1年付き合った彼女にプロポーズして、結婚することになった。プロポーズはかしこまったものではなかったけど、だからこそ自然に言葉が出てきたのだと思う。いかにも自分らしかった。

これで自分の人生の最終目標である「幸せになる」ための一つの戦略として、「一人でも多くの人を幸せにする」ことの第一歩を踏み出した。何よりもまず彼女を幸せにすることが俺の最大のミッションになった。

一緒に生活していると、意見が合わないことや不満が溜まることもあるだろうけど、そういう時はいつも自分のミッションを思い出したい。最後のゴールを見失わなければ、やるべきことは自ずと決まってくる。


iPhoneからの投稿
竹島、尖閣諸島、そして北方領土と、最近は相手国の挑発により領土問題がクローズアップされている。これらの問題は根が深く、簡単に解決できる問題ではないと思うが、ここでは歴史的経緯やナショナリズムは一旦置いておいて、日本にとってはどのような対応が望ましいか考えてみる。

領土問題を一緒にして考えてはいけない

3つの領土問題は同じような脈絡で語られることが多いが、三者三様異なる事情がある。従って、それぞれについて取るべき方策は変わってくる。

竹島と北方領土は韓国とロシアが実効支配している。竹島は実効支配自体が目的であるため、軍の配備と観光があるだけだが、北方領土では普通のロシア人が普通の生活を送っている。一方、尖閣諸島は日本が実効支配している。ただし、人が住んでいるわけではない。

歴史的経緯とナショナリズムを抜きにして考えると、注目すべきは「経済的価値」であろう。この点について特に三つの間で大きな違いがある。

竹島の経済的価値は、はっきり言って漁業権のみであり、その金額は1974年の島根県漁連の算出では年間漁獲高は76億円、2010年の韓国の算出では年間11兆5,842億ウォン(約8600億円)である。(出所:Wikipedia)異常に差が開いているが、日本における水揚げ高が約3兆3,000億円(2008年漁業センサス)を考えると、韓国の数字が大きすぎるということが分かるから、データが古いこともあり日本の数字が正しいとは言えないものの、多くても100億円くらいのものだろう。そう考えたときに、竹島の経済的価値は国家全体から考えれば大したものではないことが分かり、日韓双方が固執しているのはやはり「別の理由」によるものだということがわかる。

一方の尖閣諸島は事情が大きく異なる。尖閣諸島の地下には大量の天然資源が眠っていると言われており、台湾や中国が領有権を主張し始めたのもそのことが明るみに出てからである。よって、この問題はまさに経済的価値が中心なのである。

北方領土の経済的価値は、かなり大きな島ということもあり一概には言えないが、地下資源などの話は今のところ出ておらず、あの辺境の島が経済的に発展するとは少し考えにくい。ただし、ロシアにとっては海峡を押さえるという軍事的価値があるという説もある。

ではそれぞれどのような対応を取ればいいか

それぞれの領土問題についての私の結論は以下の通りである。

竹島については経済的価値が大きくないのだから、経済上の大きな問題として捉える必要はない。むしろ、韓国との関係がこじれることが厄介であり、無下にわたしてしまうことはあり得ないのだから、冷静に日本の主張を国際司法裁判所に訴え続けるというのが大人の対応であろう。この意味では、現在の日本政府の対応は正しい。

尖閣諸島は日本が実効支配しており、他国に譲る理由は全くない。海底資源という経済的価値も想定されていることから、今回のように断固として排除していくことが必要である。ただし、民間人を国内法に則って裁いて、中国との関係が悪化するのなら、火に油を注ぐようなことはしないことが得策だろう。本当に警戒すべきは、中国が国としてこっそり海底資源を抜き取りに来た時だ。そのときはアメリカに訴えることも辞さない立場をとる必要がある。

北方領土は大きな経済的価値は見込みにくく、現にロシア人が生活を送っていることを考えると、現実的な問題として返還は難しいのではないのだろうか。いずれにせよ、対ロシアという観点では中国・韓国とは様相が異なることもあり、外交カードとして日本の立場を主張し続けることが重要だろう。

結果として日本政府の対応は正しい

以上のように考えてみると、民主党はともかく、日本政府が取っている対応はおおよそ正しいということができる。私は仕事柄官僚と関わることがあるが、彼らは国民が思っている以上にあらゆる可能性を吟味し、最善の対策を取ることには余念がない。当面は彼らを信用し、ことの成り行きを見守ることが「大人として」の対応ではないだろうか。
『腰痛は「怒り」である』を読んだり、会社に行くのがストレスだったりして、どうしてこうなのか、この気持を解消したいと考えた時に、Amazonでこの本を見つけたので読んでみた。内容はかなり論理的でよくまとまっていたので、備忘も兼ねて自分なりにまとめ直してみる。

■怒りは何のためにあるのか?

・怒りは「何か問題がある」ことを教えてくれるサイン
・自分が起こっていることに気づいたら、「原因究明」に目を向ける
・「自分が本当に被害にあった」のか「相手が問題を抱えているだけ」なのかを見抜く

■怒りの原因は何か?

・原因は相手への「期待役割のずれ」
・自分が相手に何を期待しているのか、整理してわかりやすく伝える
・相手が自分に何を期待しているのか確認する
・他人を変えようとしても無駄
・ずれをなくすべき相手か放置していい相手かを考える

■怒らないためにはどうすればいいか?

・他人に評価を下すのをやめる
・他人からの評価は受け流す
・事実をありのままに受け止め、評価を下さない
・相手には自分の知らない事情がある
・余計なこと考えず、「相手が今、話していることに集中する」
・自分が能動的に動いていると考える
・長期的、大きな視野で物事を見る

怒りが湧いてきたときはもう一度見なおしてみよう。

【追記】
いろいろ書いてみたが、やや複雑な部分があったと思う。ひとつ忘れないでいたいことは、一番最後に書かれていることであり、思考においては一番重要なことであるが、「最終的にはどうしたいのか」結果だけに注目すれば、日々の些細なことは気にすることはないだろう。

これは投資や経営にも通じることであり、投資で言えば最終的なリターンを獲得するため、経営で言えばビジョンを達成するために、日々の些細な変化に気を取られず大きな結果だけに着目する。そう考えれば、そこにたどり着くために自分がどうすればいいか能動的に考えることができるだろう。そして、相手のことは重要でなければ特に気にかけず、重要であれば全力で説得を試みるのである。

「怒り」がスーッと消える本―「対人関係療法」の精神科医が教える/大和出版

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「戦略的」な人事管理ということで、とにかく大事なのは「経営戦略」と「人事戦略」が統合されているかどうかだ。例えば、コスト戦略を取る会社の人事はコストの削減が評価されるべきであるが、イノベーションを重視し価値戦略を取る会社にとっては必ずしもそれはあてはまらない。

また、人材を「資源」として捉えた場合でも、他の資源とは違い、扱い方によって発揮される効果が全く異なってくる。この点において、人材を適切な場所に配置し、それを育成して公正な評価を与えて最大限の効果を発揮することが求められる。

【評価・考課制度】

業績考課でよく用いられるものに「MBO(Management by Objectives);目標管理」があるが、これは目標をノルマとして管理することではなく、「Management by objectives and self control」の表現が正しく、目標によってセルフマネジメントを実現することが目的である。

目標設定においては最終的なゴールを設定し、それを達成するために必要なKPI(Key Performance Indicator)は何なのか、その水準はどの程度なのかを明確にする必要がある。

評価においては目標を必ず達成することを必須とするのではなく、目標は柔軟に設定し直し、最終的な現場のマネジャーによって最終的なゴールと現時点においてどれくらい乖離があるかを確認することが必要となってくる。

【育成】

人材育成においては「守・破・離」のステップを積むことが必要である。特に、最初の「守:型にはめる」ということが重要であり、ここをおろそかにしていては「破・離」のステップには到達することができない。

人が成長していくためには「フロー体験」を活用し成功体験と達成感を積み重ねることが効果的である。一方で、「修羅場」を経験することも、間違いなくその人を大きく成長させる糧となる。

人材育成には「OJT(On The Job Training)」と「Off-JT」がある。OJTは一見ただ仕事をする中での経験でコストはかからないように見えるが、本来はしっかりと管理されたTrainingでなかればならず、Off-JT以上にコストがかかるものである。

OJTでは、「部下に適した仕事を与える」「本人のやる気を喚起する」「日々フォローしてやりきらせる」「達成感(成長実感)を与える」というステップを意識する。特にやる気に関しては、「有意義感」「責任感」「成果の認知」を与えることで「職務拡大」「職務充実」という内発的動機づけを操作できる可能性が生まれる。これは内的報酬とも深く関わってくると思う。

育成に関しては、最終的にOJTとOff-JTが統合され、現場で標準化された形で実行されることが望ましい。

【ダイバーシティとグローバリゼーション】

日本が高齢化し人口減少社会が訪れるとともに、ビジネスがグローバル化して国境の垣根がなくなることで、日本企業においてもダイバーシティとグローバル化は必ず必要になってくる。

ダイバーシティとは、多様な社員が集うことにより、より個性を生かした活力ある組織を作ることである。ここでいう多様性とは「性、年齢、人種、国籍、宗教」などの表層的多様性と「キャリアアンカー、価値観、生活信条」などの深層的多様性がある。

ダイバーシティ・マネジメントとは、多様性を「抵抗」「同化」「分離」「統合」の過程を踏んで、違いを活かし競争優位につなげることである。そのために必要なことは、自分が持っている偏見を認識し、他の違いをまずは意識して受け入れてみることではないだろうか。

グローバル企業とは、以下の4つの類型がある。

・マルチドメスティック:本国産商品を海外輸出、現地完結型
・インターナショナル:技術の輸出・海外での現地生産、本国依存型
・グローバル:集中的大量生産により効率重視、世界均一型
・トランス・ナショナル:世界を舞台に事業の最適化、世界企業型

グローバル化は「グローバル」から「トランス・ナショナル」へと進むことが予想されることから、グローバル人材育成においても国境や地域を越えて職務を実行できる「グローバルコア人材」が求められることになる。しかし、そこにおいても重要となるのが、国境を越えていても会社の中での価値感が共有され、人事制度が統合されていることであり、J&Jのクレドなどがこれに当たる。
用事があって福岡に行った帰りに、折角なのでジェットスターに乗ってみた。

20時30分発の便で、30分前に受付をしたのだが、「お客様が最後です。そのまま上へ上がってください」といきなり急かされてしまった。レガシーキャリアだと、30分前に行って急かされることはないので、そんなに急ぐことはないだろうと思っていたら、既に搭乗が始まっていた。

その理由はすぐに分かった。改札をくぐってから結構な道のりを歩かされ、予想どおりというか、タラップを使っての搭乗だった。この辺は徹底していると感じた。

飛行機に乗ると、中は確かに狭く、特に前後の幅がレガシーキャリアと比較すると圧迫感があり、背もたれも垂直だった。ただ、実際に乗ってみると自分の身体が小さいこともあり、特に不自由なく座ることができた。

座ってからは疲れていたせいもあって熟睡してしまい、その後のサービスの様子を見ることができなかったのだが、エアライン側のサービスについて不快なところはなく感じ、キャビンアテンダント(男の人もいる)が余計な気遣いをすることもなかったので、むしろすっきりしていたように思う。

そして無事成田空港に到着した。ターミナルまではやはりバスでの移動だった。このへんは煩わしくも感じるが、値段のことを考えると文句も言えないだろう。その点は成田空港に建設予定のLCC専用ターミナルに期待である。

総評として言えるのは、エアラインのサービス自体はシンプルだが最低限のものは備えていて、特に不都合はないと感じた。もちろん、レガシーキャリア並のサービスを求めることはできないが、航空機をただの移動手段と考えている人にとっては問題なく、「空飛ぶバス」を体現していた。

ただし、今回感じた大きなマイナスポイントは、(大きな声では言えないが)客層についてだろう。今回は時間が遅かったこともあり、到着してからの客がそわそわし始め、ターミナルビルに付いてからはなりふり構わず走っていく姿が見られた。

これからより多くの人にLCCが浸透していき、航空機の裾野が拡がるに連れて、必ずしも上品とは言いがたい客がLCCに乗ることになるだろう。気にしない人ならいいが、レガシーキャリアに乗り馴れた人は必ずしもよく感じないかもしれない。

そういうことも踏まえ、これからはエアラインに「何を求めるか」で、顧客自らが選択する時代になったのだと思う。

【結論】
・サービスはシンプルだが、特に不快に感じることはない。
・座席は圧迫感はあるが、身体の小さめの人なら十分。
・エアラインの客層の分化が今後拡がっていくだろう。