うちの子マジック | おばあちゃんになった、わんこさんのおはなし。                    ~高齢柴犬の闘病・介護記録~

おばあちゃんになった、わんこさんのおはなし。                    ~高齢柴犬の闘病・介護記録~

1年3カ月の闘病期間を含め、いつでも家族みんなで笑いながら過ごした、柴犬「わんこさん」との16年と8カ月の生活。
悲喜こもごもあったけど、トータルしてとっても幸せだった日々のおはなしです。

犬と一緒に過ごす生活って、いいね。


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どんな子でも、一旦うちの子に迎え入れれば、元からの好みと違おうが、犬種や性格の理想が外れようが何だろうが構わずに、たった一回の抱っこで心を奪われ、当初の夢なんかあっという間に溶けて、「うちの子が一番!誰が何といったってこの子でなくてはうちの子は務まらない!」と思わせてしまうのが、ワンコ。

 

最初の犬、リトルを迎えた時、私は実は犬が怖かった。それは単に私がそれまでに、犬と接する機会が乏しかったから。おばあちゃんの家にいたネコちゃんたちは皆、多頭飼いの社会性を身につけてルールの中で暮らせる賢い子たちで、子供である私に近づいてくるのはその中でも特に人懐こい性格の子たちだった。甘く優しい声と滑らかでつるんとした手触りの被毛と、しなやかで柔軟な体。犬と比べたら、はるかにコンパクトな、子供の膝にも軽々乗るくらいの大きさ。そんなサイズ感に慣れ切っていたから、当時の一般的な犬、中型犬のサイズは私には大きすぎ、恐怖でしかなかった。だから母が急に

「今日ね、お友だちの家から子犬をもらってきたよ」と言いだした時、私は開口一番に不平を漏らした。

「猫ならいいけど、犬って怖い」。

 

今から思い返せばうちの子記念日となる、そのはじめましての日には、たぶんリトルは生後半年くらいの大きさだった。子犬なんだけど、すでに無邪気にあどけない頼りなさはなくなって、間もなく成犬の姿に変わりそうなしっかりと落ち着いた姿。だから却って分別もついて、「もらわれてきた立場」という状況も分かっているからこその、遠慮とか躊躇とかもありながら、若い好奇心も入り混じって複雑なバランスの心理状態。玄関の片隅にその日の仮のねぐらを作ってもらっても、どこか落ち着かない様子で、興奮気味に眠れずに彼女なりの情報収集をし続けていた。どこか心細く、緊張しているように見受けられた。

 

最初は遠巻きに、こわごわ眺めていたのに、気づくといつの間にか抱きしめていた。

愛くるしい姿と相反してどこか不安げだったから?理屈なんかじゃなくただ一目見ただけで、もう好感しか感じなかった。近づき手を差し出せば子犬も近寄ってきてくんくんと匂いを嗅ぎ、目を合わせて伺うようにしたあとに遠慮がちに舐めた。やがて座った膝に乗る。抱きしめれば安心したように腕の中に納まった。

そうなればもう、愛おしさが、爆発。猫よりごわごわして固い被毛と、比較すれば明らかに骨太ながっちりとした質感の抱き心地と、伝わるあったかい体温と、それからネコちゃんのザラザラのそれとは違う、ふんわり優しく舐めてくれる舌。犬は怖いという思い込みはすでに溶け去って、跡形もなくなっていた。そしてその代わりに、この子が大好きという温かさが広がった。温度の起点となった場所は私の膝の上からなのかそれとも心の中からか、それは分からないけれど。一回抱きしめてしまえば、もう否応なく魔法にかかった。犬が大好きという、一生解けることがない、それはそれは強力な、でもとてつもなく幸せな魔法に。

 

白くまるまるした子犬は、その日から私たちの家族となった。かけがえのないうちの子として、やがて立耳が凛々しくちょっとだけ神経質な番犬になり、家族を愛し守るというその役割を、手を抜かず全身全霊を傾けて立派に果たした。

 

「もしリトルが病気になって、何も食べられなくなった時、『お前の右腕だったら食べられるかも』と言ったらさ、『右は利き腕だから、左腕じゃダメ?』って交渉するかもしれないけれど、でもそれで命を伸ばせるなら、私は右腕を差し出すだろうね」そんなことを言い、友達に「それはまるで母親みたいな愛だな。急にもらってきた犬を、そんなに愛せるものなの?」と驚かれた。普段の身勝手でわがままな私を知っているからなおさらに、驚いていた。リトルは私に、絶対にそんな無茶は言わないことなんて分かりきっていたけれど、忠実で献身的な彼女が最期にそれを望むのなら私も必ず応えたいと思うくらいに信頼できる大切な家族だったから。もちろん予想にたがわず、要望も泣きごとも何一つ言わぬまま、リトルは静かにつつましやかに、潔くその人生を閉じた。最後まで私を気遣っていたのだろう、介護らしいことは何一つしてあげられなかった。

 

リトルのおかげで無類の犬好きになった私は、後に新たな犬「わんこさん」を迎え、リトルとは違いすぎるその個性もまた、かけがえないものとして愛し、ともに楽しく暮らした。性格の違う二人の犬たちを比較したり優劣をつけたりなんてことは、むろんしない。どっちも世界に一人だけの、私にとってオンリーワンの存在。おそらく次の子が来ても、その子はまたまた別格の、燦然と輝くオンリーワンになるだろう。たとえどんなに残念で情けない個性であったとしても、それがかけがえのないチャームポイントとして光るはず。ワンコとの出会いって、欠点すら愛おしいと思えるような、一生に一度あるかどうかの運命の大恋愛に匹敵するから。どこのご家庭でも、そういうものですよね。だから、犬を飼うって素敵だよね、って思うのです。

そして、もう一度そんな奇跡がやってこないかなあと思えるくらいに、お別れの悲しみも癒えてきました。わんこさんが旅立ってからも、もう2年4カ月が経とうとしています。

 


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