東京五輪のショバや経費の節減が注目されています。旧聞になりますが
身障者のスポーツの祭典、リオ・パラリンピックは24個のメダルを獲
得して終了しました。関係者の中には「金」が獲れなかったというひと
もいますが、中国やウクライナなどは国を挙げて強化策を実施して中国
などは239個という日本の10倍も獲得するという成果を挙げました
私は日本の選手のレベルが落ちたというより、ほかの国の選手のレベル
がアップしたと思います。熱戦の模様を見ていて”4位から3位にあが


 

ってきました!”というアナウンスが何度もあってメダルを獲る執念を
感じました。それから卓球の試合だったと思いますがラケットを口に加
えながら戦っていた選手がいましたが”勇気をもらった”という言葉を
失うぐらい感動しました。人間ってやろうという強固な意志があれば、
やれる、、ヤワな私が下を向いてしまうシーンが沢山ありました。身障
者で今でも思い出すのは息子が出稼ぎをしているジャカルタでのことで
した。信号待ちをしているときに窓の外に垢で汚れた手が、にゅうっと


 

出てきたんです。びっくりした私は慌てて外を見ましたら両足を失った
こどもがお金をねだっていたんです。窓を開けようとしましたら青信号
になって、そのまま走り去ってしまいました。そんな思いでインドネシ
ア選手の活躍ぶりを見ましたら銅メダルが1個でした。私が出稼ぎをし
たマレーシアは金を3個も獲得していました。私がお世話になっていた
ころは一般人でも転びそうになったインフラも改善されていることでし
ょう。このように各国のメダルの獲得数を見ていますと身障者に対する


 

見方扱いが透けてみえてくるようですね。因みにジャカルタで車椅子の
ひとを街中みかけることは皆無、、いえセレブの年老いた夫人が召使い
に車椅子を押してもらいながら高級な店にはいるところを見たぐらいで
アフリカや中東などはやっと健常者の祭典(オリンピック)に参加する
女性の晴れがましい姿をみることができるようになってきましたが、
東京パラピンピックも段々、日本選手にとっては狭く厳しい戦いを強い
られてくることになるでしょう。日本チャチャチャ!

 

   明日は我が身の不安定な時代だからこそ他人に目を ぐっさんハイ

黒田選手と大谷翔平クンがやたらスポットを浴びた今年のプロ野球でし
たが「昔の名前」をひっさげてコボスタ宮城で行われた楽天戦の8回に
中継ぎとして移籍後初の復帰マウンドを踏んだソフトバンクの松坂投手
は4者連続の四死球、3者連続のタイムリーなどで、打者一巡を許す散々
の内容で1イニングに5失点。試合後、工藤監督から2軍行きを通告され
ていました。同じころセパ両リーグの球団は一斉に「戦力外通告」を行
っていました。3年総額12億円の大型契約の最終年を迎えた松坂投手

も引退という厳しい現実を突き付けられています。一方ハマの番長とし
て25年間、横浜ひと筋で熱闘した三浦投手は引退試合で”これからも
ずっと横浜!”と叫んでベースターズ女子を感涙させていました。そう
いえばカープ女子も四半世紀ぶりの優勝で誰彼となくハグをして街中が
優勝の熱気で沸き立っていました。広島カープといえば居心地のイイ球
団なのか投打の中心であった黒田投手がNYYから凱旋し阪神から帰っ
てきた新井選手とカープ女子に負けないぐらいしっかりと抱き合って、

男泣きしてチームの一体感を体現していました。入れ替わりに大リーグ
に旅立ったエースの前田投手は16勝を挙げてドジャースの大黒柱とし
て大活躍中でした。前田投手も金に目がくらむことなく広島に凱旋する
ことでしょう。戦力外になった元広島の選手が、”オレもあの輪に加わ
りたかった”としみじみ語っていました。さて三浦投手といえばトレー
ドマークの昭和の匂いがプンプンするリーゼントスタイルの髪型が自慢
で最終戦では髪を整える時間がなかったのか乱れ髪でした。在京の球団

は札束で他の球団の4番打者をかき集めて補強をはかりましたがサラリ
ーの一番少ない広島カープに17.5ゲームという大差で敗れ「ハマの
番長」のチームにも、わずか2ゲームという鼻の差で2位という体たら
くで終了。ファンも下を向いてしまうほどの惨敗でした。さて冒頭、呟
いたソフトバンクも主砲・柳田を欠いたとはいえ、断トツで優勝かと思
いきやドングリ眼の監督が試合後イチイチ解説をするのが鼻についたの
か失速して”北海道が一番!”と叫んだ日ハムの後塵をかぶってしまい
ました。

   今年も 華やかな入団会見の裏側で「戦力外通告」を受け
   た選手や家族がいます  我が家の戦力外 ぐっさんハイ
  

	

ある雑誌を眺めていましたら「シャバと刑務所を往復した伝説の女スリ
83歳の半生」という見出しにつられて目を通してしまいました。”とても

スリをするような人間には見えなかった。身長140センチほどの小さな

身体で、よろめきながら入廷した、さと婆は足腰が弱いのかときたま、

地面に躓き刑務官に、支えられるようにしてようやく被告席に着いた。

パーマのかかった茶色の髪にやや派手さは感じるもののトロンとした

穏やかな目と下膨れの顔はどこにでもいる、ごく普通のお婆ちゃん

といった印象だ。スリ師と聞いて思い浮かべるような、すばしっこい雰
囲気はまるでない。むしろ倒れそうである。しかし彼女こそ、その道、
65年の伝説の女スリ師である。捜査員からはデパートの地下食品売り
場での犯行の多さから「デパ地下のさと婆」と呼ばれていた。神山さと
83歳(逮捕当時)なのである。さと婆は今年3月JR上野駅構内で行
われた物産展の会場で女性客のバッグから財布を抜き取り現行犯逮捕

 

されていた。これまでに前科18犯、前歴9件の計27回の逮捕歴を持ち
最後に刑務所から出てきたのは平成25年8月で本件は出所後、約2年
半後ということになり、さと婆にとっては実に19回目の裁判というわけだ

とても80代とは思えない旺盛な犯罪欲には驚くばかりだ。躊躇ない犯行

によほどお金に困っていたとかと思いきや、そうではなさそうだ。さと婆は

3階建てのアパートを所有しており家賃収入が月に20万円さらに2か月

に1回12万の収入を得ていた。さと婆はこのアパートを住居とし長男

 

夫婦と孫2人の5人で暮らしていたという。人生のうち、30年は刑務所で

過ごしてきた、さと婆はこの判決で常習累犯窃盗により懲役2年半の審判

が下されたそうだ。法廷で見せた弱々しい姿から一転して職場でカモを探

す、さと婆姉さん。”誰か信じてくれるひとが見守って取り替えてあげないと

止まらない”と精神科医のアドバイス」。いやはや、このさと婆姉さんという

御仁には痴呆だとか老化という呼称が逃げ腰になるような人物ですなあ。

芸術的な業師に脱帽した老兵ではありました。

      83にして獲物を狙う豹みたいで凄いじゃありませんか。
      ”面倒臭い、あとでいいや”が口に出て、先楽後憂にに
      なってしまった。                  ぐっさんハイ