よく雨の降る今年の梅雨。近年、空梅雨が多かったのでこれでいいのかもしれません。素敵な日本の四季。
日本100名城巡りもこの時期、なかなか進みません。土曜日は日本三奇橋の一つ、山梨県大月市の猿橋を親父と歩きました。
「新猿橋の上から見る猿橋が一番きれいです」との張り紙がありますが、背景に「八ツ沢発電所一号水路橋」がかぶってしまいごちゃつくので、やはり直下の展望台から見上げるほうが私は好きです。
先週の土曜日は新潟県の新発田城跡を訪れました。約380km、一泊二日の旅行の目的地としてはかなり遠い部類に入ります。
三階櫓
雪国特有の鉄錆で、赤茶色にそまった県道21号を進み狭い路地を折れ、かつては二の丸だった城址公園に車を停めて歩きます。緑色に濁ったお堀をはさんでは重厚な三階櫓。武家諸法度で天守の新築も修繕も認められなかった江戸時代、その代わりに堂々とした櫓が建てられることになりました。先日の白河小峰城と同じです。
お堀に沿って右手に歩き、「安兵衛茶屋」で御城印を買い求めます。
「やすべえ?」と親父様。唐突に出てきたこの名前が新発田の地にどんな関係があるのか、なじめないみたいです。
「堀部安兵衛の故郷らしいよ、赤穂浪士の」
小さな公園のうす暗い片隅に、銅像も建てられていました。
橋を渡って表門をくぐり、右手の辰巳櫓前の立て札にも堀部安兵衛のことが書かれていました。
―高田馬場の敵討ちによって名を挙げましたー
「敵討ちやら仇討ちばっかりやってんだな」
「浪人だもん。なんかやらねぇと『うだつ』が上がんねぇだろうな」
この敵討ち(実際は決闘の助太刀)で名を挙げたのちの堀部安兵衛は、赤穂藩士に迎えられることになります。
旧二の丸隅櫓
それほど広くはない新発田城跡の見学をさっぱりと終えての帰り道、三階櫓のしゃちほこに一羽のカラスがとまっていました。がなり立てるわけではなく静かに、「俺の城だぞ、近寄るな」と威嚇するようにあたりを睥睨していました。
日本100名城 36/100
新発田城
白河小峰城を訪れたあと茨城県の日立に宿を取り、日曜日は会津若松城跡を訪れました。
石垣の間を縫うようにつけられた細い道を進み、城内に設けられた駐車場に車を停めます。お城に車を乗り入れるなんて恐れ多い感があります。彦根城もたしかこんな感じだったかな。
まずは観光案内所で御城印を買い求めます。珍しく、受付係は外国の方でした。絶え間のない笑顔、好きで仕事についていることがわかります。日本の文化、とりわけお城が好きなのかなと想像しこの日本を誇らしく思いました。
くるりと後ろを振り向くと天守がそびえていました。私は入場券を二枚買い求め、まだ朝の雲が広がっているため撮影は後に回し、天守内の見学に向かいます。
月見櫓跡
館内は靴を脱ぐこともなく冷房もほどよく効き、快適な空間です。快適すぎ、天守の中だという臨場感には欠けるかもしれません。すでに多くの観光客が展示物に列をなしています。その中で、親父と私はうやうやしく飾られた、ギラリと鈍く光る「刀」に目がとまりました。
「見事だね。でもこれはお殿様が床の間に飾っておくやつだな。戦で使うものではない」
「それにしても長いな。こんなの振り回せる奴いたのかね」
「こんな物持ってたら、やっぱ切りたくなるよな。どうしても」不毛な会話でした。しかし、親父に頭を働かせてできるだけ会話をしてもらい、脳を活性化させるのがこの旅の一つの目的なのでよしとします。
天守の外に出ると予想通り朝の重い雲は流れ去り、わた菓子になりそこねたような雲をしたがえた青空が広がっていました。観光客が天守と「赤べこ」を前にして、記念写真を撮影しています。私はあずき色の瓦が珍しい天守を様々な角度からカメラに収めるため、本丸を時計回りに一周しました。
日本100名城 35/100
会津若松城
先週の土曜日、私と親父は福島県の白河小峰城跡を訪れました。
居間に飾ってあるL判の一枚の写真。昨年秋に他界した母が、私がプレゼントしたmont-bellのステッキをたよりに立ち、背景には抜けるような青空と白河小峰城の三重櫓。
日本100名城を目指した当初から、このお城には青空の広がる日に訪れようと心に決めていました。朝から広がる青空にはわずかに夏の湿度で白いベールがかかり、初夏のさわやかさをはらんだ風が吹きつけています。
富士見櫓跡からの眺め
駐車場に車を停め、二ノ丸茶屋で御城印を買い求めます。二之丸跡の芝生ではレジャーシートを広げたりテントを張ったりして、快晴の一日をみな気持ちよさそうに過ごしています。
清水門は復元工事中のため、高い石垣を乗り越えるために組まれた簡易階段を上って帯曲輪門跡に降り立ちます。桜之門跡を歩いて本丸跡に出ると、ここが母の写真の場所でした。天守かなと思うくらい堂々とした三重櫓。私は角度を変え距離を変えて何枚もの写真を撮りました。
三重櫓と前御門
早くも脚が疲れてきた親父を鼓舞して最後の階段を上り、三重櫓の中を見学します。階上への細く急な階段、当時私と母は上っていったのですが、親父は脚が疲れたのか怖いのか、
「俺はいいよ」とベンチに座り込んでいました。
母との想い出を語り合った、素敵な空の広がる一日でした。
桜之門跡
日本百名城 34/100
白河小峰城
5月8日はあいにくの空模様。遠く秋田までやって来ましたが久保田城はあきらめ、山形への移動だけに留めました。親父が常々言っていた、「東北の日本海側を(車で)走ってみたい」が実現しました。そのどこに惹かれるのか正確にはわかりませんが、同じ日本海の福井県生まれの親父のこと、単純に「東北の日本海側」の景色だとか街の有り様だとか家の造りが見たいのかもしれません。
翌日、ゴールデンウイーク東北旅の最終日5月9日。山形は天気の回復が遅れる予報なのでこれまた山形城行きを取りやめ、仙台まで車を走らせて多賀城跡を訪れました。
外郭南門
朝一番、強い風に煽られ親父が転ぶというアクシデントが発生。幸い頬を擦りむいただけにとどまりましたが、これで二度目。だいぶ足元がおぼつかなくなっているようです。うまい具合に近くにあったマツキヨの開店を待って、マキロンとパイロールと大きな絆創膏を買い求め応急処置をしました。
車を停め「多賀城跡 ガイダンス施設」で御城印を買い求めます。アヤメをあしらった夏バージョンはさわやかです。
多賀城碑
724年に創建され、11世紀の中頃まで古代東北の拠点として栄えた多賀城。正門となる「外郭南門」は色鮮やかに、国宝「多賀城碑」は奈良時代の色を伝え、政庁南大路を歩めば澄み渡った青空に次々と雲が流されていきます。こんなに気持ちのいい風景があるでしょうか。
階段を上がると木々に囲まれた緑の原が広がり、ここが政庁の跡。「南門跡」や「石敷広場跡」、「正殿跡」。あまりの清々しい景色に、当時へ思いを馳せるのも忘れてしまいました。
日本100名城 33/100
多賀城