益々、本命の腫瘍の治療が遠さかることから私は焦りと不
安になり、かみさんに当たりました。すると彼女は”良か
ったじゃないの、このアクシデントは薬害で弱った身体が
抗がん剤を飲まなくなった訳だからその分、身体から毒気
が抜けて行って体調が整っていいじゃないの”といいます
治験に凝り固まった私は”それはそうだけど治験に間に、

合わなくなって俺の症状には治験しかないと先生が言った
じゃないか、これだけ道草を食ってしまい治験はもう打ち
切りですと言われたら俺はアウトじゃないか”と口を尖ら
せながら言いましたら”あら最初あなたがここに来た時の
ことを覚えている?腫瘍が大きくなって危ないと治験のル
ールを無視して、いきなり新薬を投与されたでしょう、口

では”製薬会社が厳しいと言われますが人命にかかわるよ
うなときは先生の判断で臨機応変に新薬を投与されて(容
体が)落ち着いたじゃないですか、希望者を締め切って治
療をするというのは建前であって、なんとでもなるわよ”
と悲観的で感情論を口にする私と違って、かみさんは実に
冷静に分析をするものだと感心し見直してしまいました。

 今まで付きっ切りだった、かみさんを用事がある時
 だけ来てもらうということにして看病疲れを軽減す
 ることにしました。    出前屋 ぐっさんハイ

 

突然、救急車ので中で目を覚ましました。傍には心配そう
にかみさんが寄り添っています。”おい、どうなっている
んだ、これは救急車だろうが?”と家内に訊ねました。
すると家内は”そうよ、救急車の中よ”と応えましたが、
さっぱり要領を得ません。話を聞いていましたら、団地内
で倒れて同じ団地にお住まいの男性に肩越しに担がれなが

ら自宅の自室に倒れ込んで、外出から戻った家内が救急車
を呼んで車中で意識が回復したということでした。着いた
のは近所の救急病院でなく、がん専門のB病院でした。場
違いではないかと思いましたが医師も担当医でした。レン
トゲンで頭部を撮ったり骨折や擦り傷がないかチェックさ
れて安静状態で、全く動けません。がん患者を看る病院で

すから専門医はいませんが幸い頭部に出血はなく水が溜ま
った状態で少し言語障害があるものの身体が麻痺して動か
ないといった後遺症はみられないということからB病院で
治療を受けることになりました。これでまた本命の腫瘍の
治療は延期になり私は焦燥感に襲われました。そると、
かみさんが意外なことを口にしました。

 歩行中に転倒してしまいました。幸い柔道の受け身
 のような状態で倒れ込んだため頭部のダメージは軽
 微でした         出前屋 ぐっさんハイ

 

帯状疱疹が治っても後遺症というか痛みがひどいんです。
針で差すような激痛が帯状疱疹の跡を襲います。眠気を覚
ますような激痛に悩まされながら自宅療養になり、あまり
身体を動かすようなことは控えるように言われました。友
人の話では”
帯状疱疹といってバカにしてはいけない。そ
の痛みで亡くなることもある”と
教えてくれました。です

から体力を付けねばという思いで私の恩師が95歳という高
齢にもかかわらず歩行器を使いながらテレビを鑑賞したり
用を足す時にも
我々高齢者は「面倒くさい病」と濃厚な関
係になりがちなんですが
師匠は出来るだけ自分で行うよう
にして身体をこまめに使うということを常としてあり、愚
弟子としても猿真似をして身体を動かして、家内が止める

のを聞かず歩行訓練を再開しました。身体を動かすと腹が
減り胃腸の動きも良くなりますから食欲が出てトイレにも
行きたくなります。すぐ腫瘍の治療にかかれるのかと思っ
ていましたが血液検査の結果も思たほど改善されず治験が
遠くなっていきました。モヤモヤしながら団地を歩いてい
ましたらとんでもない事件が起こりました。

 「治験」がどんどん遠くに行ってしまいました
             出前屋 ぐっさんハイ