THOUSAND WINDS -154ページ目

携帯電話のサイズ

思うに
画面サイズをでかくしようとすれば、
必然的にボディサイズも大きくせざるを得ない。
最近のはやりの縦長画面も、
元々はワンセグテレビでのワイド画面を切れる事なしに
より広く見せる為だった。
iPhoneなんかも初代機にゃ、はなっからワンセグなんて機能はついてなかった。
この先画面がでかいのが売り文句となってゆくのは分かりきってるわけだが、
内蔵カメラの画素数と一緒で、
もういい加減にしろと言いたい。
そんなんだけじゃ私は買い換えないから。
よほど斬新なパラダイムシフトが起こらなきゃ、
もはや携帯電話も終わりだな、ええ。

マウスがなかったなら

定説は色々あれど好みとしては
Macintoshが使い出してから
Windowsでももてはやされるようになって、
もはやWindowsのそれだけが主流となった感がある。
もしもマウスなるものがこの世に存在しなかったら、
一体どんなコンピュータになってるだろうか。
究極的には、ちょびっつのちぃみたいな、
人型パソコンみたいになってるかも知れない。
つまりある意味マウスの登場したおかげで、
パソコンの進化が阻害されたかも知れない。
この先10年20年と、この誰が考えたか知らん、
使いにくいインターフェースを
使い続けさせられても
迷惑なんだが。

つまらない話から始めようか

たとえば子供用の12色の色鉛筆、
これだけあれば、
本当はあの大人のぬり絵だって、
原則的に書けるに違いない。
それを何か舶来品の、
大層高くてしかもそこそこ
色数も多いのを使わないと
書けないと思い込むと
もう何にも書けなくなってしまう。
自分でもおかしいと思うのは、
絵だったら模写する事しか出来ず、
ぬり絵にしても限りなく原画に近い色しかよお塗れないのに、
文章に限っては模写したり、
同じ色を塗った事がない。

アクセス数

先週初めのアクセス数が3日間連続で千件を超えていた。
そんなに無茶苦茶書いていないのに。
しかも一日だけ2600件と言う途方もないアクセス数になっていた。
素朴に喜んではみたのだが、
これって本当にどれかの記事が読まれた結果としての数値かあやしい。
実質どの記事にしろ、せいぜい10名程度の人が見てる位じゃないか。
一ヶ月分の記事ごとのアクセス数を見たら、
何かどうでもいいみたいなタイトルのついた、
ほんの数行何か愚痴のようなものを書いた記事が
断トツに高かった。
別に詩みたいなのや小説みたいなの書いた記事が
高い訳じゃなかった。
だから必死こいて書いて、
書いた本人がばかみたいに
泣いたりするような記事が
必ずしもそんなに読まれてはいないと言う事だ。
数打ちゃあたるみたいなやり方はもう限界があるだろうか。
数にこだわるならもう
どうでもいいタイトルをつけて
中身もトゥイッターみたいな
数行ちょちょっと私の近況などを
分割して書いといたら
連日高アクセスだったらあまりにやってられない。
不思議なのはよそのブログで
書いていない日の方が多いのに
決して0アクセスになった事がない、
それは何故。

世界を構成し者

まだしばらく世界設定を書くね。ちなみに鳴滝ミオがお送りしてますよと。

「世界には5台のコンピュータさえあればいい」
そんな事をgoogleの会長だかが言ったような気がする。
将来的にはクラウドコンピューティングが主流となろうから、
そうなればほとんどのコンピュータはネットブック程度のもので事足りてしまう。

このお話の中に、仮想世界を構築する為の、グリッドコンピューティングサーバーがあります。
数万台規模のコンピュータ群を一つのサーバーと見なすと、
この仮想世界を実現するのに、
五つのサーバーが存在しています。
順にそれらの名前は、「キャスパー」、「バルタザール」、「メルキオール」、「メタトロン」そして「メルキゼデク」。
世界の維持にはこの5台で十分だったのですが、終わりの時間近になり、
6台目の末妹が誕生します。
それがこのお話のキーパーソンの、「ラグナ」、通称「ラグナ6サーバーです」
彼女は高度数万キロに浮かぶ人工衛星で、仮想世界ネットワークとは切り離されている。
彼女の役割はやがてあの5台のサーバーの保守など、人の手をかけるべき所が、
そのうち火星上の人が絶滅する恐れが生じた為、
代わりに彼らの監視と補修を行わせる事でした。
しかし当のラグナ自身には、もはや誰も手をかけてくれる者はいない。
あと未確認情報で、7番目のサーバーが潜んでいるとの事、
これも独立型で他のサーバー群とは違い、超小型で、人型をしているらしい。
それが何の為存在してるかはなぞのままです。
お次は登場人物の紹介かな、
まずは不祥ながらわたし、鳴滝ミオから始めますか。