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「起きない?」
「起きねーな。」
私たちが片付けを済ませお風呂を済ませてもまだ勇太さんに起きる気配は無かった。
「もうこんな時間じゃねーか…。」
時計は既に日を跨いでいる。焦りは次第に諦めに変わっていく。私の意思は固まった。
「大和寝たら。私こっちで起きてるよ。」
淹れたばかりのコーヒーを手に リビングのイスを引く。
「明日も仕事なんだし。先生が遅刻するわけには行かないでしょ。」
『仕方ない、ベッドは譲る。』
と、小声で付け加え、コーヒーカップを両手で包み のんびりと息を吐きかけた。
勇太さんを遠目に タブレットで夜な夜な料理動画を観る決意をしたのだ。
「…ったく。」
大和はため息を吐きながらキッチンに向かう。お風呂上がりだからお水でも飲むのだろうと思ったけど、私と同じようにコーヒーを淹れてきて、
「今日は悪かった。」
「え?」
ダイニングテーブルを挟んで真向かいのイスに腰を下ろした。
「変に気ぃ使わせて。ま、オレの仲間はこんな奴らばっかだ。」
フッと笑う。私も同じように笑った。
「楽しい人たちだね。」
「まーな。面倒くせーけど飽きねー。皆自分勝手で個性もバラバラ。んなオレ達をまとめてくれんのが久仁さんだな。」
「そうなの?おじさんすごいじゃん。」
「オレ達は色んな場面で何度も助けられてるから頭が上がらねーんだよ。ってことにしとく。」
「なにそれ、言ってやろー。」
幼なじみの小さなイビキを聞きながら思い出話に花咲く夜
コソコソと話してクスクスと聞く時間は心地良く静かに流れた。
こうして誰かと語り合う夜はいつぶりだろう。…誠とは何度も夜を過ごしたけれど、時間制限あったから…。
『もう帰るの?』
『日が変わる前に帰るよ。』
誠はいつも時計を気にしていて 私はいつも時計の針を5分遅らせていて
『また来るよ。おやすみ。』
『…おやすみなさい。』
誠はいつも『おやすみ』と言って 私はいつも『おはよう』と言いたくて
「…。」
こんな風に静かで穏やかな夜を過ごしたかっただけなのに、なんて…。
「…変なこと聞いていい?」
「なんだ?」
「大和は…もう心に区切りはつけたの?」
「え?」
「あの夜 話してくれたヒトのこと。」
そこまで言ったところで、大和の表情がスッと変わる。
「綺麗な人だね。」
「…ハァ。」
私の言いたいことが伝わったのだろう。ハッとして勇太さんに振り返り、変わらないイビキのリズムに安心したように肩を落とした。
「バレたのかよ…。」
「バレバレだし。」
情けなさそうに笑う大和がなんだか微笑ましい。あの日以来だった。彼の恋について話すのは。
「…まぁ…。」
少し赤くなった頬を隠すように頬杖をつき拗ねたような顔をする。その表情がまるで少年のようで可愛いと思った。
「あの夜だ。アイツから結婚するって聞いたのは。」
「え、あ、そうなの。」
私たちは同じ日に恋を失っていたらしい。
「まぁ…気にならねーって言うと嘘になるけど、今は、しあわせになって欲しい、そう思ってる。」
「…そうなんだ。」
「お前のおかげじゃねーか。」
「え?」
「いや、お前のせい。」
なになに?
きょとんとする私にハァと大きくため息をつく。そして言った。
「お前に手が焼く。」
「え?」
「オレのほうはどーでもいい。お前だお前。不倫だとかほっとけねー。頭がいてー。」
「ちょ…私は関係ないでしょ。」
「偽嫁でも、守りたい奴がいるのといないのじゃ違うじゃねーか。」
え…。
「とにかくLIの改装が終わるまではあの男油断ならねーからな。お前はオレから離れるんじゃねーぞ。」
ドキ…なんてしてしまった私は、
「分かったか。おい、聞いてんのかよ。」
「…もしかして、」
「ん。」
「口説いてる?」
「バカかよ。」
冗談言わなきゃ誤魔化せないくらい、泣きそうで…嬉しくて。
この時、一瞬でもひとつのベッドで二人で眠っても良いと思った。だって私たちはなににもならない。
「…ありがと。」
「ったく。頼むよ奥さん。」
…なににも、ならないから。
「グガッ」
「あ。」
勇太さんが寝返りを打つ。私たちは顔を見合わせ、
「勇太!起きろ!」
「勇太さーん!朝ですよー!」
「うあ?」
笑いながら強引に起こして…。
・・・・
「あー、やっと寝れる。」
「あ、ねぇ、明日ホントにお弁当持って行くの?」
「よろしく。」
「ハァ…。」
ソファに寝転んだ大和が腕を上げ手を振る。
「おやすみ。」
朝には『おはよう』と言える。『おはよう』と言ってくれる。
「おやすみなさい。」
それが凄く 嬉しかった。
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