知り合いの人のブログを読んでいたら、かさこさんという人のブログについて言及があって、覗いてみたのだが…
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ミスドで2個無料ドーナツもらうために行列するバカは生き方を考え直しなさい~三太郎の日はバカ太郎の日
わざと行列させて宣伝する手法?世紀の愚策!ミスド三太郎の日行列がひどいのでミスドに改善提案してみた
うーん、正直もったいない!
個人的には似たような意見だし、私なら絶対並ばないだろう。しかし、それを「バカ」と言った瞬間、個人のジャッジメントになるし、感情がこもる。
ご本人が所々で客観性を重視するわりには、「バカ」「バカ」沢山書いてあるので、鋭いメッセージよりネガティブな感情が伝わってきて、ちょっと読むのが嫌になってしまった。
実際、ミスドに提案までするという「行動に移した」ことは、本当に愛のある行為だと思うし(私だったら無関心)、行動の重要さが腑に落ちて身についている、という意味でも、さすがはセルフブランディングを教える人だけのことはある。
でも、「バカ」と表現する裏側には「280円の価値のために30分も並ぶ人間は皆、好きなことを仕事にしていないし、それで食っていない、周りの迷惑も考えられない、身も心も貧しい人間」というようなジャッジメント(定義づけ)がついてきてしまう。かさこさんは、実際会うと大変物腰の柔らかい人なのだそうで、もしかしたら、過激商法なのかもしれないけれど(笑)
お話自体はとてもエキサイティングなので、「バカ」はもう少し控えめにして、その炯眼をもって縦断無尽に文才を発揮してほしいですね![]()
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さて、この話はこれくらいにして、今日は「客観性」のお話でも。
私は、基本的に「絶対的客観」というものはあり得ないと思っています。それは、私たちが例外なく、自分の自我意識から逃れられないからです。身近な例えでいえば、他の人と同じ事象を見ていても、その人とは全く違う感想を持っていた、ってことありますよね。コンセンサスとして大勢の人が承認する「相対的客観」はあるかもしれないですが、「絶対的客観」を証明するのは、なかなか難しいと思います。(むしろ、そんな方法があったら、見てみたいなぁ!)
つまるところ「客観的に見る」というのは、実際「主観を拡げる」ことだと思うのです。
主観が一辺倒で狭いものだと、「独り善がり」になってしまいやすくなりますし…だから、様々な方向からの視点や多面的な思考などを取り入れて、主観を拡げることが、より豊かな世界観を創り出してくれるのではないかなぁと思います。
とは言っても、内省を込めて、客観的だと信じて疑わない自分の主観で、人や環境を判断している時も多々ありますがね…(汗)私にとって、そういう自分をニュートラルに戻してくれるのが音楽であり歌なのかなぁと思います![]()
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女子会で行った横浜中華街で飲んだお茶(o^^o) キレイでした〜
