私は忘れてしまっていましたが九大病院でも腫瘍を抱え暴れ
出したから抗がん剤の治療をして、また自宅に戻る、いわば
町工場でボディを修復して自宅に戻るプロの患者がいました
おっさんも同じ感じの患者だったんです。不慣れな私は生真
面目に1回の化学療法で治るものだと思い込んで、若しうま
くいかなかったらホスピス病院行だ、と勝手に思い込んで、

落ち込んでいた時にこのようなプロの患者と出会えたことは
幸運でした。以来、時間があれば、おっさんの話を食い入る
ように聞いては、なるほどと感心したものでした。そうして
余裕が生まれてきました。おっさんは”1回の治療が終わっ
たら先生が一応、病院で入院での治療を行いました。残念な
がらまだ効果が現れてはいませんが、一旦、退院して自宅で

体調を整えて通院しながら化学療法を継続しましょうと言う
はずです”と予告しました。私は体力には自信がありました
ので病院に残って治療を継続すると言われると思いましたが
黙っていました。そうして”腫瘍と対峙する心構えとして忘
れないで欲しいのは絶対に諦めないことです。そうして悲観
的にならず楽観的に考えることが大切です”と同病者として
は心を打つ言葉を頂きました。

  病人は心にもない上っ面の言葉には異常に敏感です 
  体験から出た言葉は重みがあります ぐっさんハイ

 

おっさんは福岡近郊から最初は福大が近いということで肺に
腫瘍が出来、治療を受けたところリンパ節から脳に転移して
ウチより、がんセンターで治験を募集中だからそちらで新薬
の提供を受けてみてはと推薦されたので来た。治験を受療し
て結果はまだ出ないが25日頃また出直して、どうなるのか
まだそれからだ、九大病院にも行ったが若造の医者が高飛車

に出たので癪に触って行かなくなったなどと、まくし立てて
いました。そうして私をみるなり”あんた、これから薬の治
療ですか?”と水を向けて来たので”ここでは再発して、始
めて抗がん剤の治療を受けたばっかりです”。と応えました
”始めて?それじゃ、まだ治療か治る治らないのレベルじゃ
ないよ。これから何度も薬を打って腫瘍が消えたら万々歳。

消えないにしても腫瘍が悪さをしなけりゃいいじゃない。そ
れが腫瘍との付き合い方なんですよ”と言われ電気を打たれ
たような気持になりました。そうして”偉そうに言う私だっ
て何度落ち込んだか分かりません。実際、肺の腫瘍はそのま
まだし今度は脳に転移している、だからと言って同情された
り深刻に悩んだりしても家族が暗くなってしまうでしょう。
明るく行きましょ”と呟いていました。

 どうせ一度は死ぬんだ。だったらなるようになれと開き
 直りを口にする、どこにそんな不敵な心構えが潜んでい
 るか分からないような御仁でしたが、おっさんいやナイ
 スガイに敬礼!    野生の会 会員 ぐっさんハイ

 

延長した抗がん剤の治療を終え主治医が頻繁に病室に来ては
患部の触診を行って化学療法の効果を確かめようとします。
そうして”まだか”と呟いて消えて行きます。単細胞の私は
今回の治療を受療すれば必ず治る、いや治すという強い気持
ちで臨んだのですが結果は今のところ効果は現れません。
段々不安になり、まるっきり苦しまなかったのが結果として

効果がなかったんだとか急速に不安や焦燥感が押し寄せてき
ました。気持ちを紛らわせようと外に出て歩いてみたりテレ
ビをみたりいろいろやってみましたが不安が増すばかりでし
た。そんな時、談話室で足を投げ出して大声をあげながらし
ゃべっている、おっさんをみかけました。周囲が迷惑そうな
顔をしても構わずしゃべり続けています。その時、治験云々

という話を耳に挟み興味が沸きました。おっさんも、ひょっ
としたら私と同じように「治験」でこの病院に来たのではと
思いました。で、翌日おっさんが談話室で一人でテレビを見
ていましたので名乗ってから”昨日、治験で来たことでこの
病院と縁ができたみたいな話をされていましたが、実は私も
治験が縁でお世話になっているんです”と口上して意外な話
を伺うことになりました。

 順調に治療はすすんだのですが肝心の腫瘍は変化が
 みられず不安の気持ちが押し寄せてきそうになった
 時ヘンなおっさんが意外なことを教えてくれました
  ヘンなおっさん連合会 博多支部 ぐっさんハイ