花はどこへいった -10ページ目

朝か、夜。仕事前か仕事終わりに、義母宅に寄っています。

 

でも、やることが多くて、気になりだしたら、30分やそこらでは終えられません。

仕事前は仕事前で遅刻しないか焦ってしまうし、仕事初めは切り替えられず、しばらく気になっています。最近は仕事が忙しくて、7時や8時になることもあるので、子供のことも心配だし、義母ばかりに時間を割くわけにもいかず。

 

でも案外お義母さん、元気なんです。足の腫れが引いた義母は、元気に動けるようになって、外に出ていることがわかりました。

 

ゲートを上手に開け、玄関の段差もなんのその。本来なら、ヘルパーさんが取り込んでくれる、配食のお弁当が待ちきれず、自分でとってきている様子。

漬けてあった保存食にも手を付け、今日は冷蔵庫のマーガリンを全部食べ切っていました。

どこにあったのかわからない、保冷剤もハサミで切って中身がなくなっていました。食べてしまったのかしら・・・。

 

訪問看護師さんは、『訪問時に空腹感が強いので、家の中に食べ物を置いてください。』とおっしゃったそうですが、お弁当を食べながらでも まだ 菓子やパンをと言われますので、底なしです。1週間前の訪問看護師さんが測ってくれた血糖値は 500を超えていました。

低糖質のおかずや、パンを届けていますが、心が折れます。

 

さすがに『さみしいから、どこかに入院させてほしい』と言うので、お義姉さんにも伝え続けています。他の方とはうまく付き合える義母なので、よい施設があればいいのですが。

 

積極的な治療をしないのなら、病院ではなく高齢者の施設になるのでしょうね。

 

 

リビングに扇風機を買いました。MYCARBON サーキュレーターです。

最近の扇風機は静かで、縦にも横にも首を振って 便利ですね。

軽いのでひょいともって移動できます。

前面の木目調がいい感じ。

 

気温が上がって、観葉植物がどんどん新芽を出したり、大きな葉になってきたりしますね。

鉢を増やしたら、お世話が大変なんだけど、葉水をしているときが、ほっとして、幸せかも。

 

インコのちゃこちゃんが、『ピーチクーリピー!』と上手に歌うようになりました。

義母から私の携帯に電話があるなんて初めてのことでした。

 

慌てて、作っていた義母の朝食を容器に詰めて、義理実家へ。固定電話にセットした短縮ダイアルの私の番号を意識せず押したようでした。

 

いつもと違い、元気はないし、弱気な義母。ですが、持って行った朝食は食べてくれました。いつもと違っておとなしい。『こんなしんどいなら、病院に入院させてもらえない?』と。

掃除をしたり洗濯をしたり、失禁しているのでおむつも交換して、身の回りのことを整えていいると訪問診療の医師と看護師さんが来てくれました。

 

義母はしおらしく、『先生、入院させて。お嫁ちゃんにこんなに迷惑をかけて申し訳ない。』と医師に訴える。

医師も『どうします?入院しますか?』と心配そうに言ってくださいました。

 

でも、整形外科では、入院は継続できず、本人が退院したいと大騒ぎになって退院になったこと、待っている手術患者がいるから〇日には退院してもらわないと困ると言われたこと、準備が整う前に退院になったことなど、訪問診療の医師に愚痴ってしましました。『いまのこの様子だと内科に入院だから心配しないで』と言ってもらえました。再入院に関しては義姉の相談すると話し、インシュリンの注射と、採血をして帰って行かれました。

 

朝からの様子をラインで知らせていたのを昼休みに見てくれた義姉から連絡があり、状況を説明しました。仕事後に訪問してくれるとのこと。

 

買い物に行ったり、洗濯ものを届けたりと出入りしていましたが、午後遅くには、『何日も何も食べていない。パンを買ってきて。お菓子を買ってきて』と義母はいつもの義母に戻っていました。

お菓子を買ってきて。こんなのじゃ、足りない。お菓子、パン、パン、と何十回も言われます。

同じことを繰り返し、返事しますが、やがて私の心も折れて、黙り込んでしまう。

玄関の鍵を閉めているときも、『お嫁ちゃん、パン、パン、パーン!』という声が家の中から聞こえてきました。

 

15時、義理実家を出たときには、もうぐったりしていました。

あとはお義姉さん、お願いします。

精神衛生上、悪いです。

 

きれいに咲きました。しばらく、眺めて癒されます。

夕方、訪問してくださっているヘルパーさんから、ケアマネに、お義母さんが、玄関の段差から落ちていた という連絡がきました。

 

夜19時、急いで義母のところへ向かいました。今度は、反対の腕を痛めたようです。少し腫れていて、動かすと痛いと言いますが、すぐに忘れてお腹が減ったと夕食の残りを食べていました。

 

すぐに訪問看護の方に電話連絡をして、状況を説明。一晩、様子をみることになりました。そのことも含め、義姉に連絡し、明日受診が必要になったら自分が連れて行くからと言ってもらえましたので、訪問看護師さんに、連絡は義姉にと伝えました。

 

翌日、来てくださった訪問看護の方から、病院に連れて行くようにと義姉に連絡がありました。整形外科に受診すると、やはり骨折していたとのこと。骨のずれはないのでと、ギプス固定して帰ってきました。

 

部屋の中のガラス戸は、相方がガラスを外してポリカに変更してくれました。トイレまでは、手すりをレンタル。トイレまでの玄関側が危ないと思い、義姉に『私がベビーゲートを買ってつけておきます』と言ったのですが、その件に関しては返事がありませんでした。なんとなく、私がしゃしゃり出ても・・・と遠慮し、主人と2日後の今度の休みに玄関にゲートを買いに行こうと言っていた矢先でした。

義姉にすると私に負担がかかると遠慮しているのかもしれません。

そのあたりの駆け引きが難しいところです。

 

長男も姉に遠慮している部分もあるし。

 

私は何に手を出したらいいのかしら。

これしてます、あれしてますって報告するのもわざとらしいし。何も言わないとしていないと思われそうだし。私が掃除して、義姉も掃除して、じゃ、非効率的だし。

ヘルパーさんがどこまでしてくださるんだろう。

 

何も手を出さず、社会資源に任せようという姉でしたが、そういうわけにもいかない。ゴミも洗濯物もたまっていきます。『私がするから』と義姉は言いますが、そうもいかない。

 

手を出していいのか、義姉の指示を待つか、と思いながら、遠慮がちに掃除や洗濯をしていました。

 

色々なストレスがあって、『今日はゆっくりするわ』と相方に宣言した朝、私の電話番号をしらない義母から、電話が入りました。

 

『お嫁ちゃん、しんどいのよ。ちょっと来て』

 

退院後。

 

私は、朝 義母宅へ行き、30分ほどお世話をし、出勤。定時に仕事が終わったときは(めったにそんなことはない今日この頃)帰宅時にも確認に行っています。その後、仕事を終えた相方が実家により、顔を見るという日々。

 

認知症の進んでいる義母は、本日も、私に『あんただれ?』と言っていましたが、話すうちにお嫁さん、と声かけしてくれます。

 

お嫁さん、おなかがすいたのよ。何も食べてないの。クッキーが食べたいわ。牡丹餅も。

もう数日何も食べていないのよ・・・。もう死んでもいいから、甘いものが食べたい。病院に入院してもいいから、食べたい。自宅で一人がいい。一人はさみしい。おなかがすいたのよ。食べ物をもってきて。

その繰り返しです。

 

机の上に食べ終えた食器が残っていても、何も食べてないのよと空腹感を訴えます。

ある日は、スタッフの方へのお礼にと、買って別室に隠してあったお菓子の箱が開いており、クッキーの外装を歯で噛んで開けようとした跡が何袋もありました。

また、ある日は、どこからか出してきた鯖の水煮缶を開封していました。

今朝行ったときは、義姉がおいていた冷凍食品のスパゲティを皿に移してレンジで温めて食べていました。

食べることに関しては、どうやってでも頑張る義母。

 

日に2回、ヘルパーさんが来てくれています。訪問看護も来てくれ、訪問診療もあります。

毎日誰かが数回、顔を出していますが、やはり独居には無理がある。

 

施設はどうですかと 相談しています。

 

 


 

義母、退院しました。

たくさんの方にご迷惑や心配をかけて・・・。特に認知症の症状が進んでいるので病棟の看護師さんには迷惑をかけただろうなぁと思っています。

 

退院日、荷物の整理をしていたら、見たことのない下着や靴、日用品が出てきました。

 

よく見ると、記名もしてあります。

コロナのために家族は退院日も病棟の中に入れませんので、荷物はスタッフさんがまとめて、ワゴンに乗せて出入り口まで持ってきてくれました。渡されたものを持ち帰ってきたのですが・・・。

 

入院していた病院は、お風呂に入れてもらったり、清拭をしたあとは、病院で決まった色のレジ袋に、名前と日付を書いて、洗濯ものがまとめてあり、家族が取りに行ったときにそれをもって帰る仕組みになっています。そんなレジ袋も何袋もあって、中身を開けると排泄物のにおいがしました。

 

義姉と私とは、顔を見あってため息をついてしまいました。

 

病院に 退院時に渡された荷物の中にあった、他の方の洗濯ものや日用品を持っていきました。病棟のスタッフさんは

 

紛れ込んでいた荷物は、全部、すでに退院した方ばかり。2か月入院していた間、同室者はみな寝たきりで、動けない人ばかり。認知症のある義母が、他の方の荷物を勝手に自分のものとして、ロッカーに入れていたのだと思う

 

と言われました。

前日にも、洗濯物を取りに行っているときには、それらの洗濯ものは渡されなかったのですが、義母がどこか看護師さんから見えないところに、しまい込んでいたのでしょうか。

持って行った私のエコバッグも紛失していますが、義母が寝たきりの方に差し上げたんですか?預かっておきますとおっしゃったお金はどうなったんでしょうか。

聞いても知らないと言われました。

 

認知症の症状があって、自分のものと他の方のものが区別がつかなくなるのは、よくあります。なので、私は、持ち物やその方の行動にはとても気を配ります。

大事な患者さんの持ち物です。紛失したりしては大変です。

 

逆にいえば、あの病院では、物がなくなってもすべて認知症の方のせいにするということでしょうか。

いろんな患者さんがいる中で、療養環境を整えるのが、スタッフさんの役目でもあると思うのですが。

 

私は日々担当した患者さんの環境整備をする際、ロッカーを開けて必要なものがそろっているか確認したり、不足分はご家族さんに電話をしたり、次来られた際に、お伝えできるようにします。限られた空間の中で穏やかに安心して過ごしてもらえるよう、環境を整えるのも仕事です。

 

義母は、そういったことをしてもらえず、排泄物のにおいのする下着を自身のロッカーに入れて2か月も入院生活を送っていたのだと辛くなりました。

 

さぁ。

朝晩でお世話に行くようにしています。

お義母さんは、デイサービスと訪問看護で毎日忙しいです。

 

穏やかに日々過ごせますように。

 

〇日か、〇日に退院してもらわないと困ります、入院まちの患者さんもいますからと 義母の入院先の看護師さんから連絡がありました。

義母が入院しているために他の手術の必要な患者さんの入院が遅れるようでは申し訳ない。

 

歩けているし、食べられるし、ズボンの上げ下ろしもできるしとのことです。

それだけリハビリも頑張ってもらえて、何より義母が退院したがっていますから、迎える準備も整えます。

 

退院日に仕事を休んだりの調整が必要なので、どちらかの日で調整して迎えに行きますと私が病院に返事をしましたら、すぐにケアマネから義姉に、『病院から、〇日の午前中に退院だと聞いたのですが』と連絡がはいりました。

 

いえ、まだ決まっていません。退院支援の看護師さんのへんなところはこういうところですわ。

 

義姉も勝手に決めたの?と 怪訝そうです。

ヘルパーさんの手配があるから、もう一日退院を伸ばしてほしいとケアマネから言われましたが、病院が決定した日です。私たちが指定した日ではありません。困りました。

 

 

 

義理実家への迎え入れの整えのため、長男長女、嫁の私で集まって最終調整をしました。

まだまだ出てくるものを捨てて片づけて、模様替えをして・・・。

 

福祉の方が入るためのキーボックスも付けました。

 

でも、デイケアが週何日で訪問看護が週何日なのか、インシュリンの注射はどうなっているのか、いつ家族で打つのか、薬は一日何回で、誰が飲ませるのか、誰も知りませんし、説明もありません。私の病院では、退院前に最終調整のカンファレンスをするのですが、そういったこともありません。骨折前にカンファレンスをしているので、もう加算点数を取れないからしないのでしょうか。

面倒くさい家族と思われているようで、たずねる気力を失いました。

 

本日夕方に、訪問看護ステーションから着信があったが、折り返しても、誰も電話に出ないと義姉から連絡がありました。

仕事に入った義姉に代わって、私が夜までに何度も訪問看護に連絡を入れましたが、返事がありません。土曜日ですし、もう仕事が終わっているのでしょうか。

留守番電話にメッセージを入れて先方からの連絡を待ちますが、月曜日になるのでしょうか。

 

 

退院の時間を知らせるのと、その時着る着替えをもって病棟に行ったら、また転倒したと言われました。

4回目です。もう慣れっこです。きっと向こうも慣れっこでしょう。

尻もちをついたようです。大腿骨頸部を骨折していないかしら。詳細は伝えていただけませんでした。それ以降も検査結果なども連絡なしです。なんともなかったのでしょう。

 

『退院の日は、車いすをもってこられますか』と言われました。病棟の中を自由に歩けていると言ったのはそちらですが・・・。車いすが必要なのですか?

 

持っていないといったら、お貸ししますと言われました。

 

どこの病院もこんな感じなんでしょうか。

 

 

いつもは、仕事で、『退院はいつ頃をお考えですか』と聞いている立場です。

患者さんの家族の立場になってみて、わかったこともたくさんあります。

 

どちらの立場も考えてと、以後の仕事につなげなければ・・・と強く思います。

義母の手術の翌日、今度は実母のお世話で実家に帰りました。

高速道路を走っていると、携帯電話の着信がありました。見ると義母の病院からでした。なかなか着信音が止まらず、ドキドキが止まりませんでした。

 

連絡先は、一番は長男にしてもらっていて、長男に連絡が取れないとき、折り返し電話では間に合わないと思われるとき、緊急の時に私の携帯電話へ連絡をと伝えてあります。

 

慌てました。何かあったと思って、高速の路肩に止めて要件を聞くよりも、トンボ帰りだと思った私は、次のインターで降りて、路肩に車を止め、かかってきた病院の電話に連絡を入れました。

 

退院支援の看護師さんからで、要約すれば、『2週間で退院ですのでそのつもりで』という連絡でした。手術の次の朝に、退院の日を決めます?その要点にたどり着くまで、私たち家族がすでに主治医から聞いて知っていることを色々、お話しにはなっていました。

本当に、何かあったわけじゃなくてよかった。

ホッとしましたが、反面、この気持ちを逆なでする看護師さんに、ため息が出ました。

 

遠回りしたため、約束の時間につけなかったことを母に詫びながら、実家に着いてすぐ、病棟に直接連絡を取り、緊急連絡先の再確認と念押しをしました。

病院からは連絡はしていないといわれましたが、退院の日の連絡があったと伝えると、驚いておられました。そりゃ、そうでしょうよ。手術の翌日、1日目に退院日の連絡はふつうしませんから。術前におよそのリハビリ期間、傷の治癒や感染などの合併症のことも聞いていましたので、早く退院になればそれでよいし、長引けば、連絡が欲しいとは思いますが。

なんだか、退院支援の看護師さんとは相性が悪いようです。

 

もう少しで義母の要介護の認定がおります。すぐに退院調整です。

 

暖かくなって、モンステラの新芽が出てきました。

相方の部屋で調子が悪かった、フィロデンドロン・バーキンも 新芽が出てきました。

 

よかったよかった。

 

 

 

 

明日手術です、と言われたので、どういうことか説明してほしいと、夜の8時を過ぎて、慌てて病院に行きました。夜遅かったのですが、残っていた主治医とは違う先生が、私たちに丁寧に急に手術が決まったこと、麻酔のことを話してくださいました。

 

そこで、骨折はしているが、痛がっておらず、歩行も問題なくできているので、連休明けに退院の予定だといわれていたことなどを伝えました。『しかし、独居なら、退院後の環境をしっかり整えないと無理でしょう?』と先生の方から言っていただけました。施設入所や、ショートステイなどの提案もしていただけました。退院支援の看護師さんより親切です。

 

翌日、午前中に同意書を届け、麻酔科のDrの話を聞きました。そして、午後から義母の手術が行われ、夕方に、無事手術が終わったと連絡がありました。

 

 

 

翌日、運転中の私に、病院からの緊急連絡が入り、高速道路を降りることになります。

 

 

 

 

仕事中の長男が電話に出ることができなかったようで、夕方折り返し電話をしたら、『明日手術です。同意書は手術の後で記載提出でいいです』と言われたようです。

 

高齢者で、糖尿病があって、認知機能低下があって、もう数日で退院だからそのつもりで、と言われていましたのに、急にどうしたことでしょう。

全身麻酔手術の同意書が手術後でいいなんてどういうことでしょう。

 

ん・・・。普通は、治療にはこういう方法があって、それそれのメリットデメリットを説明して、治療方針を説明して、この選択肢でいいか、と、医師から説明があってもいいのではないでしょうか。

うなってるんだ???

 

冬の間、我が家のリビングでもダイニングでものセットの椅子のカバーは、ブラウン。

 

 

 

このカバーの交換はものすごく、体力がいります。アラ還には本当につらい。

でも頑張ります。

で、

 

こちらのグレーに。

汚れは目立ちますが、いい感じです。

 

ドライクリーニング推奨ですが、私は洗濯機でガンガン洗って、日陰に干しています。

今のところ、問題なしです。

 

すっきりしました。