日本の4つの端を歩いてつなぐ旅 -ON THE ROAD EDGES-  -2ページ目

日本の4つの端を歩いてつなぐ旅 -ON THE ROAD EDGES- 

2024年で15年目。31回の旅で本土最南端の鹿児島県佐多岬から最西端の神崎鼻を経て関門海峡を渡り安芸の宮島、天橋立、石見銀山や木曽路、松島を歩き、本州最後の県青森の八戸駅まで歩きました。

風が強く寒い一日、先週の日曜日は岐阜城を訪れました。

 

 

当初、名古屋城を予定していた日曜日。ところが前日の犬山城の帰り、

「3月8日 名古屋ウィメンズマラソンのため 大規模交通規制」のお知らせを国道41号で目にしました。宿に入りWebで調べると、やはり名古屋城界隈は規制の真っただ中。そこで急遽岐阜城に予定変更です。昨年末に一度訪れたのですが、休日のお昼過ぎだったため観光客が多く、ロープウェーの待ち時間が40分ということで取りやめました。リベンジマッチです。

 

満を持して朝一番に金華山麓駅へ。さすがに待つことなくロープウェーに乗ることができました。高低差255m、歩いたら一時間はかかります。故に人気のハイキングコースになっているようで、ロープウェーを使わない、トレッキングシューズにザックといったハイカーも多く見られました。

 

 

金華山頂駅からは不規則な階段を、親父は手すりにつかまりながら慎重に登っていきます。

「キツイわ。やっぱ年だねぇ。普段はそんなに感じないけど」

ひとしきり登ると視界が開け、ヤセ尾根の向こうに天守閣がすっくと建っています。このヤセ尾根、両側にがっしりとした手すりがついているのですが、300m下に見える小さな街並みが背中の神経を搔きむしります。

 

 

この岐阜城も昨日の犬山城と同じくして、主に天守閣を見ただけでした。ハイキングコースを歩けば見所も多かったに違いありません。金華山麓駅で御城印を買い求め、信長の居館跡に立ち寄り、家路につきました。

 

東京に帰り、この日の大河ドラマ「豊臣兄弟!」の舞台がまさに岐阜城でした。

竹中半兵衛の調略に動く豊臣兄弟がメインの物語。そして織田信長は斎藤龍興の居城・稲葉山城を攻め落とし、その後美濃を平定。1567年(永禄10年)、信長が稲葉山城に拠点を移し地名を「岐阜」に改めるといった件です。

 

 

親父とビールを飲みながら、

「ほら、今日行ったお城」とタイムリーな大河ドラマに喜んでいました。

 

日本100名城 18/100

岐阜城

 

国宝 犬山城。先週の土曜日、親父と共に訪れました。

 

 
まずは観光案内所で御城印を購入します。日付を記入するための筆ペンが置いてありましたが、悪筆家の私はやめておきました。自分の字に自信が持てないだけに、御城印や御朱印などの達筆に惹かれます。豪快な筆の流れや繊細なかすれ、見ていて飽くことがありません。

 

 

神社脇の石垣に囲まれた風情のある坂道を緩やかに登っていきます。入場券を購入し鉄門をくぐると、天守閣がどっしりと構えています。現存する日本最古の天守。それほど大きくはありませんがやはり堂々と、そして美しい。白い壁と瓦の黒が青空に映えます。

それほど広くはない城内に人の列ができていて、天守閣に登るのに待ち時間が二十分とのこと。親父にはキツイので諦めました。

 

 

明治四年の廃藩置県で天守閣を除くほとんどの建物は取り壊されてしまったとのこと、観光は短時間で終わってしまいました。少し物足りなさはありましたが、早めに宿に入って落ち着くのも親父にとってはいいのかなと、岐阜に向けて車を走らせました。

 

日本100名城 17/100

犬山城

 

三月一日日曜日、甲府市の武田氏館跡を訪れました。現在の武田神社です。

 

 

この武田氏館は今年一月に訪れた足利氏館と同じく、日本100名城に選ばれてはいますが所謂「城」ではなく「館」です。甲斐源氏の流れを汲む18代当主信虎が甲斐を統一し、1519年(永正16)この地に躑躅ヶ崎館を築いたことに始まります。

 

 

朝一番、開店早々の「信玄ミュージアム」を訪れまずは御城印を買い求めます。珍しくここでは、御城印に日付を入れてくれました。

 

武田神社の神橋からは雪をまとった南アルプスの山々を眺めることができました。北岳、鳳凰山、甲斐駒ヶ岳には登りましたが、間ノ岳は未登のまま。「いつか必ず」と白い稜線を眺めます。

 

 

親父と共に拝殿で手を合わせ写真を何枚か撮ります。そのあとさっぱりとした境内を歩きますがそれほど広くはなく、観光はあっさりと終わりました。

 

甲陽武能殿

 

神社向かいの土産物屋さんで祖母の好物だった信玄餅を買い、まだ時間があるので昇仙峡に車を走らせます。ここにも母との思い出があります。

 

日本100名城 16/100

武田氏館

 

 

短い二月の最後の土曜日は、静岡市の駿府城を訪れました。

 

坤櫓

 

将軍職を辞した後の大御所家康の居城、坤櫓からお堀に沿って巽櫓・東御門へと歩いていきます。午前十時、晴天の土曜日のこと、すでに多くの観光客が列をなしお城に向かっています。

「こんなに朝早くからたくさん来るなぁ」夜型の親父を無理やり起こして出かけてきたため、まだ「朝早く」と感じるのも無理のないことです。

 

 

東御門の写真をとカメラを構えます。しかし背後にそびえる静岡県警の建物がじゃまでシャッターを切る気になりません。どうしてこんな景観を損ねる場所に建てたものか、残念です。もうワンブロックお城から離れていたら画角に入らないのに。

 

巽櫓・東御門

 

東御門を入ってすぐのチケット売り場。通常版の地味な御城印はここでも手に入りますが、「東御門・巽櫓 資料館」の館内売店では特別版も売っているとのこと。これは行かないわけにはいきません。自動販売機で200円の入場券を二枚、買い求めます。

 

靴を脱ぎスリッパをお借りし資料館内へ。駿府城の歴史などを説明しているパネルを一点一点つぶさに見ている親父を残し、私は資料館の最奥にあると教えられた売店へ急ぎ、まずは水色鮮やかな御城印を手に入れました。引き返して親父と一緒にパネルを見て回ります。今川、武田、徳川の時代、そして歩兵連隊の駐屯により城郭は全て取り壊されることになります。

「だめだな、日本は」

親父の「喝!」は正しいと思います。

 

 

そのあと、春が間もなくやってくる城内を散策し、家康の像を見て駿府城を後にしました。

個人的に、家康は西田敏行さんのイメージです。かっぷく良く柔和な笑顔。彼が演じた作品を見た覚えはないのですが、なぜか家康というと西田さんを思い出します。

…ネットで調べたら、「徳川家康が似合う俳優」の第一位でした。あっ、みんなそう思ってるんだ。俺だけじゃないのね。今年も花粉症の季節が始まってしまいました。

 

日本100名城 15/100

駿府城