THOUSAND WINDS -93ページ目

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ああそれでコメントつかないようになっていたんだなと分かったものの納得が行かなかったりもする。
何となく罠にはまったみたいなやるせない気分。
まあどうと言う事じゃないけれども。

後日(時間)談
気まずい。
コメントが今頃になり表示されました。
お二人さんがコメントつけられております。
何かねコメントついてへんからおかしい思ても一度つけに行ったみたいで。
同一人物のしわざですね!
ドカドカドカドカドカドカ
はっ
ドカドカドカドカドカドカ
い、いかん
ごっちゃになってる。

ひたすら落ちていくばかり

宇宙ステーションからのお正月中継なるものをTVで見た。
物が無重力で浮かんでいるから、あああそこは宇宙空間なんだなと単純に納得する。
でも宇宙と行った所でたかが知れている。
まだ地球の引力の配下にいると言う意味では、
まるっきり宇宙のただ中にいるのではない。
無重力と言った所でそれは完全に重力がない事を意味しない。
地球上でも同様の現象に立ち会える。
つまり完全に自由落下の状態になった時。
そんな無重力体験を味わえるジェット機が紹介されていた。
ほんの1分程度ではあるが、
急降下の際に地球の重力と加速度が釣り合って、無重力の状態が生まれる。
それと原理は何ら変わらない。
つまり宇宙ステーションは無限に落ち続けているのだ。
だから無重力状態が生まれる。
ただ地上に落下していかないように、秒速数十キロと言う、とほうもない速度で飛行している。
だから落下し続けていても、地上には落ちてこない。
周回速度を落としたならばそれは地上に猛スピードで落下するはずだ。
事故なんかでそんな事が起こらないように祈ってるしかない。

あえて嫌われ者で行く

放言暴言は今に始まった事ではないし、
あちこちで波紋が広がろうが知らないつもりでいたし、
裏でやはり影響も少なからずあるのは分かっているのだが、
やせ我慢するのも何だか疲れたし、
別の事もやるのはやっても
中身のすかすかな無難な運営じゃ
私の舌が死んでしまう。
そんなに私は人あたりがよかっただろうか。
あちこち人のブログにコメントつけに行き、
これまでに色々問題があったのではないか。
こちらについたコメントに対してさえ、
あまり耳障りのよくない言葉で返していたのではなかったか。
私が無制限に解放されてしまえば、
私の目の届かない場所で自然と炎上してたり討論がなされてたりしたのではないか。
あえてコメントはつけられなくして、
こちらからもコメントは極力避けてきたし、
書き物もこのあたりはかなり減って、
悪い影響を与えないようにはしてきたのではなかったか。
どうせそのうち時間的な制約から、この毒の舌も封じられてしまうのだが、
世界が何かしら私なるものを
表に出さずに封じ込めようとして見えるのは、
被害妄想からなのだろうか。

どうせ理解者などいない

キリスト教ぐるっぽの一部のものについては完全に仲間内だけのものにこり固まって見えて
確かに私もその中に混じってはいると言わざるを得ない。
どうせそんな中身の深い、無関係な人から見ればなぜか不愉快に捕らえられるらしい事が、
一部の人にとってはかなり熱心に関わってる事となっているのが不思議で、
それが単に信仰のあるなしに関わるのかも
最近疑問に思えて来た。
カトリックはどうなのか知らないが、
プロテスタントはよくも悪くも閉鎖的で、
教会の中の信者同士の交わりみたいなのがとても重視され、
同じ教派であろうと違う教会なら少し疎遠になり、
違う教派なら未信者の人を扱うのと変わらない事も見かけた。
あれが正当化されている。教会一つずつが小さな王国みたいになって、
世間の教会知らずな者からは、未知なる世界と化している。
お寺とか新興宗教にしろ似たようなもんだろうが、
ことキリスト教は何か周りからあまりいい印象を持ってもらえない。
それが何なのかと考えたりしたがよく分からず、
ただ言えるのは日本の会社と言う世界と、教会と言う世界があまりに対立しうる事が多いから、働き盛りな男性がほとんど教会へ集まれない。
定年迎えたような男性がかなり比重が高い。
女性の場合まだ時間があるからまた子供を教会の幼稚園とかに行かすついでに、
教会と縁が持てる事が多い。
この人口バランスの片寄りは間違いなく、
日本の社会にキリスト教がなじまない理由となっているはず。
ただその事はあまり理解されないし、さほども重要視はされない。

ルゥーヤの視座

どうせそのうち気違いじみた位忙しい仕事のせいで
ブログ自体も滞る事が予想される。
これまでみたいに土日ちゃんと休めるような生活にはならない事が予想される。
それでいて一日たりとて代休も取れなくて給与にも反映されない事が予想される。
会社とか仕事とかが、このところ狂気に思えてしかたがない。
ただ生きていくために仕方なく我慢しなければならないだけの、苦痛にしか感じられない。
どこの仕事も同じだとは思わない。
むしろかえって今仕事がなくて、自宅待機になったり時短が推奨されて手取りが減ったり、
あいかわらずリストラで辞めさされたりする事が多いように思う。
私にはこんな経済活動自体ですら狂気に映る。
なぜこういうことに世界がなっているのかが不思議でならない。
私が人とちょっと違ってるのか私が頭がおかしいのか私が反社会的なのかは知らない。
これまで書いて来て思うのはやはり自分の感じ方は人のそれとはかなり違うらしい。
そんな人にあらざる物みたいな自分について、
何か書き物の上で実証出来ないかと、考えた。
どうせ今後こうしたのんきな事も、許されなくなって
しまいには体を壊して無期限に時間が生まれるのだろうが、
そうなってからでは遅い。
私の目で見た所の狂気についてはちゃんと記しておかなければと思い、
再度不定期ながらそんな愚痴を書かせてもらう。