「ヤシの木みたいな松」に関して、周辺住民と市民団体をはじめとする地域住民の意見は対立している。
もし、松並木を全部伐採するか否かという論点で話し合いを続けているのなら、平行線のまま時間が過ぎるか、勝つか負けるかという決着になってしまうだろう。
この状態から脱却するためには、「対立的な会話」から「探求的な対話」に対話の質を変化させる必要がある。
「探求的な対話」とは、自分の立場や意見を明確に提示しつつも、相手の話に深く耳を傾けて相手の立場や意見を深く理解するような対話である。
どちらが正しいかの判断は保留して、双方の意見の違いがどこから生まれるのかを探求し、内省するような対話である。
このような対話を続けていれば、お互いが相手の視点に立つことができるようになり、共感が生まれる。
共感が生まれれば、「探求的な対話」は次のステップである「生成的な対話」へと進む。
「生成的な対話」に移行できれば、「周辺住民の生活に安全と安心を取り戻し」かつ「松並木を慈しみ、緑のある環境を維持する」といった、双方のニーズを満たす理想的な共有ビジョンが生まれるはずである。
共有ビジョンが見つかれば、次にやるべきは、その理想を実現するために周辺住民と地域住民が協力して行政に働きかけることである。
その際に重要なのは、行政の担当者を自分たちの味方にするということだ。
そのためには、行政の在り方や対応を非難したり、力任せに仕事を押し付けたりしてはいけない。
もし、住民側が攻撃的な姿勢で臨めば、行政側の自己防衛本能を発動させることになり、かえって逆効果になってしまうだろう。
仮に、非難や押し付けという姿勢で当面の解決は図れることができたとしても、それは本質的な解決になっていないので、おそらく先々でまた同様の問題が発生する。
住民と行政の間でも、やはり「探求的な対話」の場を持つことが必要だ。
住民側としては、まず行政担当者の視点や立場を理解して、自分たちの中に行政担当者に対する共感を生み出すことが大切である。
その上で、自分たちの視点や立場を伝えれば、行政担当者の中に自分たちに対する共感を生み出すことが可能になるだろう。
双方の間に共感が生まれれば、住民と行政担当者ともに松並木の維持管理は自分たちが主体的に関わるべきことだいう内発的な動機づけがなされる。
この状態に至ることができれば、「生成的な対話」によって創造的かつ持続的なアイデアが必ず生まれる。
「ヤシの木みたいな松」をきっかけにして、より質の高い関係性と価値とを地域に生み出すことが可能になるのである。
最後に、住民や行政の視点や思いを想像しながら、いくつかのアイデアを考えてみたので以下に記す。
・全部伐採が避けて通れないのであれば、せめて松並木の枝を接木して、命をつなぐことはできないだろうか。
・伐採した後に新たに松を植林し、そこに接木できれば理想的である。
・伐採した松を材料にして、植林した松並木周辺に住民の憩いの場となるようなものは設置できないだろうか。たとえば、ベンチ、あずまや、花壇、遊具などである。
・新たな松並木は行政の管理下に置くともに、行政を支援するための市民ボランティアを立ち上げたい。
・市民ボランティアで、剪定や清掃、松並木を維持する寄付金集め等の活動を行えれば嬉しい。
あくまで頭の中だけで生み出したものなので現実性は乏しいかもしれないが、創造的な解決に向けて何らかの参考になれば幸いである。
(了)