THOUSAND WINDS -192ページ目

詩集の値段

本屋で見かけるA5サイズ程度の大きさの詩集、
たかだか20位しか詩がのってなくて、2000円位する。高い。
立ち読みしても10分とかからない。
今の所立ち読み可能となっている。
インターネットで見かける詩は、ここアメーバに限ってもただ。
だからと言ってレベルは同じ、
かえって様々なタイプの詩を読みたいだけ読める。
確かにオンラインで読める詩で、いいのがあふれてる現状がある。
たかだか20位の詩が書いたような詩集なんか
ほんとはいらないに違いない。
値段のせいでうちにある詩集はどれも外国の、
文庫本、しおりのひもがついている。
それをささやかな本棚に飾る。確かに飾るだけのような。
豪華な詩集もしも仮にその中に一つきりでも
素晴らしい詩があったのならば
私はもしかしたらその
高い詩集を買ってしまうかも知れない。
一つの詩に対して何千円かを支払う
それも悪くないかも知れない。
詩集が手元にある時わたしはその詩人と
考えと記憶を共有してると
言えないか。

最近占いも嫌になった

占いぐるっぽでしょうこりもなくまた私が
自分の事占ってみましょうみたいな
スレッド立ててみたら
それ以来そのぐるっぽ自体の更新が止まってしまった。
ある意味黙秘による拒否、削除してもらえた方がむしろ助かる。
完全にしかとされ、何かちゅうぶらりんな私。
ここんとこぐるっぽはそんなのが多い。
私はあまりにでしゃばり過ぎただろうか。
しばらくぐるっぽは参照だけにしておく。
何か急に関心が薄れてしまった。
占いも個人的にやっていたし、その占いぐるっぽにでも入ったら
色々情報も手に入ると思っていたんだが、
自己紹介だけでたいがい終わるし、
一人の占い師だけに集中して
スレッド使った公開占いがあるのみ。
もっといろんな占いもちまたにあふれているだろうし、
素人でも関心持てばやってみようと言う気にもなると思うのだが
どうも消極的に見える。
占いも不景気なのかも知れない。
だからとやはり特定の占いに限定して
そんな未来を予知するだのみたいな大層な企画じゃなくて
占いの結果そのものを事例として
公開してくれてもいいようなものなのに。
かくして次のぐるっぽの案が決定。
占いぐるっぽの方でまるで相手にされなかった、
自分で占うって言うやつをやってみる。
人の事を占ったりなんかしない。
相談持ちかけられても困る。
あほの一つ覚えの
ルーん占いにて
自分の運勢を占ったり
気まぐれに何か世間の話を占って
無責任に公開する
私の占い結果をのせただけの
1ヶ月限定のぐるっぽ
今度時間があればぜひ作ろうか

お祈りは一日何回位しますか

0回。
見も蓋もない。
教会でお決まりのお祈りをみんなとするだけで
特に家で祈ったりしない。
神社とかの願い事を言うお祈りなんかもしない。
どうせそんなのはかなわないと思うし、
キリスト教的にどうかなと思う。
自由祈祷みたいなのがひどく苦手。
何かテンプレートみたいなものが各自で持ってらして、
その中にオリジナルな祈りの言葉をあてはめると
ちゃんとそれらしく聞こえるみたいなのがあるらしいが、
私はそんなには器用じゃない。
確かにクリスチャンになりたいのであれば、
毎日決まったお祈りの言葉だけでも
祈祷書からでも拾って来て読めばいいのかも知れない。
私は自慢じゃないがほとんど自分では祈らない。
ただ私の場合何もしない事の方が多い。
つまり何も頭に思い浮かばせない。
黙想の方ならしょっちゅうどこでも
所構わずやっている。
言葉はいらない。
ただ自分が消え去った後に
残る余韻のようなものに浸ってみている。
それが空虚なものである事は分かっている。
例えばエレベータが故障してて
ドアが開いても中に部屋がなくて
暗闇があるだけ
うっかり中に入れば
したに落ちてお陀仏
アーメン。
だから神を待つ態度としては
むしろあわただしく用事に忙殺されている方が
好ましい。
どうせこちらから会いに出かけても会えず
常に向こうの都合でしか会えないものだから

新しいぐるっぽを作るとしたら

何かもうキリスト教系のぐるっぽもう終わってる、私の中では。
なのでまた新しいのを考えないといけないと思っている。
なぜか分からないがせっかく部外者の閲覧機能がついたのに、
ほとんど見かけない。
ただ受けを狙うような、参加者のつきやすいネタをあえて作るつもりはない。
検索するとかなり一人だけのメンバーで頑張ってる人を見かける。
果たしてこんなので人が集まるかいなと人の事ながら心配になるような所もある。
むしろそう言う風な所を参考にしたい。
別に来る者はこばまず
ただいちれんたくじょうで
二人以上になったからには何とか維持させないといけない。
この記事歩きながら書いている。
素でに狂気の域に達している。
何でそこまでと思う。
寝るのを一時間ほどずらしてねむけまなここすりながら
いやいや布団の中で書くのもいい。
何せ駅で邪魔がられる。
歩きながらだとどうしても足取りは遅くふらつく。
だからこんなにも周りがあわただしくごちゃごちゃしてるさなかにする事じゃないが
私にはこのごちゃごちゃした人だかりの方が
異常に見える。
数さえ多ければ
この国では異常とは見なされない。

違うケータイで何か書いてみるか

SOFTBANKのプリペイドケータイで久しぶりに書く。
これと同じ形のプリペイドじゃないケータイがあるにはあるのだが、
これみたいなの一台きりで間に合わせるのはきびしい。
電話何度も買い換えようとして去年の暮れにこのプリペイドケータイを買ったきりで、
一本化出来なかった。
出張の際にはあまり役に立たずいつかは一本化したい。
電話の機能よりも私が重視したいのは互換性
これまでもっぱらケータイでブログ書いてきたが
それが同じように続けられるか
キャリア変えたいのはやまやまなんだが、
アメーバのケータイ管理画面が使えなくなると困る。
確かに画面の小ささに関しては不満がなくもない。
ただもう横に伸ばせないからとひたすら縦長になってもらっても不便な気がした。
なぜワンセグのためだけに縦長な画面が主流となったのか分からない。
結局ブロガーご用たつなケータイと言うものはないらしい。
やはり使いなれてないケータイのキーは慣れないからか遅い。
でもこないだまでこれで長編の変な小説を量産していたはずなんだが。
そのうち再開出来るだろうか。
まずはテスト運用から