昨晩、そろそろ寝ようとしたところで娘が言った。


「七夕の短冊を書きたい!」


なるほど。七夕だったか。


豪雨になることばかり気にしていて、七夕のことを忘れていた。準備をしていないが、確か以前に買った短冊の余りがあったはずだ。引っ張り出して早速、娘に一枚渡した。



娘は、待ちかねたようにこう書いた。そうだよなと胸がうずいた。娘はさらに「もう一枚!」と言って2枚目の願いを書いた。



「ごうていがほしいです!!」

自分の名前の後に点を打って、彼女の名前を続けている。「ごうてい」は、過去記事「豪邸計画」 に書いたとおり、彼女と娘が一戸建てに引っ越ししたがっていることに由来している。


この2枚を写真に撮って、彼女にLINEした。すると彼女から、すぐに返信があった。


「娘ちゃんがママに会えますように」


彼女の願いを、僕が短冊に代筆した。



さらにもう一枚の「やせたい」は、説明の必要もない。僕の願いだ。娘と彼女の願いと比べ、やや少しだけ、卑近で利己的なように思えるが、健康第一を願うことは恥ずべきことではなかろう。



しかし少し視野を広げ、3人の幸せを願うことにした。


すると娘がこう書いた。まずは彼女と3人で「家族になれますように」ということだ。ごもっとも。これは娘が正しい。


その後も何枚か短冊を書いて、結果こうなった。もともと七夕を忘れていたので、笹の葉などない。代わりに仏壇にあったシキミの切り花に掛けてみた。


そんなことをしていたら、2年前のことを思い出した。2年前の七夕も笹の葉がなく、娘が育てていた朝顔の鉢の支柱に、短冊を吊るしたのだった。



これがその時の写真。まだ妻が生きていて、まだ字が書けた頃で、一緒に病気が治るようにと願いを書いたものだ。


そうだ、今回使った短冊は、このとき買ったものだった。昨年は介護負担が激化し、七夕もスルーした。短冊の余りが、そのまま残っていたのだ。2年前の記憶がにわかに蘇った。


一晩が過ぎて今朝のこと。娘が、短冊を掛けた仏壇を見て言った。


「一晩経ったから、願い叶ったかな?全部叶って欲しい、豪邸も!」


さらに続けて言った。


「願いが全部叶うように、ママにお願いする!ご飯大盛りにして線香もたくさん焚く!」


毎朝、娘と僕は仏壇に祈っている。その時、僕が水をあげ、娘がご飯を盛って、一緒に線香をあげるようにしていて、娘は普段より大盛りにご飯を盛ったのだ。



七夕が、いつの間にか、ママの仏壇への祈りに変わってしまった。しかしそれはそれで良いのだろう。天よりも神様よりも、まずママにお祈りするのが先だと思う。亡くなった妻も喜んでくれるだろう。


ただ2年前には、天に届けと、妻とともに願っていたのに、今はその妻に向かって祈っている、その変化が、何と表現していいのか分からない気持ちを湧き起こさせた。


この記事のタイトル「七夕の願い」としたが、確認してみたら、2年前も全く同じタイトルで記事を書いていた。

読み返して少し複雑な気分になったので、リンクしておく。



最後に、これは2年前の同じ頃、世界ALSデー in NAGOYA の寄せ書きに妻と僕が書いたものだ。この頃、なにかにつけ、妻のALSが治るように、あちこちに願いを書いていたように思う。そんなことを思い出した。