【映画】ヤジと民主主義 劇場拡大版~自由民主主義を目指すのか、体制維持を目指すのか、それが問題だ | 鶏のブログ

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観た映画、読んだ本などについてのメモです

【監督】山崎裕侍

【制作国】日本

【上映時間】100分

【配給】KADOKAWA

【出演】大杉さん

    桃井さん

    落合恵子(ナレーター)

【公式サイト】

 

今年ひとつのトレンドとなった(?)選挙や政治を扱ったドキュメンタリーの掉尾を飾る作品でした。選挙を取材する人が主人公となった「劇場版 センキョナンデス」、「シン・ちむどんどん」、「NO 選挙, NO LIFE」、選挙に直接関わる人が主人公だった「ハマのドン」、選挙を離れて安倍元首相の国葬の日が行われた1日の全国の風景を取材した「国葬の日」と、取り上げ方は様々ありましたが、本作はこうした類型からすると「ハマのドン」と同様のジャンルになるように思われます。ただ「ハマのドン」と決定的に違うのは、「ハマのドン」は主人公が選挙運動をする側だったのに対して、本作では安倍元首相の演説中にヤジを飛ばして警察に排除されたお二人の一般の方である大杉さんと桃井さんが主人公でした。

 

”事件”が起こったのは2019年の参院選挙。札幌で応援演説をしていた安倍首相(当時)に対して大杉さんがヤジを飛ばすと、大勢の警官が飛んできて排除されてしまう。それを見ていた桃井さんも、大杉さんが排除されたことに触発されてヤジを飛ばしたところ、同様にこちらも排除されてしまう。その後二人は不当な排除であったとして北海道警を相手に国家賠償を求める裁判を起こす。一審は二人の勝訴だったものの、その後2022年の参院選挙期間中に安倍氏が狙撃され亡くなるという大事件が発生。さらに2023年4月の統一地方選挙期間中に、岸田首相が応援演説に出向いた先で襲撃されるという事件も発生。その2カ月後に出た二審判決では、安倍氏銃撃や岸田首相襲撃の影響があったのか、大杉さんは敗訴、桃井さんは勝訴という結果になり、二人の明暗が分かれることになるところまでで映画は終了。二審判決に不服な大杉さんも道警も上告したため、現在最高裁で争われているようだけれども、現時点では結論は出ていない模様です。

 

上記のような内容の作品でしたが、これを観て思ったのは、究極的に日本がどういう国を目指していくのか、ということだと思いました。それこそ『外交の安倍』と言われた安倍氏は、首相時代の国会での演説などで、その外交方針について「自由、民主主義、基本的人権、法の支配という基本的価値を共有する国々との連携の強化する」とたびたび発言していました。これは覇権主義的に勢力拡大をしている中国を念頭に置いたものと解説されていますが、これを読むと、安倍政権としても、日本は「自由」や「民主主義」を標榜し、「基本的人権」を尊重し、「法の支配」を行う国であることを自認しているようです。

 

しかしながら、実際は当の安倍氏の選挙演説でヤジを飛ばしただけで警察に排除されてしまうのが実情で、これではまるで中国と同じ路線ではないかと思ってしまいました。

先ごろ香港の民主活動家の周庭(アグネス・チョウ)氏が、カナダに亡命したという報道がありました。一連の香港民主化運動に対する中国政府の”弾圧”には、日本の世論も概ね批判的ですが、中国政府にしてみれば周庭氏は反政府活動を行った不逞の輩です。でも中国は共産党支配を絶対視し、それに反する分子は徹底的に取り締まるのが国家の方針であることを隠しておらず、「自由」も「民主主義」も「基本的人権」も看板にしていません。そうした中国の態度を念頭に、上記の安倍演説があると解説されている訳ですが、当の日本、しかも安倍氏の演説において、どちらかと言えば中国風のことをやっているとすれば、羊頭狗肉そのものでしょう。

勿論安倍氏銃撃や岸田首相襲撃というあってはならない事件が起きたことは事実なのですが、本作に登場する専門家による解説によると、これらの事件の犯人は、ヤジを飛ばすどころか気付かれぬようにターゲットに近づいて犯罪行為に及んでおり、ヤジを排除すれば防げた事案とは到底思えないとのこと。テロ行為を事前に察知して防ぐというのは当然目指すべきところですが、ヤジを飛ばしたら即排除というのは、チト違うのではないかと思うところです。

 

この辺りの解釈は人によって様々と思いますが、「自由、民主主義、基本的人権、法の支配を基本的価値とする」ならば、軽々に排除などすべきではないし、逆に体制維持のための秩序を最上の価値とするならば、現在の「基本的価値」という看板を取り下げるのが筋と言うものではないかなと思った次第です。

 

あと、本作はHBC(北海道放送)という地元テレビ局が制作したとのことで、その点で大いに価値があるものだと思いました。とかく権力に阿るのが昨今のメディアであり、特に放送法の許認可権を握られているテレビ局は、委縮しがち。それがこうした作品を世に出したというのは、称賛に値するものであり、今後も続けて貰いたいものと思います。

 

そんな訳で、評価は★4とします。

 

総合評価:★★★★

詳細評価:

物語:★★★★★
配役:★★★★
演出:★★★★
映像:★★★
音楽:★★★