どちらも表舞台から姿を消してしまいましたが、ジパングの
報道屋のようで先走った話です。1軍に昇格したばっかりの
日ハムの清宮選手を、今や国内外のヒーローである大谷選手
と同列に語るなんて気恥ずかしいですがBSで楽天との対戦
でDHとして6番打者で先発出場していました。相手投手は
楽天のエース岸 投手。デビュー戦の初打席で見事に二塁打

を放っていました。観戦していたお父さんを喜ばせていまし
た。打たれた楽天のバッテリーは舐めたらイカンとふんどし
を締め直し、次の打席からは連続三振で日ハムのファンをが
っかりさせていました。しかしその後も清宮選手は内野安打
を重ねて新人としての連続安打を更新中とあって、強運の主
でもあることを見せつけています。一方、大谷選手は安打を

打つごとにアナウンサーが”オオタニサ~ン”と日本流の敬
語を連発していました。試合中、ファーストに駆け込んだ時
に足首をねん挫して退場しましたが私にはガラス細工のよう
なヤワに思えました。案の定、野球界のご意見番である張本
氏は”明らかに練習不足。もっと走り込んで足腰を鍛えない
と。そうしたらもっとすごい選手になる”と苦言とゲキを飛

ばしていました。大リーグの世界に飛び込んだ先輩、田中、
前田、ダルビッシュ有などが先輩たちが苦戦中、特にダルビ
ッシュはいまだに勝利していない中、早々に3勝目をゲット
改めてオオタニサ~ンの実力と運の強さを野球界に拡散して
います。ソフトバンクでは詐欺師みたいな存在でしかなかっ
た松坂投手が”来季イチローさんが来日したら投げてみたい
”とほざいていましたが心臓だけは健在ですな。

 大リーグの選手諸君 ぺっぺぺっぺとツバを吐かないで
 ください。 マナーアップ委員会 会員 ぐっさんハイ

 

突然音信不通になってしまいご心配をおかけしました。実は
5年目を迎えた喉頭がんの定期検診を受検して”異常なし”
という嬉しく有難い診断を受けて、その前夜、腫瘍内科の担
当医に家内が”主人のおしっこの回数が2日まえから増えて
きた”と電話で話をした流れを受けて腫瘍内科を受診する羽
目になり診断の結果”化学療法で免疫力が低下したことで、

ウィルス性膀胱炎”と診断され担当医から”幸い個室があり
ますから。このまま入院して治療を受けたら如何ですか”と
言葉は丁寧ですが有無を言わさぬ言動に準備室に連行されま
した。そういえば1年前でしたが腫瘍内科の受診中に脈拍が
30台と極端に少なくなっているところから病院に留め置か
れてペースメーカーを装備した前科があり、かみさんに”こ

のまま病院にお泊りだ”と言いましたらさほど驚いた様子で
はなく、鍋釜、、いえ洗面道具や下着を抱えて飛んで来てく
れました。担当医が個室といったのは15分から20分の間
隔でトイレに行きたくなる症状だったんです。私は特効薬を
使う治療だからすぐ帰宅できるとタカを括っていましたら主
治医曰く”ウィルス性膀胱はウイルスを水分で洗い流す対症

療法しかありません。個人差はありますが1週間ぐらいで退
院することになると思います”と言われ水分の点滴を受けな
がら恒例の病棟めぐりを展開する羽目になりました。健常者
の各位には関係のない顛末記になってしまいましたが、私の
ように病と濃厚な関係にある者は化学療法や放射線治療によ
って免疫力が低下するこよによって悪さをされていまうとい
うお粗末の一席でありました。

 わずか1週間の滞在でしたが目鼻立ちの整った女優の
 ような研修医が伴走してくれるようになり、たまたま
 かみさんが手料理を出前してくれたときに、その女医
 が採血の結果を持って来たときに同席し”きれいな方
 ね女優さんみたい”と激賞していましたのでスマホで
 一枚と思っていましたらスマホが焼餅を焼いて幻にな
 ってしまいました。心残りの入院日記ではありました
       久しぶり血沸き肉躍った ぐっさんハイ

 

昨日、鉄人のお別れの会が広島で行われました。広島カープ
快進撃が続いています。今のプロと名の付く選手なら、すぐ
手当だ、医者だと大騒ぎをするのが当たり前の時代ですが、
このひとはデッドボールで鎖骨を骨折しても翌日の試合には
出場してヘルメットがすっ飛んでしまうぐらい思い切ってバ
ットを振り抜き三振してファンを沸かせたのはナガシマ選手
とこの方が代表格だと思います。そんな鉄人のお名前は衣笠

祥雄さん。プロ野球では王ソフトバンク会長についで二人目
の国民栄誉賞に輝きました。日本記録2215試合連続出場
の記録保持者で、そのほかに数々の記録を持っていますが、
すでにマスコミが、これでもかというぐらい報じていますの
で割愛させて頂きます。衣笠さんは
上行結腸がんのため東京
都内で死去。享年71歳でした。で、私は紙面や画面には出
なかった話でご機嫌を伺いたいと存じます。氏が平安高校時

代に甲子園大会でベスト8になったときの話ですが私がガキ
のころ招待校として我が母校と模範試合を演じて曲芸師の集
団みたいな強烈な印象が今もあります。一塁手なんか両足が
地べたにくっついたり捕手だった衣川氏は捕球と同時に矢の
ような送球で走者を刺したり度肝を抜かれた思い出がありス
コアを忘れるほど格差のあるゲームでした。講演も聞きに行
ったこともありますが紳士的なトークでした。それから何気

なくBSの民放でDeNAと巨人戦を眺めていましたが解説
者が衣笠氏だったんです。歓声があがるなかでの解説でした
が擦れ声で、まるで病人のような弱々しさで声が観客の声に
消されて通らないんです。たまらず実況中のアナウンサーが
衣笠氏の解説を解説するという奇妙な中継でした。こりゃ、
おかしい、なにかあるぞと思ったのは亡くなる4日前のこと
でした。

  半病人の私には異変が瞬時にわかりました 
                合掌 ぐっさんハイ