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「そろそろ帰るね。お邪魔しました。」
アカリさんは満面の笑顔で丁寧にお辞儀をした。そしてバックを手に持ち玄関に向かおうとする。その時、
「待て待て。」
頬を引きつらせた大和がすかさず止めた。
「なに?」
「なにじゃねー。勇太はどうすんだ!」
いや、ホントそのとおりで。
飲み過ぎた勇太さんはソファに転がりすっかり夢の中なのだ。
起きるまで待っていられないとアカリさんは早々にタクシーを呼び帰ろうとしているわけだけど、
「え?今までもあったじゃない。勇太はソファを借りるだけなんだから問題ないでしょ。」
アカリさんは私と大和を交互に見ながらニコニコしている。いや、だからそれは、
「リビングに人がいたら***ちゃんは気になるかもだけど、心配しないで、勇太の眠りは深いから。」
いやいや、だからそれは、
「いないものとして考えてくれて良いよ。いつもみたいに大和と寝室で寝ちゃってね。」
だからそれはーー!
アカリさんの結婚のこと、私と大和の出会いやらなんやら、そして昔話やら。それらを面白おかしく話しながら過ごす時間はあっという間に過ぎた…までは良かった。
多分今までもこういうこと(誰かが飲み過ぎて寝てしまうこと)はあったのだろう。だけどだからといって受け入れられるわけがない。
私と大和は大いに焦った。アカリさんは私たちが寝室は別だと、大和がソファで寝ているなんて夢にも思っていない
だけど事実はそうなんだから無理でしょ、だってそれって、
「じゃ、勇太をよろしくね。」
「待てって!アカリ!」
二人でひとつのベットで寝るってことになるわけだから。
私と大和はぎこちなく目を合わせる。お互い男女の仲にはならない確信はあった。
けれど、それを想像させる状況に身を置くのがイヤなのだ。なぜなら私たちは一夜を過ごしている事実がある。
忘れようとした一夜 上手くいっていた二人での生活
今更?お互いを意識する羽目になるなんて冗談じゃないっ。
「案外勇太もすぐ起きるかもだよ?じゃおやすみー。」
「アカリ!」
大和はアカリさんに抗議しながら勇太さんの肩を強く揺すっている。けれど私は初対面の相手にそんな強い態度には出れなくて、
「あ、お見送りします!」
と、二人で過ごす夜の寝室から既に逃げ腰になり、玄関に向かう彼女を追いかけるだけだ。
「タクシーくるんですよね、私 ロビーで一緒に待ちます。」
アタフタとする大和を背に彼女とともに部屋を出た。アカリさんを送ったあとなんとか勇太さんを起こすしかないと決意して。
「ごめんね、***ちゃん。」
「全然大丈夫です。」
全然大丈夫じゃないけども。
・・・・
「***ちゃん、私と友だちになってくれないかな。」
「え?」
マンションロビー前でタクシーを待つあいだ 、部屋に戻ってからどうするべきかと頭を悩ませていた私に アカリさんは不意に言った。
聞き返す私にどこか照れ臭そうに微笑む。
「私ね、留学してたの。戻ってきてすぐ働き始めたから、色々相談する女友達とかいなくて。」
ぼんやりとした月を見上げ初夏の心地良い夜風に前髪を揺らす
同じ女性ながらその憂いな横顔に見惚れてしまった。
「大和と結婚前提なんでしょ?だったらこれから長い付き合いになるし…***ちゃんとゆっくり女子トークとかしたいなって。また遊びに来ても良いかな。」
長い付き合いにはならない…けど、
「全然…、そんな全然遠慮しないでください!」
大袈裟なほど手を横に振ったのは、彼女の見つめる瞳に照れてしまったからだ。
「いつでも大歓迎です!」
「ありがとう。」
照れくさそうに笑う彼女がホント可愛くて、
「あ、タクシー来た。」
こりゃ大和も惚れるわって…。
「気をつけて。身体大事にしてくださいね。」
後部座席に乗り込んだアカリさんに窓越し声を掛ける。手を振る私に彼女は少し瞳を揺らした。
「ん?」
「…あ、ううん。じゃおやすみなさい。」
その時の一瞬のためらい。
タクシーを見送りながら変に思ったけれど
「勇太さん起きたかな…。」
そっちのほうに意識は向かって、早々と身を翻した。
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