THOUSAND WINDS -338ページ目

つまらんこだわりをね

先程の小説で、ダイナに私と言う一人称の呼び名をついつけて先に投稿しちゃいました。
どうだって良かったんですが、
このストーリーに出て来る死神には、
一人称がありません。
ちょっと難しいんですが、
人が私とか僕とかを使うようになるのは、
幼稚園に入りたての頃位からと聞いています。
それまでは自分の事を言うにも、自分の名前で言います。
つまり名前がダイナだとすれば、
ダイナはねえ、ってなる。
死神は人間と違って、一人称での呼び名を持たない、
と言う設定にするつもり。
でも悪魔の方はちゃんと私とか使ってたしと言われそうですが、
悪魔と死神は違うもんだし。
悪魔って個人主義だとも思うから。
でもサキュバスって、そのままの名前使う所が、悪魔的な落ち度なのかなと。
結局人の魂を、死神と悪魔とで取り合いする図式となりそう。
いずれにせよ間に挟まった人間に、
平和な日々は訪れそうもない。
このお話、
そのうち長文化予定。

死神さんデスの(3)

「ほほ、一体何騒いでらっしゃるのかしら?伊織さん」
「あ、ちょうどいい所に来た、サキュバスさん。助けてくれ」
「え~と今から授業が始まるわけだが・・・」
「先生、お気になさらず、授業を続けて下さいな。何でしたら私たち、廊下で話ますから」
えっ、いきなりセリフばっかしで何ですか。
サキュバス?ってダイナの宿命のライバルの、悪魔一族じゃないんですか。
先を越された?いやあの、その人悪魔なんですよ、伊織さん。
ダイナが死神でまずいんだったらね、悪魔の方がもっと危ないんですから。
死んだ時に魔界へ連れてかれて、悪魔の手下にされちゃうんだから、て聞いてます?
「ほほ、一足遅かったみたいね、死神のお嬢さん。
もはやこの学校の男子は皆、私のとりこ。
後は契約取り交わせば終わり。
あんたはシッポ巻いてお帰りなさい」
目を覚まして!彼女はねえ、呪術でみんなたぶらかしてるの、ダイナもそうだけど。
せっかくあなたの事、護りに来たのに、
こんな女の言いなりになっちゃ駄目!
「・・・悪魔だぁ?こんなに可憐で上品な、彼女が。
もういっぺん清めの塩おみまいするぞ」
え~ん何だかまずい事になっちゃったよぉ。
続けます多分

詩が読みたかったのです

自分ではこれまで詩を書いた事がありませんでした。
気まぐれで外国の詩の文庫本を買ってみました。
シェリー詩集の中の論文に、
詩は翻訳出来ない、すれば原詩の味わいが失われる、
みたいな事が書かれていました。
かえって興味がわき、外国の翻訳詩をいくつか読み歩きました。
祈り方を教えて下さい
とか言う長田弘さんの詩集を見かけました。
詩集は高く、立ち読みで我慢したのですが、
最初から日本語の詩を読んでみたくなりました。
WEBを探していてもなかなか見つかりませんでした。
ひょんな事でアメーバーに戻って来ました。
そこにアメンバーなるものが出来ていて、
詩のグループを見つけたのですが、
参加しなければ読めないようなので、
参加させて頂きました。
これで人の詩を色々読ませて頂き、
感謝にたえません。
私自身の所感としましては、
翻訳された詩も、原詩とは別の味わいがあると
思ってます。
次は私が詩を作る番だな、
そう思ってみましたが・・・
ムズカシイ。

テゼ共同体の祈りの集い

先月せっかく出かけようとして
不整脈
急遽救急で病院へ
今日も行けたかも知れないのに
怖くて
明日行けなくなりたくなかった
そんな呪いじみたもんじゃないのに
一度怖い思いをしたら
身がひるむ
閉所恐怖症の人が
エレベータに乗れないみたいに
せっかくの黙想会に行けなくなった感じ
いっときはやたら
教会で行事があるたびに
参加していたけど
そんな熱意も冷めたか
今じゃ信仰はどこへやら
軽いパニック障害
何とかせねばと思うけど
本日ちょっと残念な事しました、
ええ

教会が好きですか?

カトリックの教会が日中開いている事をいい事に、
休みの日の昼間とか、中で行事を行っていない時に、
我流でお祈りをして来ます。
プロテスタント教会は私の知る限り、礼拝のない日は鍵がかかっていて、
関係者以外の者を中に入らせないようにしている。
ご近所の教会さんもそこんとこあいまいにして、
まあ今日なんかはお掃除当番とか、最近行ってないけど、
便宜を図って開けてたりします。
でも出入りしてるのはほとんどそこの教会の方たちだけです。
つまり私から見たプロテスタントと言うのは、人の集まりを重視しています。
悪く言えば閉鎖的でもあります。
カトリックは初めてそこの教会へ行っても、
名前とか住所とか、書かされません。
礼拝終わってからも、新来者の紹介とかされません。
ある意味気楽なんですが、冷たい印象もなくもない。
私は教会の建物が好きです。
あの中でお祈りをするのが好きです。
だからあまり信者同士の交わりは苦手。
出だしがカトリックだったので、
いくらご近所の教会さんが、
カトリックに似せた礼拝を行ってても、
プロテスタントに見える。
ある意味私は中間者です。
そんな私がここにいる意味があればと。