僕は覚醒剤取締法違反で逮捕された、元教員です。










心を病んでいる人って、衝動的に誰かを傷つけて自分を守るというようなことがあるのでしょうか。


NAに通う前の僕は、なんでも人のせいにしては相手の言動のおかしさにずっとイライラしていました。










「やられれば、やり返す」


「売り言葉に買い言葉」


同じ土俵に立って自分を下げることの無意味さにやっと気がついたのです。


アンチのコメントはサラッと流せるようになったのですが、相手のブログを何回も見てしまいます。









俺って、嫌な性格ですよね。


もう心に蓋をすればいいのに、相手からどう思われるかをまだ気にしているという…


その人も他者から認めてほしい願望が強く、僕もそこの部分が共通しているのだと思います。









周りの人をも不快にするから、本当迷惑ですよね。


思っていることをなんでも書けばいいってものではない。


特に文章の場合は、相手が何度も読み返すことができるわけで。










手紙の時代の方が手軽さがなかったから、まだ相手意識を常にもって文章を考えるので

平和だったのだろうと思います。











とはいえ時代の変化についていけない者は、煙たがられるだけです。


無意味なものは心から追い出し、意味あるものを吸収する。










それがしやすい現代だからこその生き方について考えて行動していけたら…と思います。










さて、この3日間彼が家にいません。


塾さえなければ実家に帰るのですが、とりあえず昨日の夜は塾が終わってからGTOを何話か観て、

いつもより少し夜更かしをしてベッドを独り占めしました。












至福の時でした。


今週も土曜まで昼職ありです。


週1休みが続くと、その1日は心身の回復に充てるぐらいしかできないのですが、

今週末はNAでクリーン1年のバースデーミーティングを開いていただけます。









以前にも書いた通り、ここは通過点です。


これをゴールと捉えて再使用してしまう仲間を数人見てきました。











その人が悪いのではありません。


病気だから再使用というより、再発というのが適切な言葉かもしれません。











「どうせまたヤクするよ?」


という嫌味か妬みか奮い立たせるための応援かよくわからない、見たことない方のコメントに執着せずに

今日もまたクリーンを伸ばしていくだけです。











僕は、覚醒剤取締法違反で逮捕された元教員です。










昨日の草刈りは予想以上にスムーズにできました。

ホッとしています。










今朝はひどく寝不足です。


彼が早起きしないといけない前日は、自分も早く寝て早く起きないと…と思ってしまい、

結局こんな感じになります。


最近暑くなってきたので、それも関係あるのかな。









去年の今頃は…とカレンダーを振り返ると、


NAに初めて参加したりあちこちのダルクの見学に行ったりしていました。









「回復と向きあう」


毎日このブログを書き続けることの意味はそこにあります。








僕が自分自身を信じること。


自分自身を裏切らないこと。


この1年で何が変わったのか。








相変わらず人のことを優先しては他者からの評価を求めようとするし、

先のことを取り越し苦労し、不安でいっぱいになることもあります。


処方薬の減薬もあまり進んでいません。








でも、少しだけ怒りっぽくなくなった。


少しだけ「ごめん」が自ら言えるようになった。


少しだけ自分を正しく見つめられるようになった。









今でも薬物欲求は現れるけど、

手に入れないし使わないから堂々と外を歩ける。


パトカーに怯えたり近所の目を気にしたりせず毎日が送れる。









一度でも再使用してしまえば、もうきっと歯止めはきかない。


僕は薬物依存症者だから。









この事実は、変わらない。


一番の変化は、自分が薬物依存症であることを受けいれたことかな。









今日も一日クリーンで!


















僕は覚醒剤取締法違反で逮捕された、元教員です。










昨日久々に23時に寝たので、スッキリした朝です。


いつもこれぐらいには寝たいところなんですけどね。


NAは休みました。










今日は草刈り機を使っての作業です。


僕は超絶不器用なので、新しいことに取り組むのが本当に苦手です。


うまく刈れるのか…


とりあえずケガさせたり物を壊したりしないよう気をつけます。










新しいことを楽しいと思える人は、うらやましいです。


特に、大人になってからは臆病になっていてうまくできなかったらどうしよう…という気持ちが先行します。


だから、不安でいっぱいになります。


そう考えると、例えば利用者目線であれ、特別な作業があることを予告しておくことが必ずしもいいことではない気がします。


特別支援教育の視点では、「先の見通しをもたせること」が大切だと教わってきました。








急な予定変更などが起こらないよう環境調整したり予定を示しておいたりすることが安心につながる…と信じてきました。


だけど、不安を煽ることにならないよう、その人に応じて伝える場面は臨機応変に…というふうに最近福祉の仕事をしながら考えています。


僕自身も事前に未経験の作業を示されると、当日まで不安が心を支配してしまうので…









今日の作業はお客様がいるので失敗は許されませんが、最近完璧を求める人ほど空回りしているな、と自分や周りの人を見て思います。


結果ばかりを見ようとしてその過程を楽しんでいなかったり

失敗してはいけない…と力が入りすぎたりすることが原因だと思います。











今日は100点じゃなくていい。


うまくいかないところは謝ればいいし、誰かにヘルプを出せばいい。









行ってきます!