花はどこへいった -11ページ目

ゴールデンウィーク中に、担当の整形外科医から電話連絡がありました。

『電話を忘れていました』とのことでした。

 

連休明けに再度レントゲンを撮って、骨のずれが許容範囲内かどうか、確認して、また連絡します、とのことでした。

早く帰ってこれそうです。早く片付けなければ。

 

 

義姉と相方と私で、義理実家の片づけを続けていますが、びっくりするほど片付きません。ゴミ袋に詰め込んでは、30分以上かけて処理場へ運ぶ。捨てる。また積んで運ぶ、捨てる。

押し入れの布団を出して、選別して、捨てて。

棚の上の箱の梱包を解いて、中身を確認して選別をする。

 

これでも、あと3個の箪笥をまだ 開けていません。

捨てずに収納を増やしていく、というのが義母のやり方だったようです。

まだ衣装ケースも10個ほどあります。

まだ開けていません。

 

連休一日目は、私は開始2時間目ごろから、嘔気、嘔吐でダウン。セッティングされた義母のベッドで休んでいましたが、自宅に逃げ帰り、3時間ほど寝込みました。においとか、ほこりとか、何種類も消臭剤があったりして・・・本当に無理でした。

 

復活した夕方に消臭剤をすべて捨てたら、翌日は、異様な空気はましになっていました。

 

鍋も20個ほど捨てました。蓋だけ、10枚ほどありました。

新品の電気鍋もありました。

マッサージ器もありました。ポットと炊飯器は捨てました。

 

処理場への行き来で、セカンドストリートに電化製品などを買い取りしてもらえるか、持っていきました。新品の電気鍋だけ、500円で買い取ってもらえました。

 

すごい汚部屋かと思われますが、一般的によく見る○○屋敷とは全然違うんですよ。居住スペースはきちんとあるし、床もちゃんと見えますから。歩けるし、眠れるし。

本当の○○屋敷なんかと片づけは、どうやって片づけられるのか、仕事だからできるんでしょうか。最初は片づけには意欲的な私も、もう、箪笥や押し入れを開ける元気はありません。

 

 

 

私は、これから生きていくうえで、だんだんものを減らして、うまいこと最期を迎えられたら、最終的には、棺桶に入れることができるだけの量にものを減らしたい、残される方の迷惑にならないように・・・と 強く思います。

 

なんて思いながら、モノって増えるんですよねぇ・・・・。困ったなぁ。

 

実母が、花が好きなので、これをもって帰りなさいとよく鉢植えをくれるんです。自分で世話できるだけの鉢数にしたいからと断るんですが、実家から家に帰ってきたら、車の後部座席に、鉢植えがありました。

 

 

かわいいけど・・・。

また、仲間入りですわ・・・。とほほ。

 

 

 

『骨折されていますが、認知症が進んでいるのか痛がっておられませんので、このまま予定通り退院です。』

 

 

と退院支援ナースから電話連絡がありました。

転倒して骨折したと連絡があってから1週間、なんの病状説明もなく、退院を進められています。

 

どうなっていますかと問い合わせても、こちらから連絡をしますといわれ、整形外科医から、治療方針について連絡があるので、と看護師さんから電話連絡があった日も 結局、何の連絡もなく、連休に入ってしまいました。

 

治療方針の連絡って・・・

一般的には、こんな時、保存的に経過をみるか手術の方法があるが、どうするか、と家族にインフォームドコンセントがあるのが一般的です。

高齢で、糖尿用もあって、色々とリスクも高いので手術は難しいと家族みんな思っていますが。

 

この病院、常勤の整形外科医は10人弱いますねぇ。

結構大きい病院だと思うのですがねぇ。

なんだかねぇ。

 

洗濯ものを取りに病院に行ってきます。

 

それから、義理実家の片づけに行きます。

 

ベッドとテーブルと、トイレまでの手すり、トイレの中の手すりも準備できています。リビングにベッドが入ると身動きが取れません。そこも何とかしないと。

 

イチジクの新芽。枝をはらうと、低木で実がなるそうです。母には収穫しやすいとのこと。

 

私が子供のころは、田んぼのあぜ道に木があって、イチジクがなっていました。特別なものではなかったので、採って食べることもしませんでしたが、イチジクって買えば、結構お高いですね。

 

 

病棟内を歩いていて、義母が転倒し、骨折しました。

 

退院前カンファレンスは振り出しどころか、退院のめども立たなくなりました。

 

転倒したところを誰も見てないため、どのような経緯かは不明だといわれました。大きな音がして、見ると転倒していたとのことでした。

 

足の浮腫は残っていますが、入院時よりずいぶん軽減しており、一人で安定して歩いていると説明を受けていたので、付き添いはなかったと思います。転倒しやすいのでクロックスタイプの靴は特に高齢者は禁止されている病院がほとんどなのですが、義母は足の甲に傷があるので運動靴ははけず、大き目のクロックスを履いていたようです。

 

 

知らせを受けて、その日の夕方、必要物品がないかどうか電話をしましたら、看護師長さんが電話に出られ、謝罪されました。いつも両手を後ろで組んで歩くので 転倒したとき手で支えられなかったため、顔面からこけてしまったようです。

現在は、鎮痛剤を服用して対応していること、転倒して骨折していることは覚えていないことなどを話されました。手術になると思う、整形外科に移動する、と言われました。

 

 

洗濯ものを持って行ったり、持ち帰ったり。

必要なものをその都度尋ねますが、『いるようなものがあればナースから連絡をする』と言われたままで、連絡はありません。シャツもパジャマもレンタルしているのに洗濯ものに入っています。でも契約は続行しています。義母が入浴を拒否しているのかもしれません。清拭も拒否かしら。リハビリパンツの追加購入も言われていません。交換してもらっているのかしら。

 

空腹感が強く、看護師さんを困らせていると聞きました。糖尿病の人用のマービーキャンディーなら良い、助かります、と言ってくださったので、数袋持参しました。看護師さんが管理してくれるそうです。

それで、追加はいらないか尋ねたら、今度は『糖尿があるので、一切禁止です。』と言われました。キャンディーも行方不明のようです。

テレビが好きなのでカードを買うお金をスタッフさんに渡しましたが、テレビはホールで見ているので、部屋では見ていないとのこと。お金はどこにいったんだ?

 

色々、(・・? が続きます。

 

治療方針が決まったら、連絡しますといわれましたが、あれから、数日。まだ連絡なく、ゴールデンウィークに入ってしまいました。

 

 

本日はまた、リモート面会に行ってきました。痛そうなことを言っていましたが、元気な声でした。ちょっと安心しました。

今日も『必要なものは何もなく何かあったら電話する』と言われました。

病室に入れませんから、身の回りのものがそろっているのか全く分かりません。

新型コロナ対応が数年続いていますが、5類に移行後、何か変わっていくのでしょうか。

 

 

あとは、病院からの連絡まちです。手術せず、保存的に経過を見るのでしょうか。独居生活は無理でしょうか。施設を探す必要があるでしょうか。どの程度、動けるようになるのでしょうか。

我が家は同居となると部屋がないのと2階が生活フロアのため、階段昇降が必須。現実的に難しいので、引っ越しか・・・。

 

 

 

病人の家族というのはこんなに不安なものなのですね・・・。

わかっているつもりでしたが、病院のスタッフさんとの関係性ができていないと、こんなにも不安なものなんですね・・・。

 

私の仕事場での入院患者さんの家族への姿勢も変化しそうです。

 

ドウダンツヅジ。

鉢植えが、自然樹形にならないのでどうしたもんだと思っていましたが、垂直の枝を選定して、日陰に置くということを知り、思い切って枝を切ってみました。

 

わっさわっさと枝が増えてくれたらいいのに・・・・・。

これでも きれいですけどね。

 

義理実家の片づけの期限が伸びましたので、また、ゴールデンウイークにも行って、片づけ、断捨離、模様替えの予定です。

 

入れてもらったレンタルのベッドや手すり、テーブルは、退院後に料金が発生するので義理実家に設置したままでいいそうです。

 

 

 

 

この日は 実母の病院受診のために休みを取っていましたが、義母のカンファレンスのため、義母が入院している病院へ。

 

予定していた時間に、たくさんのスタッフさんと医師が集まってくださり、カンファレンスが始まりました。

 

医師からは現病状の説明のあと、病棟看護師からは特に説明はなし。

退院支援看護師からの退院に向けての準備状況の説明。

 

訪問診療の看護師さんから、病院の看護師さんへ、インシュリンの単位や入院中のケア内容、退院後の課題などの質問があり、訪問看護師さんからは、継続看護内容などの質問があり。

 

ケアマネからは、必要な介護用具の質問など。

 

家族からは?と聞かれて、いろいろと疑問点を質問しました。

排せつは3m先のトイレまで自分で行けている、失禁はなしだが、リハビリパンツをはいている。食事はセッティングすれば自己摂取。空腹感が強い。

更衣も入浴も軽介助でほぼ自立。退院後はデイケアで入浴予定。

内服は看護師管理のため退院後は一日1回に変更する。

インシュリンは、週3回打ち。

布団からの起き上がりはできているため、退院後もベッドの準備は不要。

足に傷があるので、入院中は毎日ガーゼの交換をしているが、退院後は、これで、示された被覆材が、一枚600円はするもの。(これ、毎日自己負担?と私は驚愕)

すかさず、訪問看護師さんが、高すぎる!こっちでいい!と格安なものを提示。(そりゃ、そうだろう)とわたくし、安堵。

 

 

 

早く退院させたい病院側と、安全を第一に考える訪問看護や家族。2時間に及ぶ堂々巡りの話。進行役がまとめられない。

 

何とか退院日を3日後ではなく、1週間後をめどにと決定。それまでに義理実家を整理して、義母以外の人間が付き添い、寝泊まりできるようにする。私も義姉も合う休みがないので、仕事状況と相談して日を決めたいと説明し納得していただけました。

 

 

最後に義母に直接会い、様子を見ることができました。

 

早く帰りたいといいながら、カンファレンスの部屋に入ってきましたが、一人で病棟の中を歩いておられます、大丈夫ですと何度も言われましたが、それとは裏腹に、椅子や机を支えに伝い歩きをしています。まだふらつくようです。

家の中の手すりの場所を再度検討しなくては、と思いました。

 

入院当初は足が脹れていたので、歩きづらく、転倒もしています。認知機能が低下しているので、きっとナースコールも押さないし、一人で動いたのでしょう。1か月して、もう足の脹れは引いているといわれましたが、まだひざ下までむくんでいました。

 

痩せているのでクッションになる脂肪もない。こけたら骨が折れる。認知機能が低下しているので退院後は、外出が心配でしたが、この様子では、玄関から外へは、歩いて行けそうにありません。とにかく家の中を安全な環境にしなければ。箪笥の角も怖いわ。ガラスも割れないように考えないと。

 

義母は、看護師さんに脇を支えられながら、病棟に戻っていきました。

 

 

義母が骨折したと連絡があったのはそれから2日後でした。

義母の家の部屋、整理中、たくさんのものを処分しましたが、思えば、普段着ている義母の服がどれかわかりませんでした。

私がそれっぽいものを選べばよかった。

今になったらそう思います。

 

私は台所や引き出しの書類などを仕分けしていたのですが、あまりの服の多さに辟易した相方が、次々に古い服を捨てていて、勢いづいてか、義姉もどんどん捨てていたので、さて、退院して日常生活をとなった時、着る服がわからなくて困っています。

 

防寒のジャケットはたぶん10枚以上捨てて、2枚にしました。防寒のズボンも私が救助しました。ダウンジャケットも5枚はありましたので比較的きれいなものを1枚残しました。

 

少しまだ肌寒い今、着るベストはあったかな。ゆったりした上着も準備したいな。

 

 

下着の棚はあって、長袖からタンクトップまで、ズボン下も混ざってあったけれど、靴下の引き出しはどこだろう。私が見た中では、靴下が全く見当たらない。まだ、謎の引き出しがあるのか。

パジャマっぽいものもなかったなぁ。スウェットもないなぁ。何を着て寝ておられたのか。

 

肌が弱くてすぐにかゆくなると以前から聞いていたけれど、あれだけほこりだらけでは、何でかゆくなっているのか、わからないなぁ。

退院前にバルサンみたいなもの、しないと。

 

でもあの残った荷物をどうにかする必要があるなぁ。それをどけてから、掃除し直してバルサン、したいなぁ。

でも お義姉さんの荷物はまだ、積んであったなぁ。

奥の部屋の荷物をどけて、泊まったりした時の布団を敷くエリアを作りたいなぁ。

八畳間も半分、処分待ちの荷物だもんなぁ。残しておいてって言われているしなぁ。

 

私があの義母のぶつからなかったのは、義母の生活に一切口を出さなかったからだと思います。うずたかく積まれた新聞や、書類、きれいにたたまれて、積み重ねられた洗濯もの。

不潔ではなかったですし、義母なりに生活しやすいよう、整ってはいました。

 

見えるところは。

 

引き出しや、戸棚は開けたことありませんでしたので。

 

実家のオオデマリ。花が重そうです。

 

本日は実母の病院送迎をしました。新たに血圧を下げる薬をもらっていましたが、セルシンでした。気持ちの問題ってか。そうかもしれません。

そのあと、スーパーに寄って、コンビニで振り込みなどをし、家に帰って二人で昼食をとって帰ってきました。一緒に食事ができてうれしかったと、ラインがありました。

そう、いつも一人で食べているもんね・・・。早々にいつも帰って、ごめんよ・・・。

 

いろんな話をする中で、実母に、『長男の嫁だから、お義姉さんに頼らずに、お義母さんのことは、貴女が率先して動かないと』とくぎを刺されました。

 

はい。わかりました。

 

 

 

実家からの帰宅途中で、義母が着るようなTシャツやズボンを何点か、購入しました。足がむくんでいるので靴下ははけないと看護師さんに言われましたが、靴下を履いていない義母を見たことがありませんでしたので、履き口のゆったりした、滑り止めのついた靴下も買いました。

 

病棟の中で肌寒いときに羽織るカーディガンのようなものもあるのかしら。持っていかれたかどうか、義姉さんに確認しないと。

 

さて。月曜日は、退院前カンファレンスです。

 

病院から、退院日を打診されたあと、訪問看護の看護師さんにわからないことを確認した翌日に、退院支援看護師さんより相方に電話がありました。

『お嫁さんが、訪問看護のほうへ電話で色々と言われたそうで・・・』と、相方は言われたそうです。文句を言ったわけではないですよ。教えてくださいな、と電話をしただけで。

 

自宅でも病院でも何度か転倒している義母。安全に家で過ごしてもらえるよう、整えないと。

でもなぁ・・・。頑固だもんなぁ。

 

どうなるかなぁ。

 

とりあえず、実母は元気でいてください!

 

 

オオデマリの花が膨らんできました。

 

義母が入院している病院の、退院支援の看護師さんから、義母の退院の日の連絡がきました。

 

え?

トイレに行ける程度の体力と言われています。

自宅に帰るの一点張りの義母。

環境を整えて早く帰ってきてほしいのは確か。

 

 

どの程度の動きができて、どこに手すりやら、柵が必要なのか。

ベッドは入れる?布団からの起き上がりはできる?

介護認定調査は?区分変更はどうなった?

独居、自宅療養で訪問看護は?

訪問診療も入るといわれているけれど・・・。

 

デイサービスは?

食事のことは?

薬の管理は?

 

 

義理実家の奥の部屋は荷物だらけです。

お義姉さんの荷物がたくさんあったけれど、捨てるか持って帰ってくれたかしら。

それがなくならないと、付き添う場合の布団も敷けないし。

 

わからないことだらけです。

 

ゴールデンウイークは、ヘルパーさんは来てくれるの?私、仕事ですが・・・。

デイは休み?

 

退院支援ナースの説明に疑問点があったので、私が、直接、お世話になっている訪問看護ステーションのほうへ電話で問い合わせてみました。

 

訪問看護の看護師さんもケアマネージャーさんも寝耳に水だったようで、さっそく退院に向けて調整に入ってくれることになりました。

 

次の連絡は、おそらく退院前カンファレンスの日程調整となります。

 

仕事を休む必要があるだろうな。

私の職場の上司には、今日、急遽義母カンファに参加する必要があるかもと伝えておきました。

 

訪問看護師さん、ケアマネ、病棟看護師か退院支援看護師、訪問診療医などが 集まって調整でしょうか。

 

とりあえず、安全にお義母さんが暮らせるように!

持病が悪化し、義母が入院しました。

以前から、義姉が『私が看るから』とおっしゃっていましたので、相方から状況を聞きながら、一歩離れて お手伝いをしていました。

 

今は便利ですね、パジャマもおむつもお茶も、いりません。レンタルのパジャマと一日何枚使っても同額というおむつ代がありますが、それさえ契約をすれば、用事がありません。

コロナのこともあって、面会も禁止です。病院に行くことがない。遠目でも 会えたらと思うのですが、病院の玄関のドアから病棟入口に行けるだけで、病棟の中も入れません。

 

タブレットの面会を何度かお願いしました。

元気そうにしていて、早く帰りたいと言ってました。

 

準備していますからね。お義母さん。

そう何度も繰り返し伝えます。

 

 

住み慣れた自宅への退院を目指しますので、義理実家の片づけを始めています。相方と二人で地道にやっています。

一度お義姉さんも片づけに行ってくださったようです。

 

この片づけが一筋縄ではいきませんでした。

 

 

入院時にすぐに実家に行って、お義姉さんが家の中を整理してくださったそうでしたが、冷蔵庫から、12年前の未開封の冷凍食品が出てきました。この一言で想像できますでしょうか。

ジャムの空き瓶が、おそらく100個。コーヒーの空き瓶も50個以上。箪笥や引き出し、戸棚からもあふれるほど。ほうれん草を束ねて売ってある、針金、ありますでしょう?あれが100本ほど整理されて出てきました。あとは、食パンなどのクロージャ―。あれもひと箱いっぱいになっていました。

 

 

45リットルのごみ袋に、30袋以上を整理して廃棄に行きました。それでも、あと一部屋の整理がまだです。箪笥も残り4竿ほどあります。何が入っているのかと、1段目を引き出してみて、そうっと もとに戻しました。触ってはいけない、何も終わらなくなる。

 

色々あって、相方とも喧嘩になり、お義姉さんも大変だから私がメインで動くと宣言しました。お義姉さんに怒られるかもしれませんけど。

 

相方と喧嘩した勢いで、初めて担当ナースと契約内容と病状についての話をし、足りないものを色々聞きだして、買い物に走り、契約をし直したりして、私としてはすっきりしているのと、これからは、自分がメインでできる安堵感があります。

 

退院後、キッチン横の一部屋で生活できるように新しい絨毯を敷きなおしたり、大型の家具をどけたりして、とりあえず、ベッドを入れることができる空間を確保してあります。

 

義母さん。とても気丈ではっきりものをおっしゃる方です。私や相方さえ入る余地がなかったため、きっとお義姉さんも同様だったのかもしれません。

色々捨てたので、叱られるかもしれない。

でもどこに何が入っているか、覚えていないから、ああなっているんだろうと思ったり。

 

そろそろ退院の準備に支援スタッフが動いてくれています。

 

ちょっと先が見えてきたと思ったら 実母から、『血圧が190あってふらふらするの。救急車を呼んだほうがいいかしら』と夜に電話がはいりました。

 

えらいっちゃ。

 

 

実家に帰って 父の墓参りもしました。

 

秋に、畑で寝ていたところを掘り起こされた ミシシッピアカミミガメの赤ちゃん。

睡蓮鉢に移し替えられ、母の話し相手になっていました。

春だからと 冬眠から起こされました。

 

ちょっと迷惑そうにも見える。

 

畑の芝桜も満開。

 

ジャガイモも植えました。

 

のんびりしていたら、義母が救急車で病院に運ばれました。

 

えらいこっちゃ。

 

 

子供が保育園のころからのお付き合いのお友達二人が、ローズマリーがいい香りとおっしゃるので 水差しにしてみました。室温が10℃を切るときもありましたが、発根しました。

小さな鉢に植えてさし上げようとおもいます。

 

 

 

うれしいです。春ですね。

色々植え替えもしたいです。

 

オルビフォリアも どんどん新芽がでてきました。

 

朝から、各部屋の掃除をして、シーツも洗濯をして。

花粉症もどきなので、洗濯物は、外に干さず、乾燥機で乾かしています。

ベランダの手すりが黄色いです。花粉ですね。

毎年、目がかゆいくらいで済んでいたのですが

今年は、ダメでした。

 

鼻水が止まりません。

夜に耳の穴がかゆくて目が覚めました。

綿棒を常備しようと思います。

 

防備して、バイクで買い物に行ってきます。

 

セキセイインコのちゃこさんは、我が家に来て1年を過ぎました。時々、発情するので お日様と一緒の時間に寝起きを続けています。

よく話をします。

 

ちゃこちゃんは、川へ洗濯に。お母さんは やま!

 

ここで止まることが多いです。

川に洗濯にいくのと 山へ芝刈りにいくのと 役目が入れ替わることもあります。文法があっているのは、人の息継ぎ、文節をわかっているんですか。面白いですね。

 

 

先日実家に行って、庭の蝋梅と ゆずの木の剪定をしました。

いままでは 父がやっていましたが、85歳過ぎでよくこんな力仕事をしていたなと思います。

初めて、電動のこぎりを使いました。怖い怖い。

 

細かくして 干して 焚火か 回収に出すか、さてどうしましょうか。

 

 

 

相方に バーキンの元気がないのでどうしようと相談を受けました。

根腐れかな。構いすぎだと思います。

 

今日の気温は20℃越え。思い切って植え替えしました。

 

復活してくれますように。

 

私の部屋も再び整理。

断捨離して、ゴミ袋がいっぱいに・・・。

 

バッグもあと2~3個は処分しなければ。

 

 

突然、クッキーを焼いてとせがれがいうので とりあえず、オーブンレンジの鉄板を出してきて、焼きました。焼きたてはどんなもんんでも美味しいです。

 

さて。年度末。

年度末で退職する人もあって、ちょっと寂しい時期です。

新しい方も配属があるでしょう。

おばちゃんナースは若い子の邪魔をしないように迷惑かけないように精一杯がんばります。

 

桜も咲く時期ですね。

新芽もどんどん 芽吹いています。

 

先日、散髪屋さんで、ショートカットにしてもらいました。

襟足がすうすうして、風通しがよくなりました。