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「私が帰るからって大和まで帰ることないのに。」
多分大和は私の様子がおかしいことに気づいて追いかけてくれたんだと思う。
「サッカー観たいって言ってたじゃん。良いの?」
それなのに私はあっけらかんと聞く。なんでもない顔をして。可愛げのない女だと自分で思った。
「…別に。」
大和は様子を伺うような目をしていたけれど、私の愛想のない対応にスッと視線を逸らす。
良かった、見て見ぬふりをしてくれるんだと思った。彼のことに触れないでいてくれるんだって。けれど、
「あの男、例の不倫相手か。」
「っ…」
だなんて…遠慮なく聞いてきて。
スルーしてよ…女心が分からない男だ。
思わず睨んだ私をフンと鼻で笑う。図星だろうと言うように首まで傾げた。
「そうですけど、なにか。」
「なんの話だったんだ?」
「別に関係ないじゃん。」
「やり直そうとか?あ、あれか、既婚者の常套句『妻とは別れる』とか?」
「っるさい!」
ブリブリと肩を揺らしツカツカと歩く私が大和は可笑しそうだ。
「オレには知る権利がある。オレ達は夫婦だからな。」
「ニセでしょ!」
「ニセだろうとなんだろうと夫婦は夫婦。」
「夫婦だろうとニセはニセ!」
腹立つ〜!
放っておいてくれれば良いものをデリケートな部分にズカズカと遠慮無し。横顔をチラ見しながらニヤニヤ笑っている。
この調子じゃ話すまでいつまでも聞いてくるだろう。ホント最悪って、
「よりを戻すなんて話ならまだマシ!」
私は道の真ん中で立ち止まり大和に向き合った。
「『どうしたんだ、なにがあったんだ』って、『え、俺たち別れたのか?』って!」
ただ見つめ返す大和を睨んでからまた早足で歩き始める。
「バッカみたい、私がどんな思いで別れたと思ってるの?『なにか悩みでもあったのか』『なんで連絡しないんだ』ってなに。別れ話を二度もしなきゃならないなんてあり得ない。」
別に急いでるわけじゃない。勝手に早足になった。
「『ウソだろ?』だって。私、凄く考えたんだよ、やっぱりこのままじゃいけない、別れなきゃいけないって、凄く考えたの。付き合う時もそうだった、こんなのいけない、誰もしあわせにはならないってそう思ってた。それなのにズルズルいっちゃって、」
愚痴なのかな ただイライラと腹が立っていた。
「こんな私だから、別れても傍にいたらきっとまた惹かれてしまう。だから仕事も辞めて携帯も変えて引越しもしたの。それくらいの決意で別れたの。」
また、足が止まっても。
「それなのに…!」
「『私は彼と会えて嬉しかったの。』」
・・・・
大和は優しい笑みを浮かべ見つめた。
「だろ?」
・・・・
追いかけたのがオレじゃなくてあの男だったら。腕を掴んだのがオレじゃなくてあの男だったら。
「そんなに自分を責める必要ない。そう簡単に忘れられやしねー。」
***は…コイツはどうしたんだろうと思う。
「不倫は悪い事。分かっているのに付き合っちまったのは、後戻り出来ねーとこまで心掴まれちまった証拠だ。」
俯いた***の頭をポンと撫でながら来た道に視線を返した。
「それなのに、振り切ったお前は偉い。」
「…ハァ…」
俯いたまま大きく息を吐く。どんな顔をしてるのか見えはしないけれど コイツのしんどさは震える肩先から伝わった。
たぶん***は何度も別れ話を切り出したんだろう。その都度はぐらかされていた。そしてそれを期待してもいた。
あの男がコイツのことを本気だったのか遊びだったのか知ったことじゃない。んなのどーだっていい。
「別れを貫き通したお前は偉いよ。」
その恋に背徳感より罪悪感を感じてしまったコイツだから。
「…さすが、教師。」
俯いたままの***がクスッと笑う。
「エラそ…。」
「うるせ。」
「ねぇ、大和。」
そしてゆっくりと顔を上げた。
「そろそろ泣いていい?」
・・・・
目にいっぱい涙を溜めている。
「…ああ。」
泣き笑うコイツを笑顔で受け入れた。肩を抱けば背に手が回る。ふざけ合いながら帰路を歩いた。
「…。」
背後遠くにいるスーツ姿の男が、ジッとオレ達を見ていなくても オレはそうしたと思う。
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