THOUSAND WINDS -268ページ目

接写機能について

虹が出てるからと姉から呼ばれ、
外にケータイ持ち出しておもむろに写す。
風景だから何枚も露出を変え、写した。
前から思っていたのは、
このどうでもいいケータイ、
結構ちゃんとした写真が撮れる。
デジタル一眼レフがスタンバってなくて、
それでいて用を果たした。
デジカメで一番驚いたのは、
接写がちゃんと撮れる事。
フィルムのカメラ時代、結構苦労したのを覚えている。
コンパクトカメラが大体60cm位まで、
しかも1m未満はパララックスでファインダーがずれるからと、
補正線がファインダーに入っていた。
ライカなどはファインダーがパララックス自動補正になっていた。
一眼レフの場合被写界深度と言うのがあり、
近づく程ピントの合う範囲が狭まる。また露出が難しくなる。
そんな専門家が苦心していた事をあまり考えなく、
今のデジカメは1cm位まで近づけるらしい。
このケータイも一体どこまで近づけるか知らないが、
何となく切手大位は写ってたと思う。
それまであまり身の回りの小物を撮る事もなかったが、
ケータイカメラの良さのおかげで
ブログにもたまに写真が載せれている。
それって何となく感謝。

ルーン占いについて

ラルフ・ブラムのルーンの書の本を本屋で見かけたのはもう何年前だろうか。
スピリチュアルの本棚にあってなぜか一番比重の大きい本(笑)。
コンクリートみたいなやたら重たい、ルーン文字を刻んだルーンストーンがついていた。
今思うとこんなので占いになるのだろうか。
他にもルーン占いにいざなう原因はあったけれども、
タロットやってて何か私の場合しっくり来なかった為か、
違う占いを記憶の底から拾い出して来たのがこれ。
あたりはずれは大きい。
通販でガラス製のルーンストーンを買った。
どうせここまではまるのなら、奮発してアメジストのものにすれば良かった。
さらに通は、果実の実る樹木の枝を輪切りにしたものに、
ルーン文字を書き付けた、
ルーンチップを使うらしい。
アイスクリームの平べったい棒みたいなのに、ルーン文字を書き付けたようなのもあるらしい。
ルーンに至っては短期間にかなり調べたので、書きたい事は多いが、今の所はこれだけ。
たぶんタロットに比べればかなりキワものに属する占いと思う。
自らの血をもって聖別する、てのも外国サイトで見つけた。
ある種魔術の類いかも知れない。

キリスト京都と仏京都の違い

寺は堂々と地図の上でそれなりのエリアを確保していて、
ちゃんと寺名まで書いてあるのに、
教会は何かせせこましく載っていたり、ご近所の教会さんに至っては、
地図に載ってもいない、いや
載ってはいるのだけれど、
教会として記載されていない。
前住んでた小学校区では、訳の分からないような細々した寺だけで、狭い所に2、30は林立しているが、
一度として入った事のない所が大半、普段一体何してんだか。
教会は前の学区じゃ0、今の地区はかろうじて1件そこはご近所さんとは違う。
日本での寺や神社と、教会との扱いの違いを感じる。
結局は寺と言ってもお墓しか用がないと思われるし、
あれだけ膨大な土地を占有していても、地元の我々にしたら
あまり恩恵はない。
この世界遺産?めいた名所のおかげで行楽シーズンは観光客でごったがえして
車が混雑して、
えらい迷惑だったりする。
教会も昔はあちこち回ってみようかなと思ったが、
とうとう腰を落ち着けてしまった。
ご当地京都の宗教法人の多さには今さらながら呆れると、
いじょ

姉からもらった写真

いつまでも続ける気-ML_SH370013.jpg
ちゃんと表示されました。
どこか郊外で撮られた写真のおさがり。
虹がきれいに写っていてお気に入り。
さっき虹が出ていたものだから、こちらもしょぼいの撮ってます。
いつまでも続ける気-091010_1607~01.jpg
いじょ

教会の始まりの時の回想

知識不足のためかなりいい加減なこと書くと思うので、ご了承の程を。
新約聖書にあたるものが、本当になかったのか。
時代がたつとパウロ書簡みたいなのが出回ったけれども、
多分方々の教会すべてに配布されたわけじゃない。
如是我聞、かくのごとし我聞きたまえり。
にわか使徒みたいなのがさもイエスから直接聞いたような言葉を伝えていた。
そこでは口伝が幅をきかしていたが、
どれをとっても信憑性は低かった。
パウロ派を例外としたら、
当時一番の関心事は、
なぜイエスキリストは十字架にかけられたのか。
それは今の私たちにも通じる。
偽書とされ、聖典に入る事の無かった、ペテロの福音書には、
あの最後の一日の描写しか残されていなかった。
十字架から復活までをただ抽象化して、信仰の枠組みに入れてしまったパウロの理論が勢力を持ちはしたが、
キリスト教が生まれるまでの信者の関心事は、恐らく
あのイエスの十字架は、
我々にとって何の関わりがあるのか、
それだけだったと思う。
パウロがたどり着く前に、
ローマに伝えられていた
キリスト教の前身の
エクレシアにしてみれば。