野郎だったとはね」
ティーノ「......」

ジーノはさらに狂喜してしまった。

ジーノ「ツン、来たあああああああああぁぁ~っ!」
月本「......」
梅崎「あのな、このネェちゃんはツンだけだぞ」
ティーノ「♪」
梅崎「デレがない、ただのツンツン」
月本「......」

梅崎はなにやら自慢気だ。
ティーノは妙にウキウキと踊り出した。
月本のこめかみにはそろそろ青筋が浮き出てきた。
ジーノはガッツポーズをしている。

月本「ウザったいからそろそろいくよ!」
ジーノ「!」

月本の体から突如無数の腕が出てきた。
文字通り数え切れないほどの無数の右手と左手が。
月本の眼が光った。

梅崎「これは...千手射撃...」

梅崎は目を見張った。
ジーノの顔から弛緩の様子が消えた。
月本の無数の腕の先の手掌から、光が一斉に放たれた。

光はそれぞれ違う軌道を辿った。
曲線で弧を描くように、
ジーノの体を四方八方から囲むように迫った。

梅崎「!」
ティーノ「♪」

と、その瞬間、
ジーノの体からも無数の腕が伸長した。
その、ジーノの無数の腕の先の手掌のそれぞれに、
月本から放たれた無数の光が吸い取られた。

梅崎「おおお、千手防御!」

月本の攻撃を、ジーノは防いだ。
月本は表情を変えていない。

月本「ふ~ん、じゃあこれはどう?」
ジーノ「......」

月本の無数の腕の先の手掌から、
何かが放たれた気配があった。
しかし、それは目には見えなかった。

ジーノ「!」

ジーノは両眼を閉じた。
そしてその直後、
ジーノの無数の腕の先の手掌のそれぞれに、
何かが受け止められた気配があった。

月本「......」
ジーノ「......」

月本は無言のままだ。
ジーノも沈黙を守っていた。
しばらく四人とも黙っていた。

突如、
ジーノの全身が穴だらけになった。いきなりだ。

ジーノ「!!」

ジーノは倒れずに直立していた。
月本はジーノの様子を窺うように見ていた。

梅崎「これは...テレポートだ...」
ティーノ「?」
梅崎「やったなネェちゃん、全弾をテレポート発射か!」
月本「......」

ジーノは倒れなかった。
四肢も体幹も、頭部も顔面も穴だらけになりながら。

ジーノ「総監に...比べれば...まだまだだ」
月本「......」
ジーノ「総監は...俺の頭を...真っ二つにカチ割ったぞ」
月本「......」
ジーノ「今度は俺の番だな」
月本「......」

 

 

 

ジーノ「ん?」

ジーノは唸った。
街の明かりが四人を照らしている。

ジーノ「誰だ! そこにいるのは!」

四人のほかには誰もいない。
カラオケ屋の前の街路の明るさは、
とても夜とは思えないほどだ。

ジーノ「お嬢さん、またいつか会おう」
月本「......」
ジーノ「おいティーノ、行くぞ」
ティーノ「♪」

ジーノとティーノの二人は、消えた。
月本と梅崎があとに残った。

梅崎「......」
月本「......」

ジーノはまさにこれから反撃しようというその時、
なぜか思いとどまり、そして姿を消した。

梅崎「どういうことだ?」
月本「......」
梅崎「あいつ、どうしたんだ?」
月本「......」
梅崎「俺たち以外に誰かいたのか?」
月本「......」

夜空には月が出ていた。
星々も煌めいている。

月本「私たちはフロントプレーヤーってことね」
梅崎「......」
月本「実は、裏から何者かがジーノを狙っていた」
梅崎「......」
月本「それをジーノは察知して...」
梅崎「......」
月本「この場は状況が不利と判断して退却した」
梅崎「......」

一陣の風が月本の顔を撫でた。
月本の黒髪がなびいた。

月本「私、まだ追われてるからもう行くわ」
梅崎「え?」
月本「じゃあね」
梅崎「おい、ちょっと待てよ!」

月本も消えた。
梅崎はママチャリの上で呆気に取られていた。

梅崎「トミー、おいトミー、いるか?」
猫「にゃ~」

梅崎は猫のトミーを呼んだ。
猫はそれに応えて梅崎の足下に現れた。

梅崎「腹減ったな、メシでも食いにいくか」
猫「にゃ~」

なんでこの人は朝から晩まで食ってばかりなのだろう、
などと猫のトミーは呆れていそうなものだが、
鳴き声はいつも、にゃ~、だけだ。

梅崎と猫も消えた。

カラオケ屋のネオンは、
四人と一匹がついさっきまで存在していた街路で、
いつまでも煌々と輝いていた。

 

 

 

広く暗い空間に、
灰野と弓沢の二人はいた。

マンションの一室のようだ。
薄く仄かな明かりのみが灯っている。

ソファーが二つ。
灰野は片方のソファーで寝ている。
弓沢はもうひとつのソファーに座っている。

目を閉じてソファーに横になっていた灰野が、
ゆっくりと目を開けた。
軽く顔を左右に振り、起き上がった。

小柄で小顔の灰野は
大きな瞳をパチパチさせた。
長い髪が色白の顔にパサリとかかった。

弓沢「逃げられたな」
灰野「......」
弓沢「あいつ、よく感付いたよな」
灰野「......」

弓沢は大画面の薄型テレビを見ていた。
そこには、テレビ番組ではなく、
カラオケ屋の店の前の街路が映っている。

灰野「艦長」
弓沢「な~んだ?」

灰野は弓沢を艦長と呼んだ。
灰野より年長の、独特のオレ様キャラの弓沢は、
クセのある笑顔を見せた。

灰野「ジーノ、手強いよ」
弓沢「ああ、モニター見てたから十分わかる」

灰野は口元を緩ませた。
ゾッとするような美貌で楽しそうに微笑んでいる。

 

 

 

森下は夕暮れ時の混雑した店内で、
チャイラテをすすりながら、
ノートパソコンをまったりと覗いていた。

広く大きな本屋とコーヒー店とがミックスした、
時間を潰すにはもってこいの場所だ。

のんびり落ち着いて読みながら飲めるように、
多くのイスとテーブルが用意されていた。

森下はそこに座っていた。

山伏「やはりな、ここだと思ったぞ」
森下「......」

山伏がやって来た。
森下を見つけた彼はその集中を遮ろうとした。

山伏「お前、何見てんの?」
森下「......」
山伏「何だよ、これ」
森下「......」

森下は答えるのが面倒そうだ。
若くて細身の森下は、
ノートパソコンのディスプレイから目を離さない。

森下「うるさいな~」
山伏「......」
森下「何だっていいだろ」
山伏「......」

ダビデ像を遙かに凌ぐような体躯の山伏は、
森下と同じ丸テーブルのイスに腰掛けた。

山伏「それ、異世界ネットだろ?」
森下「......」
山伏「過去ログでも漁ってるのか?」
森下「......」
山伏「結構面白いよな、俺も割と好きだ、それは」
森下「......」

森下は文字や文章やアスキーアートを、
黙々と目で追っている。

山伏「面白くても所詮は別世界の記録だからな」
森下「......」
山伏「ハマリすぎてアホになるなよ」
森下「......」

二人は窓際の席に座っていた。
足下から頭上高くまでガラス張りのため、
店外の風景がありのまま見えた。

日高「うふふ、お二人さんみっけた」
山伏「......」
森下「......」

日高が現れた。
清楚な感じもするのだが、その反面かなり色っぽい。

日高「森下クン、相変わらずカッコイイわね」
森下「......」
日高「山伏クン、たくましいよね、頼りたくなっちゃう」
山伏「......」

日高は男心をくすぐるような、
瞳と声色と立ち居振る舞いを駆使して、
今日も二人に仕事を持ってきた。

日高「あのね、二人にお願いがあるの」
山伏「またか」
森下「やっぱり」

日高の微笑みからは、
匂うような色香が振りまかれていた。

日高「今回もコッソリとやって欲しいの」
森下「......」
日高「って絵上がいってたわ」
山下「......」
日高「誰にも気付かれないくらいコッソリとね」

日高はいつも絵上からの伝言を、
森下と山伏に伝えていた。

日高「大島を抑えて」
森下「......」
日高「できるだけ早く」
山伏「......」
日高「本人にも気付かれないくらいコッソリとよ」

 

 

 

モルグの書斎をユーリが訪れた。

モルグ「これはこれは」
ユーリ「ああ、久しぶりだな」
モルグ「何の用ですかな?」
ユーリ「ひとこといいたくなった」
モルグ「ひとこと?」
ユーリ「そうだ」

モルグはやや哀れむようにいった。

モルグ「私があなたから学ぶことは皆無です」
ユーリ「だろうな」
モルグ「かつては多くを学んだ」
ユーリ「......」
モルグ「しかし、いまでは立場は違う」
ユーリ「ああ」
モルグ「あなたがかつていた位置に私は立っている」
ユーリ「......」
モルグ「あなたは隠居の身だ、違いますか?」
ユーリ「その通りだ」

ユーリは怯まなかった。

ユーリ「だからこそ私は来た」
モルグ「......」
ユーリ「君の側近は誰もこのことを意見しないだろう」
モルグ「......」
ユーリ「私は絵上の戦歴を調べてみた」
モルグ「......」
ユーリ「奴の戦歴には明らかな特徴がある」
モルグ「......」
ユーリ「知ってたか?」
モルグ「......」

書斎の空気は重い。

ユーリ「絵上のキャリアは浅い」
モルグ「確かに」
ユーリ「実質ほんの5~6年だ」
モルグ「でしょうな、我々の足下にも及ばない」
ユーリ「しかし...」
モルグ「......」
ユーリ「デビュー以来、無敗だ」
モルグ「......」
ユーリ「それも常に寡兵で大軍を破っている」
モルグ「......」

モルグは腕を組んだ。

ユーリ「知ってたか? これはつまり...」
モルグ「......」
ユーリ「奴は寡兵で大軍を破る専門家ということだ」
モルグ「......」
ユーリ「これから大軍を動かして攻めるつもりだろう?」
モルグ「......」
ユーリ「悪いことはいわない、少数精鋭で行け」
モルグ「少数精鋭?」
ユーリ「そうだ」
モルグ「圧倒的に優勢なのに、数押しをするなと?」
ユーリ「そうだ」
モルグ「老いましたな、あなたも」

モルグは苦笑した。

ユーリ「そういうと思った」
モルグ「ほかに言葉が見当たらない」
ユーリ「まあ、頑張りたまえ」
モルグ「あの連中に負ける要素など、どこにもない」

ユーリは書斎を出ようとした。

ユーリ「またしばらくは君とは会わないだろう」
モルグ「そう願いたいですな」
ユーリ「しゃしゃり出るな、と思ってるんだろう?」
モルグ「よくわかってらっしゃる」

 

 

 

ジーノは爺に興奮気味に捲し立てた。

ジーノ「爺! これがキャバクラというところなのか!」
爺「仰せの通りでございます、ジーノ様」

二人はキャバクラに突入していた。

ジーノ「随分と華やかじゃないか!」
爺「これはもう、驚くばかりでございます」

ジーノのすぐ隣にキャバ嬢が座った。
爺の隣にも、別のキャバ嬢が腰掛けた。

キャバ嬢A「今晩は、初めまして」
ジーノ「あ、どうも」
キャバ嬢A「ヒトミです、よろしく~」
ジーノ「あ、ジーノです、よ、よろしく」
キャバ嬢B「初めまして! マリで~す」
爺「おお、これはこれは、爺と申す者です」

ジーノと爺は、柄にもなく緊張していた。

キャバ嬢A「今日はお仕事の帰りなんですか?」
ジーノ「え、え~と、いや、そういう訳でもないです」
キャバ嬢A「このお店は初めて?」
ジーノ「あ、うん、初めて、ちょっと慣れてなくて」

天井には金色に輝くミラーボールが、
いくつもキラキラと回っている。

グラスを高く上げ、ジーノは騒いだ。

ジーノ「乾杯! キャバクラに乾杯!」
爺「乾杯でございます」

しばらくの時間、
ジーノと爺はしたたかに飲んだ。
キャバクラ初体験のせいか、いつもと調子が違う。
明らかに酔いが早い。

ジーノはトイレに向かった。
爺も数分遅れで向かった。
トイレ内で出くわした二人は大きく溜息をついた。

ジーノ「ふう~」
爺「ふぅ~ぅ」
ジーノ「しかし爺よ」
爺「どう致しました、ジーノ様」
ジーノ「よくわからんが楽しいじゃないか」
爺「全くその通りでございます」

鏡の前で手を洗いつつジーノは急に話を変えた。

ジーノ「ところでな」
爺「何でございましょう、ジーノ様」
ジーノ「ザコどもが小賢しく動いているようだが...」
爺「......」
ジーノ「小手調べはそろそろ終わりだ」
爺「いよいよですか」

爺は便器に身を預けながら答えていた。

ジーノ「ああ」
爺「......」
ジーノ「次は絵上を狙うぞ」

 

 

 

灰野と弓沢の二人は、
大画面モニターに映るジーノと爺を見ていた。
例のマンションの一室である。

弓沢「やっぱ、モニターは大画面に限るな」
灰野「......」
弓沢「どうだ、見やすいだろう?」

弓沢は自慢気に話している。
薄く仄かな明かりの中で。

弓沢「薄型、大画面、高画質、これだよ、これ」
灰野「......」

灰野はモニターを見つめながら、
言葉を返した。

灰野「次の暗殺予定、吐いたな、連絡するべきかな?」
弓沢「いんや、しなくていい」
灰野「なぜ?」
弓沢「次に誰が狙われるかなんて、とっくに読んでるさ」
灰野「......」

弓沢は少し眉間にシワを寄せた。

弓沢「ん?」
灰野「どうした?」
弓沢「......」
灰野「なんだよ」
弓沢「......」

モニターから目を離さずに弓沢は答えた。

弓沢「ジーノの奴、こっちに細工してるかもな」
灰野「......」
弓沢「ん~、間違いなく仕込んでる」
灰野「......」
弓沢「盗撮に気付いているってことだ」
灰野「......」
弓沢「ま、想定の範囲内だな」

弓沢は右手の指をパチンと鳴らした。
そして自らのカゲに指示を出した。

弓沢「おい、ジーノは何を仕掛けてる?」
カゲ「ウイルスです」
弓沢「ほ~ぉ」
カゲ「盗撮を自動逆探知してオートで飛ばしてます」
弓沢「数は? どんなタイプかわかるか?」
カゲ「解析中です」

灰野は物珍しそうに、
弓沢と彼が操るカゲとのやり取りを聞いていた。

灰野「艦長」
弓沢「な~んだ?」
灰野「艦長の分身はどれくらいいる?」
弓沢「はっはっ、数え切れんよ」

二人ともモニターに映るジーノからは、
目を反らしていない。

姿の見えない弓沢のカゲから、報告が入った。
声だけが聞こえる。

カゲ「ウイルスの総数はカウントできません」
弓沢「あぁ~?」
カゲ「無数です」
弓沢「何?」
カゲ「しかも全て異なるウイルスです」
弓沢「......」
カゲ「一部のウイルスは二択がかかっています」
弓沢「二択?」
カゲ「おそらく狙いは、総数の多さに忙殺させて...」
弓沢「......」
カゲ「その一方で二択を決まり手にするつもりでしょう」

灰野はクスクスと笑い出した。

灰野「おい艦長、大丈夫かよ」
弓沢「まあ、黙って見てろ、若造」

弓沢は上着を一枚脱いだ。
灰野はソファでゆったりしている。

灰野「二択って何だ?」
弓沢「おめぇ、知らねぇのか?」
灰野「......」
弓沢「例えばな」
灰野「......」
弓沢「ある仕掛けを俺が外すとするだろ...」
灰野「......」
弓沢「そしたら別の仕掛けが強制的に発動するように...」
灰野「......」
弓沢「敵さん、あらかじめプログラムしておくワケだ」
灰野「......」

灰野の目が輝いた。楽しそうだ。

弓沢「解除する側は、外してやったぜ! って喜んでる...」
灰野「......」
弓沢「しかし、解除したことによって別の術が掛けられる」
灰野「......」
弓沢「気付かなかったらアウトだ」
灰野「......」
弓沢「もし最初に解除しなければ当初の術が実効する」
灰野「......」
弓沢「掛ける側からしたら、どっちが掛かってもいいんだ」
灰野「......」
弓沢「それが二択だ」

灰野は小さく頷いた。
納得できて少し満足している。

カゲ「どうしますか?」

弓沢の分身の声が割って入るように響いた。
指示を催促している。

弓沢「多肢並行で対応する」
カゲ「はい」

灰野はモニターから目を離して弓沢を見た。

灰野「多肢並行?」
弓沢「知らんのか? 海戦の基本だ」

 

 

 

弓沢は手早く指示を出した。
ほとんど即断即決に近い。

弓沢「以下の対応の組み合わせを複数の並行時空で進める」
カゲ「......」
弓沢「既存の抗ウイルス抗体の全種展開」
カゲ「......」
弓沢「未知ウイルスに対する新規抗体作成の無限化」
カゲ「......」
弓沢「ウイルス侵入阻止のための可塑性防壁の作成」
カゲ「......」
弓沢「ウイルス侵入後に備えたダメージ回復機構の構築」
カゲ「......」
矢沢「これでいくつ言った?」
カゲ「四つです」

灰野は黙っている。

弓沢「二択対策は空蝉にしよう」
カゲ「......」
弓沢「過去に捕らえた捕虜にダメージを身替わりさせる」
カゲ「......」
弓沢「ジーノには生存反応の消失を確認させろ」
カゲ「......」
弓沢「しばらくは俺が死んだと思わせておきたい」
カゲ「......」

モニターの中のジーノは高笑いしていた。

弓沢「これで五つか?」
カゲ「そうです」
弓沢「五つを使って作成できる全ての組み合わせを...」
カゲ「......」
弓沢「それぞれパラレル時空として進行させる」
カゲ「......」
弓沢「防御の結果が最も優れていた時空を採用し...」
カゲ「......」
弓沢「この当該時空に連結しろ」
カゲ「......」
弓沢「この内容で多肢並行をスタート」
カゲ「わかりました」

灰野は質問した。

灰野「全ての対応策を単純に併用したらダメなのか?」
弓沢「ん?」
灰野「なんでそんな答えを探すような面倒なことを」
弓沢「......」

モニターの中の爺はヨイショを連発している。

弓沢「策というのは多く使うと...」
灰野「......」
弓沢「相加相乗して効果を増すこともあるし...」
灰野「......」
弓沢「逆にバッティングして減弱することもある」
灰野「......」
弓沢「どの組み合わせがベストの結果を生むかは...」
灰野「......」
弓沢「やってみないとわからない」
灰野「......」
弓沢「あれこれ試行錯誤するヒマがない時は...」
灰野「......」
弓沢「この多肢並行を用いると手っ取り早い」
灰野「......」

灰野は不思議な顔をしていた。

弓沢「例えばさっきの五つの対応策を...」
灰野「......」
弓沢「A, B, C, D, Eと呼ぶとして...」
灰野「......」
弓沢「ベストの結果を生む方法は...」
灰野「......」
弓沢「A+B+C+D+Eかもしれないし...」
灰野「......」
弓沢「A+B+Dかもしれないし、E単独かもしれない」
灰野「......」
弓沢「やり直しができない場面では...」
灰野「......」
弓沢「可能な組み合わせを全部同時に進める方がいい」
灰野「......」
弓沢「それが多肢並行のコンセプトだ」

弓沢の説明は、
じわじわと灰野に伝わっていった。

灰野「それって要するに未来操作の一種?」
弓沢「そうだな、そういうことだ」
灰野「ふ~ん」
弓沢「なんだよ」
灰野「過去操作と未来操作ってどっちが面倒?」

弓沢は爆笑した。

弓沢「どっちも面倒だ!」
灰野「......」
弓沢「キレイに決まることなんて滅多にない!」

灰野は首を軽く横に振った。

灰野「まったく海戦屋って連中は...」
弓沢「ああん?」
灰野「いや、なんでもない」
弓沢「あのな、流れを操作する海戦屋には弱みがあるぞ」
灰野「......」
弓沢「海上戦力に対する航空戦力の優位性は明らかだ」

弓沢は灰野を睨んだ。

灰野「おいおい、俺はただの空挺だ」
弓沢「......」
灰野「戦闘機でも爆撃機でもない」
弓沢「......」

弓沢は表情を崩した。

弓沢「ああ、そうだな」
灰野「......」
弓沢「痒いところに手が届く空挺屋だったな」
灰野「......」
弓沢「俺とお前が組まされた意味がだんだん見えてきた」
灰野「......」

 

 

 

カゲが弓沢に報告した。

カゲ「敵の放ったウイルス全種の無効化に成功」
弓沢「......」
カゲ「確保していた捕虜のうち7人が死亡」
弓沢「......」
カゲ「当方のモニタリング・システムは現在まで無傷」
弓沢「......」

さすがの弓沢もホッとした。
がしかし、すぐに灰野に向かって...

弓沢「......」
灰野「......」

いまがチャンスだ、探りに行け!
と弓沢が檄を飛ばそうとしたその時、
灰野は既にソファーの中で眠りに落ちていた。

弓沢「要領のいい野郎だぜ、こいつは」
灰野「......」

灰野は降下を済ませていた。
ジーノ周辺の、僅かな隙を窺うために。

 

 

 

筆木「何とか3月のようにはできないかな?」
絵上「ムリ」

二人は居酒屋にいた。
絵上は鮭茶漬けを食べている。

筆木「いや、そんな簡単にムリとかいわんでさ」
絵上「でもムリ」
筆木「......」
絵上「これは本当」
筆木「なんで?」

筆木はビールを飲みながら、
鶏の唐揚げに箸を運んでいる。

絵上「あれはホールインワンみたいなもんだ」
筆木「......」
絵上「ただの偶然、ほんのマグレ」
筆木「......」
絵上「あれだけの軍勢を相手にだな...」
筆木「......」
絵上「わずか一瞬、針の穴を通すかのように...」
筆木「......」
絵上「全戦力を集中させたら幸運にも上手くいった」
筆木「......」

絵上は鮭茶漬けをこよなく愛している。

絵上「ただそれだけ、たまたまだよ」
筆木「......」
絵上「再現性はない」
筆木「......」

筆木は唐揚げに箸をぶっ刺した。
面白くなさそうに。

筆木「じゃあ、今度はどうする?」
絵上「まず島の守りは彩川に一任しよう」

島...
島の守り...

絵上「ほかにいない、彩川で決まりだ」
筆木「うん」
絵上「それで、周囲の海空戦力をだな...」
筆木「......」
絵上「最初は一斉に退却させる」
筆木「いきなりか!」
絵上「しょうがないだろう、モルグの方が多いんだから」

絵上はあまりアルコールを多くは飲まない。
強くはないらしい。

筆木「空軍や海軍が退却したら島が直接猛攻を浴びるぞ」
絵上「うん」
筆木「丸裸になった島が一気に沈められてしまう」
絵上「かもな」
筆木「......」
絵上「しかしだ」
筆木「......」
絵上「彩川ならば、何とか三日間は持ち堪えるだろう」
筆木「......」

筆木はふと気が付いた。

筆木「え? いま何ていった?」
絵上「......」
筆木「三日間?」
絵上「......」
筆木「どういう意味だ?」

絵上は茶漬けの汁を飲み始めた。

絵上「シミュレーションの結果がもう出てるんだ」
筆木「......」
絵上「最初の猛攻を三日間だけ凌ぐことができれば...」
筆木「......」
絵上「負けない、らしい」
筆木「......」
絵上「海空戦力を最初に潰されては堪らない」
筆木「......」
絵上「あとからここぞという時点で投入しよう」

筆木は顔がやや青くなった。

筆木「三日間、守れるかな?」
絵上「それが一番の問題だ」

日本酒で出来上がってしまった絵上は、
筆木と対照的に顔が真っ赤に火照っていた。