THOUSAND WINDS -230ページ目

マスクさんも多くなってきてますく

日曜計ったら微熱があってかなり用心しつつ綱渡り状態。
ついに常時マスク着用してますく。
最後の「く」はただのアクセントでありますく。
「ますく」のしゃれじゃありますく、もとい、ません。
ちまたでもぼちぼちマスクさんが増えてきておりますく。
みなさんもご用心を、一言忠告しときますく。
帰ったらちゃんとミューズ石鹸で手を洗って、
イソジン液でうがいを行いますく。
ちなみにマスクは使い捨ての紙製で、出来れば毎日取り替えますく。
今回はねこもしゃくしもどこかしこでも、コンビニでも
マスクが帰るで喜んでおり
ますく。
そろそろ買い置きが切れそうなので、
忘れず後で買い占めとくますく、何か文法までおかしくなり
ますく。
こんだけマスクありゃ大丈夫
(ぶっちゃけた話、マスクってほんとに役に立ち
ますく?)

渦中の人が早くお帰りとは

ウサウサのカチューシャ
(意味全くなし、ついでに海賊のアイパッチも)
いいのかそれで
明日またぐたぐた言われるの確定。
奴は仕事出来てもいないくせに早帰りする。
無責任な奴だ。
まわりの事考えた事があるか。
誰のせいだと思ってやがる。
出来なかったのは全部お前の責任。
おかげで回りは騒然として
いつまた起こるか知れない
致命的な障害にいつもおびえている。
お前が休んだりしたらそれだけで仕事に穴があく。
誰も代わりには対処出来ない、お手上げだ。
引っこ抜きたくてもそれが出来ない。
代わりの者を立てようとするのもコストがかかる。
一体誰がやつにやらせたのか。
もうチームのせいでもなく
もっとでかい事態に広がっているのに
早帰りかい。
聞こえない声が聞こえる
良心の呵責ではない。
目に見えない壁がたちはだかる。
当分は針千本の剣山の上で
のたうち回ってる事になろう。
→死ぬでそれはいくらなんでも
これもものの例え

自転車は、神かも知れないと言うたわごとを

ふと帰りしなの焦燥感の中で思い付いた。たまに良くある、向こう側からのささやきかけみたいな。
さてどうしたものか。まだ納得はしていないわけだが。
せっかくだから今日はためておいたブログのネタ帳のやつを
疲労しようと思っていたのに。
自転車は神である。これはものの例えに違いない。
いくら豪勢な18段変速付きマウンテンバイクに乗ってでも
今の私には山中越が踏破出来ないみたいに、
力を他の所に借りて作用するわけではない。
つまりいくらかは力がいる。
バイクは野獣で、人の持たないパワーを手にする事が出来る。
でも自転車だとしょせんは人の出来る事しか出来ない。
神の奇跡は人の限界に縛られる。
使われるのは人の力だけ。
そんなんじゃとても神が全能の何でも出来るものとして見なせない。
世の中の仕組みは知らない。
ただ言えるのは神は自転車であって
人の後押しをしてくれるけど
あとの事は人間任せ。
しょせん私の信仰なんてこんなものだ。
神の万能性を信じられないとは。
それでも分かる
神は自転車
私たちの力を少し引き出しやすくするだけ
あとは人間次第・・・

それでもアシュターヴァクラ・ギーターが好き

キリスト教じゃないし。
インドのヒンズー教の経典の一つらしい。
全編詩で構成されている。
スピリチュアルみたいな感じ。
アートマンがどうのブラフマンがどうのと書いてある。
意味を読むよりはむしろ感じるみたいな書物。
たぶんにキリスト教の世界観と反するみたい。
よく知らないがまだクェーカーとか、マイスターエックハルトみたいな神秘主義とかが
近いような気がする。
長期出張を覚悟して、見納めみたいな気持ちで買い揃えたもの。
人におすすめしづらいのはやはり先入観持って入ったら、
何か紙屑に等しくなってしまいそうなので。
あのまんま駅の本屋に置いとかれても、きっと誰の目にも
止まるまいと思ったから
せっかくなので買って持って帰った。
あそこの本屋では、池田訳聖書だの、ジョージ秋山版マンガ聖書だのと、
やたらと宗教書を買っている。
メインな購買層がビジネスマンみたいな所だけに、
私にしたら穴場と言えなくもない。
おすすめは出来ないが、一見の値打ちあり

暗いと誰もぐっぴぐしてくれへん!

最近パソコン版からケータイ版に拠点を移動した。
はいけい
なるものが出来たのでさっそく買ってみた。
無駄な買い物がまた増えた。
真っ暗な背景でおでかけしても
ほとんど誰もぐっぴぐしてくれへん。
それ外してから違う町に出かけると、いつもみたいに
ぐっぴぐが来るのはなぜ?
これ今の心象描写です、ええ。
さすがに人にぐっぴぐさせない程の、迫力がありましょうや。
ええ