路地はつもった雪でどこまでも平らだった
いつもなら呉服屋の前を通るときは美しく着飾った芸子に目を奪われ,
鍛冶屋から聞こえる吹子がうなり,
庄屋の軒に垂れた暖簾と旗竿がはためき,
長屋のどこぞから流れてくる夕餉の香りで家路を急ぐところだ
まだ明けきらぬ乳糜色の空からゆっくりと沈んでくる
淡い雪の結晶が頬のところどころに落ちては毛穴を湿らせた
人影のない沈んだ家並が少しずつ浮かぶ
静子はもう起きたろうか
辞世の句と些事の始末を書き残して家を出たが
静子へかける言葉は一句もなかった
静子は縁の側を向いて静かな息をたてて寝ていた
二年前のあの日に,今日という日がこないことをどれだけ願ったことか
改まって静子に声をかけるなどできようもなかった
手足の指の先まで気が漲る
伝吉にこの姿をみせて驚かせてやりたい
目をむいて驚きひれ伏すに違いない
心胆,この二年研ぎに研いだ
吉良の血を吸うのを今や遅しと待っている
待っておれ
儂が行くまで待っておれ
必ずやこの刃にてその首,打ち果たす