前回の記事の続きを昨日書くはずだったのに、遅れました…![]()
私の嘘つき野郎っ!ごめんなさーい![]()
前回の記事に引き続き。もっと書きたいことは他にあるのですが、一週間が早い!時間がない!というワケで、少し手抜きします(笑)(そして、基本な手抜き気も…汗)
さて、しばらく前のブログ記事で客観性について書いたのですが、その時の文章を引用したいと思います。
(引用)
私は、基本的に「絶対的客観」というものはあり得ないと思っています。それは、私たちが例外なく、自分の自我意識から逃れられないからです。身近な例えでいえば、他の人と同じ事象を見ていても、その人とは全く違う感想を持っていた、ってことありますよね。コンセンサスとして大勢の人が承認する「相対的客観」はあるかもしれないですが、「絶対的客観」を証明するのは、なかなか難しいと思います。(むしろ、そんな方法があったら、見てみたいなぁ!)
つまるところ「客観的に見る」というのは、実際「主観を拡げる」ことだと思うのです。
主観が一辺倒で狭いものだと、「独り善がり」になってしまいやすくなりますし…だから、様々な方向からの視点や多面的な思考などを取り入れて、主観を拡げることが、より豊かな世界観を創り出してくれるのではないかなぁと思います。
(引用終わり)
この「主観を拡げる」、もっと平たく言えば「視野を広げる」のには、海外に行くのはとっても手っ取り早いことでしょう。海外に住んだ経験がなくても、たとえば海外旅行などでも感じることが出来ると思いますが、「日本を出ると、日本がより見える」という現象です。
私たちは、ある一つの体系に組み込まれていると、安心や土台も得ますが、その代わり、その体系のルールなどに縛られます。この「縛られる」というというのは、実際の感覚で「苦しい」と感じるだけでなく、むしろ「苦しい」という感覚はなく「安心・安全」を引き換えに得られるという逆の感覚も存在し、はたまた、それがディフォルトになり何も感じない、つまり無色透明になるという現象も存在します。しかし、この、一つの体系の内部では無色透明だったものが、そこから飛び出し他の体系と出会うことで、初めて有色となり知覚できるのです。
そういうことを半強制的に起こさせるには、海外に住むのは良いことかもしれません(笑)
そして、この観点(ものの見方)は、一個人の身近なところから、宇宙観のような壮大な事柄まで適用することが出来ます。
…が時間がなくなってしまったので、この続きは明日書きます!!!
あっ、今日はバレンタインですね!(忘れてた!笑)Happy Valentine's Day![]()
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ギターカイです。ひさびさ投稿なのに単なる日記です(^^ゞ
昨晩は仕事も早々に切り上げ、30年くらいの付き合いのロックバンド仲間の通称ミスターとSさんと3人でスタジオ入りました。
身体もだいぶ衰え、たまにしか合わせられないけど音を出すとまるで生き物みたいに空気がうごめくあの感覚と音圧…この人たちとしか出せない変わらない音にしばしトリップ。
スタジオの外に出ると周りの人が空を指差してました。
月食が始まったところでした。
珍しくミスターがSさんを家まで車で送るっていうので3人で少しドライブしました。昔に戻ったみたいなシチュエーションだけど通る道はすっかり昔と様子が変わって知らない道のようでした。
頭上には怪しげな月、同じくらい怪しげなおじさん3人を乗せた車。なんだかSF映画の異次元の乗り物に乗ってるような、どこかで見たような、不思議な気分で楽しくなりました。
そういえば昔この3人でやりはじめたバンド名はコズミックトリップだったな…
家の近くで降ろしてもらい、上を見上げると月はこれまで見た事のないような赤茶色になっていました。









