脳神経の専門医のすすめもあって、また団地内の歩行から
はじめることになりました。ふらつきながら歩行しますの
で見た目にも不安な印象を与えます。かみさんが必ず伴走
して、よろける時など支えてくれます。ありがたいですが
迷惑をかけたくないという思いも強く1週間もしたら自分
で歩くと我を張って一人で歩行を再開しました。緊張して

いるせいか、ゆっくり歩をすすめます。団地の一周が5百
メートルですがとっても長く感じられました。同じ団地で
脳障害で歩行訓練をされている方がありますが元気な時は
なんとも思いませんでしたが自分がこんな目に遭って、は
じめて歩くことがこんなに大変なことはだと痛感しました
医者が言うようにリハビリは神経を刺激して、より高度な

慣れを呼び起こします。普段の動作を復活させようとしま
す。そういえばB病院でも腫瘍と闘いながら不自由な身体
をおしてリハビリをされる方もありましたが、私も退院間
際にリハビリルームをお世話になりました。健常者には簡
単そうに見えたアクションも本人にとっては大変な作業で
した。私はつぎにあるリハビリに挑戦することにしました

 転倒して、はじめの頃。不自由な身体に”オイもう
 冗談はこのくらいにしよう”と何度も呼び掛け現実
 であることを悟った        ぐっさんハイ

 

頭部を打撲して27日目、チェ先生が”少し、ふらつきが
あって不自由でしょうが一旦退院してウチが推薦する病院
で専門医の治療を受け検査経過をみながら腫瘍の治療を行
います。中途半端な処置で治療を強行して頭部に出血して
亡くなった方もあり専門医の判断を待ってから(腫瘍の)
治療を行います”と普段とは違う強い意志を感じながら、

かみさんの”抗がん剤を飲まなくて良かったじゃない”と
励まされたこともあって納得してC病院の神経内科にお世
話になることになりました。2週間ごとにCTスキャンを
撮り経過がB病院に報告され情緒不安定な私より、しっか
り者のかみさんと話をするというパターンにいつの間にか
代わって行きました。撮影された頭部には水が溜まりそれ

が身体のバランスを崩す原因だと思っていましたら専門医
曰く”ふらつきはリハビリで治すしかありません。幸い、
ぐっさんは出血していませんでしたから後遺症は出ていま
せんが、最悪の場合はドリルで(脳に)穴を開けて異質物
を取り除いたり下手すりゃあ寝たきりということにもなり
かねませんでしたが、あなたはラッキーでしたと慰めの言
葉を頂きました。

 脳神経とは司令塔として身体の幾多の働きを指令
 していることを思い知らされた  ぐっさんハイ
     

 

ここで看護について話をすすめますとA病院でのことでし
た。私よりも年配のおっさんだったと思いますがトイレに
起きた時間ですから真夜中だったと思います。年老いた奥
さんらしき方が車椅子にそのおっさんを乗せて徘徊してあ
ります。おっさんは”そっちじゃない!こっちだ!”と召
使に命じるような口調で指示しています。奥さんらしき方

は無言で従ってあります。病棟でも話題になるぐらいでし
た。奥さんはすぐ動けるよう旦那のベッドの横にシーツを
敷いて横になるだけで心身は極度の疲労に達していました
このままでは奥さんが倒れてしまうと思っていましたら数
日後、老カップルの姿はありませんでした。話によると強
がっていたおっさんは抗がん剤を拒否して治療を拒んだそ

うです。話はかわりますがエレベーターに乗った時のこと
です。顔色の悪い婦人が乗り込んできました。私の顔を見
るなり”もうだめ倒れそう”と泣くような顔で口にされま
した。突然のことですから、ただ頭を下げ”ご苦労さまで
す”と発声しましたら”私、毎日、主人の介護をしている
の。休む暇もなく疲れてしまって、ついぼやいてしまいご
めんなさい”と言って立ち去って行かれました。

 奥さんをはじめ肉親は、ただみたいに思い勝ちですが
 決して、ただではありません。一般に病院は24時間
 看護士さんが面倒みてくれます。ウチはかみさんも用
 事がある時は看護士さんにお任せして極力、看護疲れ
 を小さくするよう努めました。    ぐっさんハイ