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「私はこの高校の者です。なにか?」
「あ…。」
背後から声を掛けられた。正門の内側ではなく、外からだ。
振り返れば、背の高い年配の紳士
スーツ姿のその人は 若い頃は美青年だったに違いない顔立ちをしていた。
キレ長の目に筋の通った鼻筋 年と共に目尻に深い皺は刻むけれど むしろそれは端正過ぎる顔立ちを温厚に見せる。
表情も声も穏やかで優しかった。そして手に持つビニール袋に印刷されたホカホカ弁当という文字
どういうわけかそれを見て私はホッと息を吐いた。
「こちらに主人が勤めておりまして…。」
「ご主人が?」
誰かに似ている…俳優さん?誰だろう…。
「お名前は。」
「鴻上と申します。私は、」
「鴻上先生の奥さまですか…!!」
「です…ぅ?」
高校の関係者らしいこの紳士は私の正体に目を見開く。そして今にも手を取りそうなほど溢れんばかりの笑顔になった。
というか、
ザワザワ…
「鴻上先生の奥さまとは!そうですか、あなたが!」
そんな大きな声で言っちゃうのかと、
ザワザワザワ…
ほら、写生をしていた生徒たちがざわめき始めたではないかと、
「どうぞどうぞお入りください!」
傍の勝手口を開け手招きをされる。遠慮がちに後を追ったけど、柵の内側に入った時にはもう生徒たちに囲まれた。
「理事長。こちらの方、鴻上先生の奥さまなの?」
え、この人理事長なの。
「そうです。奥さまです。」
「マジで〜!!」
「ハハ…。」
『鴻上先生の奥さんだって!』
『ウソ、ホントに?!』
『大和先生の奥さんらしいよ!』
『奥さん、どうしたんですかー??』
そんなに教師の妻が珍しいの
想像以上におおごとになってしまって私は慌てた。
ニコニコ顔の理事長さんに見つめられ、生徒たちにも冷やかされ
来るんじゃなかった、やっぱりハードル高い!
「騒がしい。どうしたんだ。」
賑わいは静かさを乱す風になる。奥の校舎から理事長さんより少しだけ若ぶりな男性が眉を潜めてやって来た。
生徒たちを一喝しつつ輪を掻き分け
「理事長。そちらの方は?」
気難しい顔で私に目を向けた。
「教頭、こちら鴻上先生の奥さまですよ。」
あ、彼がウワサの教頭?!
「え、鴻上先生の?まさか…」
「主人がいつもお世話になっております…!」
慌てて頭を下げた時、
キーンコーン…
私のこの状況を助けるかのように校舎の上の鐘が鳴った。
・・・・
「あっ…」
雑にテストを回収し、4階から階段を駆け降り中庭に着いた時には、
『あ、鴻上先生!』
『奥さん来てたよー!』
『めちゃ可愛いじゃん!』
「ああ?!」
写生していた生徒たちは校舎に戻りはじめていて、正門の前で理事長と教頭の向こう、***が勝手口から出て行ったまさにその瞬間で。
「おい!」
待て待て待て!!
冷やかす生徒たちをかわしながら走り向かう。
「理事長、教頭!」
必死迫るオレに教頭が振り返り眉をひそめた。
「奥さまから預かりました。」
「え?」
行手を憚るように差し出されたのは小さなトートバック
「お弁当らしいですよ。優しい奥さまですね。」
中身を説明したのは理事長…。
べ、弁当??
「あ…、ちょ、すいません…!」
オレは二人のあいだを抜い、勝手口から外に出る。
「***!」
そして塀に沿い、くたびれたかのように歩く***を振り向かせた。
「あ、大和…。」
「どうしたんだっ。」
側に行けばコイツの頬が赤いのが分かる。そしてオレの顔を見るなり緊張からやっと解放されたようなそんな表情になったのも。
「ミッションは中止って言ったじゃねーか。」
「朝も食べてないんだから、お腹空いたでしょ。」
その返事に力が抜ける…トートバッグの中にチラッと目を向けた。
「作ったのか。」
「私だって作れますーだ。残したら許さないんだから。」
ベッと舌を出し笑う。大仕事でもしたかのような空気にオレも笑い返した。
「教頭先生にも挨拶したよ。ミッションクリアね。」
「ああ。…サンキュ。」
「うん。午後も頑張って。」
手を振り同時に背を向けたが、
「…あ、おい。」
帰り向かう***を呼び止めた。
「なに?」
「今日晩飯なに?」・・・
***はオレの問いに、うーんと首を傾げ空を見上げた。そして視線を返し、
「酢豚。」
「っよっしゃ。」
自然と出たガッツポーズ…そんなオレをまた笑って。
・・・・
なーんとなくまだ温かく感じる弁当を胸に抱き来た道を戻る。そうしたら、
「…コラお前ら!」
勝手口から何人も生徒が顔を出し冷やかしていて、
「さっさと教室に戻る!」
自分がニヤケていたことに気づく。慌てて頬を手で隠した。
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