元気なウチにかみさんと近場の温泉に行きました。抗がん剤
を飲んでいるときで運転に自信がありませんでしたのでバス
にしました。中小企業の運転手らしくひとりでガイドを兼ね
ていました。途中で福岡空港でピックアップするというので
近郊から国内のお客さんを乗せるのかと思っていましたら、
国際線に着きました。日本の方ではなく韓国か台湾のひとだ

と思っていましたらド派手な格好をして少し手の長いおっさ
んが先頭でバスに乗り込みました。中国系はシンガポールや
マレーシアでもそうでしたが、手が長いんです。リザーブさ
れていた前の席に乗り込みました。乗り込んだ隣人たちは5
人でした。東南アジアの客は周囲の迷惑も顧みず大声でおし
ゃべりに興じるというイメージがありますが、今回ジョイン

トした家族の3名と中年のペアは大人しくときどき立ち上が
ってシャッターを切るぐらいで却って関西の、おばちゃんみ
たいに大声でおしゃべりをするおばちゃんたちが主力でした
終始、手を叩いてバカ笑いをして存分にエンジョイしていま
した。それにしてもよくネタが続くもんだと思いました。シ
ョン便タイムをとりながら3時ぐらいに宿にはいました。

天気がよかったので海岸まで散歩しました。またおしっこが
したくなったのでトイレに飛び込みました。家にいるときは
何にも感じませんでしたが薬漬けの私は解毒のため利尿剤を
飲んでいますのでおしっこが近いんです。健常者の違いを思
い知らされました。ひと風呂浴びでバイキングの会場に行き
ましたら台湾から来たファミリーの隣りの席に座りました。

奥さんらしいひとが夕飯を食べるときに”イタダキマス”と
日本語でおどけていました。刺身のコーナーでは女性のコッ
クが”コレハ サバ”とか魚の名前を言っていました。中国
から来てこの宿でバイトしていると言っていました。我々が
気付かない間にいろんな国のひとがジパングに来て働いてい
るんですね。片言の相手の言葉で返す勇気があれば世界観が
広がると思いました。

こないだ意味深なシーンに遭遇しました。インド系らし
き女性が二人ずれで歩いていました。自分の国の言葉で
話せばいいものを日本語で会話していました。年配の女
性が、”アノネ ジョーダン ハ ジョーダン デ ナ
イヨ”。そうして母国語で解説して若いほうの女性が首
を縦に大きく頷いていました。それは日本人のファジー
な文化を皮肉っているようでした。   ぐっさんハイ

 

同じ病名の悪性リンパ腫を克服したレスリングの渡利璃穂選
手に触発されてプールに通うことにしました。見覚えのある
ご婦人が水中ウォーキングの最中でした。私は思い切って”
失礼ですがエッチ社にお勤めになったことはございませんか
”と声をかけました。”エッ!”と発して私の顔をまじまじ
とみてあります。私は慌てて”実は私もエッチ社にお世話に
なっていたOOと申します”と他人行儀な言葉を発しながら

”33年、旧大丸デパートまえの細長いビルでした。OO所
長さんでした”と名乗りましたら”あら,そうですか私は、
31年入社のOOです”と返事が返ってきました。たちまち
ウォークを中止して昔話で盛り上がりました。特徴のある顔
立ちでしたから思い切って声をかけたのですがお互いに現在
の話は固有名詞で立ち往生しますが昔話になりますと機関銃
みたいに言葉が続くんですね。もっとも固有名詞になると、

考え込んでしまいますが。次回は談話室でお友だちとおしゃ
べりをしているから、よかったらいらっしゃいと言われて失
礼しました。思い切ってという話ではプールから帰りがけに
親切そうな方とすれ違いました。私は思い切って”あのう、
こどもにスマホを持たされて持て余して困っています。差支
えなかったらスマホから発信する仕方を教えて頂けないでし
ょうか”と言いましたら、ご親切に”いいですよ”と承諾し

て頂きましたので炎天下しかも階段の途中に後のほうでは座
り込んで電話番号からとメールアドレスからの発信方法を伝
授して頂きました。そうして一度わかったようでもすぐ忘れ
てしまいますからメモしておきましょうと言ってポイントを
書きながら念を入れて復誦しました。難解な専門用語をまく
し立てるんではなく爺の私にも手に取るようにわかりやすい
解説に素敵な方に出会ったものだと思いました。

 素敵なその方は同居しているお母さんに、しょっちゅう
 聞かれて慣れていると言ってありましたが羨ましいと思
 いました。   デジタル化に立ち往生 ぐっさんハイ
     

 

21日は私にとって素晴らしいワンダフル・デーでありまし
た。退院してから3度目の検診で担当医が診察室に入るなり
私の姿をみて”元気そうですね”と声をかけながら”お腹を
診ましょう”言われ横になりました。”突起物もなく順調で
す”と言われて血液検査の結果について解説され、薬害を押
しのけて少しずつデータ上、改善されているとの嬉しい診断
でした。そうして”すぐ再発すると思ってホスピスケアの、

病院の話をしましたが抗がん剤の効果の可能性があると考え
られ(余命)数か月と言いましたが1年以内に修正します。
従ってCTスキャンを8月に延ばします”との嬉しい誤診?
を心地よく聞いて失礼しました。余談ですが医師のひと言は
ひとの運命というか気持ちを変えるという実感を感じながら
かみさんやファミリーそれに親身になって伴走して頂いてい
る方々にお礼の報告をさせて頂きました。ある先輩から検診

前の落ち込んでいる私に”6月17日、西日本新聞の朝刊を
見てご覧、ぐっさんが元気の出る記事が載っているから”と
メールを頂きましたので見てみましたら「闘病の渡利 復帰
戦V 全日本選抜レスリング」という見出しがあり、リオ五
輪前の検査で異常がみられ五輪後に悪性リンパ腫と判明。抗
がん剤や放射線による治療を受けた。昨秋からウォーキング
など軽い運動を始め1月からスパークリングを再開。”本当

にレスリングに戻れるか”という不安と闘いながら地道に心
技体を戻してきた。支えたのは五輪への思い。”メダルを取
りたいという一心でここまでやってきた”。1年10カ月ぶ
りの実戦、苦闘後の復帰戦での渡利璃穂選手が優勝したとあ
りました。いやあ、素晴らしい闘志だと思いました。周囲に
流される私は水中ウォーキングを21日から再開。”久しぶ
りですね、お帰りなさい”というエールを頂きながらウォー
クしていましたら素敵なサプライズに遭遇しました。

 新聞には”リオ五輪の6階級で日本選手がメダルを
 逃したのは渡利が挑んだ75キロだけだった、それ
 を見事に栄冠を手にしたのであった”とありました
             感激症の ぐっさんハイ