外部環境に支配されない経営術:創造思考型 経営コンサルタント 中村文彦 -2ページ目

「ヤシの木みたいな松」に関して、周辺住民と市民団体をはじめとする地域住民の意見は対立している。


もし、松並木を全部伐採するか否かという論点で話し合いを続けているのなら、平行線のまま時間が過ぎるか、勝つか負けるかという決着になってしまうだろう。


この状態から脱却するためには、「対立的な会話」から「探求的な対話」に対話の質を変化させる必要がある。


「探求的な対話」とは、自分の立場や意見を明確に提示しつつも、相手の話に深く耳を傾けて相手の立場や意見を深く理解するような対話である。


どちらが正しいかの判断は保留して、双方の意見の違いがどこから生まれるのかを探求し、内省するような対話である。


このような対話を続けていれば、お互いが相手の視点に立つことができるようになり、共感が生まれる。


共感が生まれれば、「探求的な対話」は次のステップである「生成的な対話」へと進む。


「生成的な対話」に移行できれば、「周辺住民の生活に安全と安心を取り戻し」かつ「松並木を慈しみ、緑のある環境を維持する」といった、双方のニーズを満たす理想的な共有ビジョンが生まれるはずである。



共有ビジョンが見つかれば、次にやるべきは、その理想を実現するために周辺住民と地域住民が協力して行政に働きかけることである。


その際に重要なのは、行政の担当者を自分たちの味方にするということだ。


そのためには、行政の在り方や対応を非難したり、力任せに仕事を押し付けたりしてはいけない。


もし、住民側が攻撃的な姿勢で臨めば、行政側の自己防衛本能を発動させることになり、かえって逆効果になってしまうだろう。


仮に、非難や押し付けという姿勢で当面の解決は図れることができたとしても、それは本質的な解決になっていないので、おそらく先々でまた同様の問題が発生する。



住民と行政の間でも、やはり「探求的な対話」の場を持つことが必要だ。


住民側としては、まず行政担当者の視点や立場を理解して、自分たちの中に行政担当者に対する共感を生み出すことが大切である。


その上で、自分たちの視点や立場を伝えれば、行政担当者の中に自分たちに対する共感を生み出すことが可能になるだろう。


双方の間に共感が生まれれば、住民と行政担当者ともに松並木の維持管理は自分たちが主体的に関わるべきことだいう内発的な動機づけがなされる。


この状態に至ることができれば、「生成的な対話」によって創造的かつ持続的なアイデアが必ず生まれる。


「ヤシの木みたいな松」をきっかけにして、より質の高い関係性と価値とを地域に生み出すことが可能になるのである。



最後に、住民や行政の視点や思いを想像しながら、いくつかのアイデアを考えてみたので以下に記す。


・全部伐採が避けて通れないのであれば、せめて松並木の枝を接木して、命をつなぐことはできないだろうか。


・伐採した後に新たに松を植林し、そこに接木できれば理想的である。


・伐採した松を材料にして、植林した松並木周辺に住民の憩いの場となるようなものは設置できないだろうか。たとえば、ベンチ、あずまや、花壇、遊具などである。


・新たな松並木は行政の管理下に置くともに、行政を支援するための市民ボランティアを立ち上げたい。


・市民ボランティアで、剪定や清掃、松並木を維持する寄付金集め等の活動を行えれば嬉しい。


あくまで頭の中だけで生み出したものなので現実性は乏しいかもしれないが、創造的な解決に向けて何らかの参考になれば幸いである。


(了)

周辺住民からの「枝葉を切って欲しい」という要望を受けた行政は、ニーズに対して迅速かつ丁寧に対応はしていると思うが、自分の頭でちゃんと考えていない印象を受ける。


言われるがままに行動しており、受動的かつ反応的な対応である。


そのために住民の要請の根底にある本質的な問題を定義できていない。


これが今回の事態を招いてしまったと言える。



創造思考型経営においては、顧客から提示された要求に受動的・反応的に対応することは厳禁である。


顧客との対話や観察を行うことで、ニーズの背景や意味を探究し洞察し、その上で課題を再定義し、潜在的なニーズを顕在化させる。


なぜなら、人間というものは、自分の真の課題やニーズに気がついていなかったり、見落としていたりすることが多いからである。



対話や観察を行えば、顧客に対する共感が生まれ洞察が可能になる。客観性を保ちつつも、相手の立場や視点を得られるのである。(これが創造思考型経営における「インサイトマーケティング」である)



行政が周辺住民の声に深く耳を傾ければ、周辺住民のニーズは「安心して生活したい」ということであり、「枝葉を切って欲しい」というのは表面的なニーズであることに気がついたはずである。


対話をすることで、周辺住民には、松並木に対して被害者意識だけではなく、愛着があることも理解できたはずである。



松並木を自分の目でじっくりと観察すれば、周辺住民を含めた地域全体の住民と松並木との関わり合いも理解できる。


住民の松並木に対する思いや、住民が松並木から受けている恩恵も明確にすることもできる。


そうすれば、周辺住民だけでなく、この件に関しては市民団体をはじめとする地域全体の住民との対話が必要なことがわかるはずである。



そして、多くの地域住民が参加する話し合いの場を持てば、周辺住民やその他の地域住民の間にも共感が生まれるとともに、行政も自分自身がこの問題に大きく関与してることに気がついた可能性がある。(これが創造思考型経営における「ホールシステムアプローチ」である)


行政は、地域住民の生活や人生と深く関わりを持つ松並木に対して、自分たちが「管理外」ということで無関心であったことが、問題の本質であると再定義できたのではないか。


問題の本質を定義できれば、今回の事態に対しては、住民すべてのニーズを満たす創造的な解決策を生み出すことができたと考えるのである。



さて、樹木の専門家は「手の施しようがない」という判断を下しているが、現在の状態からでもできる創造的な解決策はあるはずだ。


次回は、「ヤシの木みたいな松」に対して少しでもポジティブな解決策を生み出すために、私なりの提案をしてみたいと思う。


(つづく)

まず、本件の経緯を時系列に記載する(あくまで番組で放送された範囲の理解なので、その点はあらかじめ了承いただきたい)。


・この松並木は、行政からすると管理外の自然物なので、枝葉は伸び放題の状態であった。


・被害に困った周辺住民は、枝を切ることを行政に依頼した。


・管理外の物であるが、行政としては周辺住民と通行者の安全性に配慮して、要望どおり枝を切ることにした。


・伐採するのは、住宅側(道路側)に伸びている枝とした。


・行政は、伐採を土木工事業者に発注した。


・発注された土木工事業者は、松のてっぺんまで届く機材を有していなかったため、所有する機材で届く高さの枝をすべて伐採した。


・ところが、被害はいっこうに軽減しなかった。


・周辺住民は、引き続きの対応を行政に依頼した。


・行政は、反対側(河川側)に伸びている枝も伐採することとし、土木工事業者に仕事を発注した。


・業者は、前回と同様に自社の有する機材の届く範囲で枝を伐採した。


・その結果、松並木はてっぺん部分だけに枝葉が残る異様な姿(ヤシの木状態)になってしまった。


・ヤシの木のような松並木は以前にも増して風の影響を受けるようになった。


・高い箇所から飛んでくる枝葉によって、かえって被害や危険度が増してしまった。


・しかたなく周辺住民は、松並木の全部伐採を行政に要請した。


・行政は、全部伐採をすることを決め、その旨を看板などで周辺に知らせた。


・全部伐採の計画を知った市民団体から行政に対して抗議が寄せられた。


・住民間での意見対立が発生したため、行政としては住民どうしで決着がつくまで全部伐採することを保留した。


・住民間で話しあいをしているが、現時点においては、意見の一致がみられていない。


・騒ぎを聞きつけたテレビ局が取材にきて、番組で放送した。


以上が事の経緯である。



「もっと早い段階で、私に相談して欲しかった・・・」


テレビ局取材班が、この松並木を樹木の専門家に見せた際のコメントである。


専門家によると、この松並木には剪定(せんてい)が必要であったが、現在の状態は剪定とはほど遠い状態になっているという。


剪定は樹木の最も高い枝から切るのが当たり前でなので、松をこのような姿にしてしまうのは信じられないということである。


こうなっては、手の施しようがないというのが専門家の判断であった。


この問題の原因は「専門家に伐採を依頼しなかったことである」と、とらえることもできるだろう。


しかし、創造思考型経営の視点からは、問題の本質はもっと深いところにあると考える。


いったい何が「ヤシの木みたいな松」を生み出してしまったのだろうか?


(つづく)