世界の美しさにつ いて
世界が美しいのは、人間がそう想うように作られているからだ。
自然を見い出すのが難しい大都会のかたすみでも、
自然の息吹を感じる事もある。
上空から眺められたとしたら、
足元に見えるのはほとんどが
人工的なものばかり。
街路樹にしても花壇にしても
それは人間がそこに持ち込んだ。
犬や猫がいても
それは人間が連れて来た。
だから本当に人の手の加えられていない、
大自然みたいなのを目の当たりにした時の
感動とそして
威怖と。
街は人間にとって都合のいいもの、美しいものとして作られている。
そこに棲息するわずかばかりの人にあらざる物にしたら、
どう思うだろうか。
人間同士のバリアフリーは実現しててもおそらく
動物への配慮は、当たり前の事だが、なされてない。
いや、負の配慮は行われている。
野良犬狩りとか、ハトの留まる木々を切り倒すとか、
餌付けを禁止したり、ネットを張ったり。
それは街の中には人間以外、立ち入るなと言う宣言でもある。
それは当たり前な事なんだが、
たまに不思議な気がする
ただそれだけの事。
足元の街を眺めていると、
おっと
自然を見い出すのが難しい大都会のかたすみでも、
自然の息吹を感じる事もある。
上空から眺められたとしたら、
足元に見えるのはほとんどが
人工的なものばかり。
街路樹にしても花壇にしても
それは人間がそこに持ち込んだ。
犬や猫がいても
それは人間が連れて来た。
だから本当に人の手の加えられていない、
大自然みたいなのを目の当たりにした時の
感動とそして
威怖と。
街は人間にとって都合のいいもの、美しいものとして作られている。
そこに棲息するわずかばかりの人にあらざる物にしたら、
どう思うだろうか。
人間同士のバリアフリーは実現しててもおそらく
動物への配慮は、当たり前の事だが、なされてない。
いや、負の配慮は行われている。
野良犬狩りとか、ハトの留まる木々を切り倒すとか、
餌付けを禁止したり、ネットを張ったり。
それは街の中には人間以外、立ち入るなと言う宣言でもある。
それは当たり前な事なんだが、
たまに不思議な気がする
ただそれだけの事。
足元の街を眺めていると、
おっと
バス釣りをして いた頃の断章
ルアー釣りでは、ポッパーが好きだった。
初めてバスが釣れた時には、ワームと言うミミズそっくりな疑似餌を使った。
初物が50cmを超える大物だったので驚いた。
確かにルアー釣りはお金がかかった。
メガバスと呼ばれる超カリスマ的なルアーメーカーのルアーは、
ほとんどどこでも売ってなくて、
他の安物のルアーとの抱き合わせ販売みたいなのでしか手に入れられなかった。
それでもメガバス商品は、たった一つだけ手に入れていて、
それがポッパーだった。
今思うとそのポッパー釣りは私向きかも知れなかった。
何か間の抜けた口の開いたような小魚形のルアーで、
水の中で引くと、パカッパカッと
情けないような音が出る。
それを聞いたバスがえさと間違えて、食らいつくと言う理論らしい。
このご自慢のポッパーと、お気に入りの釣り場で十数匹位、
面白いようにバスを釣った。
水の上の音楽、それを食べようとして針にかかるバス。
私向けな釣法だったのだが、
最近釣り場もなくなり、
数年前に釣りをきっぱり止めてしまった。
釣りのエピソードはまだ他にもあり、そのうち書くかも知れない。
初めてバスが釣れた時には、ワームと言うミミズそっくりな疑似餌を使った。
初物が50cmを超える大物だったので驚いた。
確かにルアー釣りはお金がかかった。
メガバスと呼ばれる超カリスマ的なルアーメーカーのルアーは、
ほとんどどこでも売ってなくて、
他の安物のルアーとの抱き合わせ販売みたいなのでしか手に入れられなかった。
それでもメガバス商品は、たった一つだけ手に入れていて、
それがポッパーだった。
今思うとそのポッパー釣りは私向きかも知れなかった。
何か間の抜けた口の開いたような小魚形のルアーで、
水の中で引くと、パカッパカッと
情けないような音が出る。
それを聞いたバスがえさと間違えて、食らいつくと言う理論らしい。
このご自慢のポッパーと、お気に入りの釣り場で十数匹位、
面白いようにバスを釣った。
水の上の音楽、それを食べようとして針にかかるバス。
私向けな釣法だったのだが、
最近釣り場もなくなり、
数年前に釣りをきっぱり止めてしまった。
釣りのエピソードはまだ他にもあり、そのうち書くかも知れない。