タイルばりの古い通路はどこか陰鬱で湿っぽい
天井は低く頭がすりそうだ
代わり映えのしないドアがいくつも切られていて
それぞれの医局を主張するものは英文で書かれた
マウスだのラットだのを使った基礎実験のポスターと
ドアの上に突き出した講座の名を記したプレートだけだった
廊下の片隅に蒲原を抜ける一号線のバイパスがある
左手に低い路肩を透かして白波たつ太平洋がみえる
どこまでも青く遠い
蒲原から由比を抜けて清水,静岡へと続くその道は
私を束縛することはない
どこまでも続くその道を二度と通ることもない
ただ潮の香りが廊下の一部をモザイクのように埋めている
アワナギ,アワナミ,ツラナギ,ツラナミ,アメノミクマリ,クニノミクマリ,アメノクヒザモチ,クニノクヒザモチ
愛しい人よ
まだ私のことを覚えているだろうか
私のことを想ったならもう一度,あの屈託の無い笑顔をみせておくれ
そう,私を信じ,すべてをまかせたあの日はもう戻ってはこない
秋の午後,銀杏の樹の下でおまえは神々しかった
私の幼い日々の思い出をおまえにも感じてほしかったのだ
銀杏のスカートを身にまといおまえは倦怠と愛情を同時に天に捧げた
私は忘れはしない
おまえの愛情のすべては私にそそがれていたのだ
私とおまえは愛情に満ちあふれ澄んだひかりの中で
命を存分に燃やしたのだ
オリバー
私は年老いた老女のように
後悔と怨念を抱いて陰惨な影を瞳に宿していた
いつからこうなってしまったのだろう
誰に聞くこともかなわない
あと何年死んでいるだろう
せめておまえが輝く姿を一目見たいものだよ
それだけが望みなのさ