僕は覚醒剤取締法違反で逮捕された、元教員です。







薬が止まっている(再使用しない)ことを回復と呼ぶなら、僕は順調に回復しているといえます。


もちろんそれは自分の意思では成せなかったことです。

薬物衝動は1か月から2か月に一度やってきます。

しばらく続くこともあれば、数日で落ち着くこともあります。










今の状況から考えるとこの先、いつか再使用はしてしまうと思います。


昨日は診察で先生に正直に伝えました。


先生も長年の経験から、そんな患者を多く診てきたことでしょう。









先生は基本的に求められない限り自分の意見を言わないスタイルです。


最後の診察にして時間をたっぷり取ってくださることがありがたいです。

それすらマイナスに捉えてしまうこともあったので…

こいつは面倒な患者だから、時間を取らないと文句を言ってくると思われているのか、それとも治療のために時間を取る必要があると考えているのかすらわからないままです。









だけど、そんなことを僕が知る必要なんてないんですよ。

あらゆることを気にして世の中の複雑さを嘆くことに意味はありません。

それに「世の中そんなに複雑なものではない」というのが、ここ数日大切にしたいと思う価値観です。









自分が思うほど、何も考えてはいない人が大半だということ。

「気にしない」ことを頑張ればいいんだなと。


なんでも真剣に、そして深刻に捉えてしまうけど

そこで生じる迷いや悩みに、別に深い意味はないのです。









昨日暇だったので、自分のいくつかのブログ記事を並べてチャットGPTに

性格と心理を尋ねてみました。


彼らはものすごく気をつかってくれるので、

「ストレートに」「辛辣に」なんてワードを入れて答えてもらった結果、

「もう日記を書くのをやめたら?」









そう言われてしまいました。

「これ以上自己理解を深めても無意味。

しんどくなるだけ。」なんだと。


彼の意見をきいて、やはり世の中をもっと単純に捉えていく必要があることについて考えさせられました。








2日前に彼氏と軽いケンカになりました。


彼氏が仕事終わりに浮かない表情をしていたので

「どうしたの?」と訊きました。


一旦言いかけて、黙りました。

しばらくして「整理して明日になったら話す」と、そのまま思慮深い顔をしているのです。


僕はそのことが気になって気になって…









結局昨日そのことで怒られました。

僕がすぐに答えを求めようとするから。

だけど、そんなに嫌な態度を取るくらいなら「なんでもないよ」と誤魔化せばいいのに。









昨夜やっと重い口を開きました。

…生徒が学校でOD(オーバードーズ)したとのことでした。

処方薬です。

以前自殺未遂を起こした子らしいです。


それで僕が薬物に飲まれた時の状態をフラッシュバックしてしまったそうです。









僕に伝えたら、僕もフラッシュバックするんじゃないかと彼自身の気遣いでした。

傷ついているのは、当事者だけではない…

改めてそう思いました。


うまくいかないことがあると自分の中に原因を求めた結果、投げ出したくなることもあります。


静かに終えたい人もいれば、人の注目を引きたい人もいます。









心が健全でないと物事の捉え方を悪い方向・難しい方向に誤った結果、

いのちに関わる行動を起こしてしまうことがあります。


ただ、世の中はそこまで難しいものではないのです。

たとえ難しくても、そこまで考える必要はない。









精神科の先生が言った、

「もうちょっと歳を取れば変わってくるよ」という

なんの根拠もない一言に

少し堅い心がほどけた1日でした。












僕は覚醒剤取締法違反で逮捕された、元教員です。








朝早く目が覚めました。

一人の時間ってものすごく大切です。

家族がいるから毎日は鮮やかなものになるのだけれど、

それでも周りのことを気にせず一人でホッと一息つく時間はとても愛おしい。









僕は以前から書いている通り、

性欲と薬物欲求の区別がつかなくなっています。


タイプの人を見てかっこいいとかかわいいとかそういう感情こそ湧くものの、

その人と性行為をしたいという気持ちにはならないのです。









なんだか面倒だと感じてしまう。


ゲイの世界は、生物学的に男だからか

結婚という制約がないからか

割と誰とでも性的欲求を気軽に満たす人がいます。


それに関して僕は軽蔑も否定もしません。


なぜなら僕自身がそうやって生き延びてきたからです。








ただ、そこからHIVになったり、薬物を使用することにつながったりしたのはまぎれもない事実なので

結局は誰彼かまわず性的欲求を満たすという行為は否定されるべきなのかもしれません。


そういう行為を繰り返すということは、

そこから何かしらの「快」が得られるからだとは思います。










人間、自分の意思で繰り返し行う物事には「快」が存在する。

それが倫理的に正なのかは別として。


・好きな音を聴く

・柔らかいものに触れる

・好きな匂いを嗅ぐ

・好きな食べ物を味わう

・見たいものを見る









これは基本的にほとんどの人に先天的に備わっている機能で、「快」を生む行為である。


その行為を行うことで心が正の方向に動かされる。


もちろん心に負を生み出すのもまたこれらの機能のせいである。









人間は生きていく過程で、これらの機能に振り回される。

つい、これらの機能から得る刺激に過剰に反応してしまう。


それが人生を喜びに変え、悲劇にも変える。









…なんかカッコつけて書いてしまったけど、

結局欲求をコントロールするのはとても難しいのです。

刺激の受け取り方を脳で作り変える。


…人間には理性というものが存在するのだから、

冷静に物事を判断できるような環境を自分で選ぶしかないのです。








時々「快」に負けそうになるけど、

リスクを冒すより無難な生き方を選ぶのも

生き延びる術なのかな?と思います。


もちろん最近書いたように、

やりたいことを実現することも

日々明るく生きるためには必要なことなんですけどね。







だから思うこととして、

人間は「楽しく生きる」ことを使命として生まれてきているわけではないということ。


自分がここに存在していることに深い意味はないということ。


だけど、どうせ生まれてきたのなら

明るく生きたほうがよくない?って最近思うようになっただけです。








何が言いたいか。

きれいにまとめたくなるけど、

難しく考えても一つの答えには辿り着かないものですね。

ここで人生悟ってしまったら、終わりですよね。

平均寿命の折り返しにもまだ到達していないのに。









罪さえ犯さなければ、自分の気の向くままやっていけたらいいのかな。













僕は覚醒剤取締法違反で逮捕された、元教員です。










今朝はいつもより元気です。

些細なことでうまくいかなくなるかもしれないけど、まだ起こりもしないことを気にしてばかりいてはいけません。


昨日自助グループの帰りに仲間から、アドラー心理学の本を勧められました。

人から勧められたものには普段あまり飛び付かないのですが、興味があったのでアプリで購入して読み始めました。










フロイトは原因を追求するけど、アドラーは未来志向。可能性を追求する。


そこが今の自分の求めていることなんだろうなと思いました。


今の時代、何かあるとまず原因を探るのが普通です。









だけど過去は変えられないのだから、これから何をどうしていくかに目を向けるほうが大切だと思います。


今日頑張れば明日は休みです。


なんか毎回休みのたびに休みだ休みだと言っているからか、ものすごく休んでいるような書き方になりがちですが、

休日がシフト制のためそうなっているだけです。








これからどうしたいか…

実現する目標ばかりではなく実現できない可能性も含めて考えると毎日が鮮やかになりそうです。


・自分で塾を経営する

・田舎に移住する

・ゲイ受けしそうな色黒細マッチョを目指す








いつも周りの目を意識するから、最適解を示そうとするけど、

自分の人生なんだから犯罪を起こすくらいなら

我慢なんてしなくていいはずです。


常識的に振る舞いたいと思っていても、

すでに僕の変な部分は周りの人は見抜いているわけで…









老いなんて感じている場合じゃない。

今日も爽やかに?頑張ろう。